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負債ダンジョン ~その代行者は能力も負債も超一流~  作者: 広瀬みつか


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5.首狩り

レイン:銀髪の小柄な代行者

シュナーグ:盗賊討伐を専門にする第二級代行者

アンドルフ:盗賊団【白虎の尾】率いる元第二級代行者

 戦いの最前線を目の当たりにする人々は、戦う本人たちも含め、自らの目を疑った。

 シュナーグとアンドルフの剣がぶつかり合うであろう場所に銀髪の小柄な少年が立っていた。

 しかも、ふたりより遙かに小さな少年は左右の小さな手で刃をつまんでいた。


「どうして……」


 シュナーグはロングソードを構えつつ、目の前の少年に語りかける。

 その少年は先ほどまでシュナーグが蔵に拘束していたレイン・アークライツだった。

 レインは自分に迫る刃を左右に向けてポイッと押し返す。

 そして、シュナーグに視線を向けると、今の状況を理解できていないのかと思うほどの無邪気な笑みを浮かべた。


「いやあ、間に合ってよかったよ。到着する前に戦いが終わってたら、ボクの見せ場がなくなっていたところだった」

「お前、縄で手足を縛ってたはずだろ」

「君が蔵を飛び出した後、入ってきたおじさんに解いてもらったんだ。でも、思っていた以上にキツく結ばれていたから、解けるまで時間がかかったよ。いや本当はね、もっと早くに登場するつもりだったんだよ?」

「つうか、お前どうやって俺たちの剣を止めやがったんだ。どんなカラクリを使ったんだ」

「カラクリって酷いなあ。それじゃまるでボクがズルしてるみたいじゃないか。剣を止めるぐらい頑張れば誰でも止められるよ」

「頑張ればって……」


 シュナーグは今戦闘中であることを忘れ、唖然とした。

 確かに、形のない炎や雷と比べれば、形のある剣を手で止めることは簡単だろう。実際、迫ってくる剣を両手ではさみ、受け止める技も存在するほどだ。


 しかし、今の状況はまた別だ。

 レインは剣を片手でつまむように止めたのだ。しかも左右から来た剣を同時に、だ。

 そして、それぞれの剣はシュナーグとアンドルフが本気とは言わずとも、かなりの力を込めて振り下ろしたことによる力が加えられている。

 その剣を片手で受け止めるということは、レインの片腕に鍛錬を積み重ねた大人1人分の全身の筋力と同等、もしくはそれ以上の腕力があるということ。

 アンドルフのように丸太のような腕を持つ大男ならともかく、ちょっとした圧で簡単に折れそうなレインの腕にそれだけの力が内容されているとは思えない。


「まあ、今はそんなこと、どうだっていいじゃん。それより……」


 レインは踵を返す。

 そこにはシュナーグとの戦いに水を差された挙げ句、しばらくの間放置され、熱された鉄球のように顔を赤くしたアンドルフの姿があった。

 しかし、レインはアンドルフを視界に入れつつも、背後のシュナーグに語りかける。


「このおじさんが君が探しているという盗賊のリーダーかな?」

「おじ、さん……?」


 レインの「おじさん」呼びを耳にし、アンドルフの額に血管が浮かび上がる。

 そんな無自覚に目の前の男を挑発するレインの姿に呆れたのか、シュナーグはため息を一つ吐き、血塗られた髪を無造作にかく。


「アンドルフ・グラッドマン。今回の征討依頼対象の盗賊団【白虎の尾】のリーダーで、元第二級代行者だ」

「元第二級、ねえ。じゃあ結構強いんだあ」


 レインは顎を撫でつつ、よく鍛えられたアンドルフの全身と、彼が右手に持つ大剣を値踏みするように見上げる。


「うん。なるほどね」


 自分の中で何か結論を出したのか、再び踵を返してシュナーグに視線を向ける。


「結局さ、ボクが代行者だって君に証明できてなかったよね」

「ああ?」

「確かに封魔薬の効果が切れるまで数十分待って、君に刻印を見せて証明してもいいと思うんだ。けど、刻印見せてはいおしまいじゃ面白くないだろ?」

「お前、何の話を――――」

「せっかくこんな状況に立ち会えたんだし、有効活用しないと。だからさ――――」


 そして、無邪気な子どものような満面の笑みを浮かべ、背中越しにアンドルフを指さす。


「このおじさんの首、ボクに譲ってくれない?」

「……は?」


 レインの突拍子もない要求を受け、シュナーグは思わず間抜けな声を出してしまう。

 その言葉はまるで友人のおもちゃが気に入ったから自分にくれないか、と理不尽な要求をする子どものようだった。


「あれ? だめだったかな?」

「いい訳がないだろうが!」

「そこまで怒らなくても……ああそうか。別に君の依頼の邪魔をする気はないし、横取りをするつもりもないよ。これはあくまでボクの実力を君に証明したいという自己満足に過ぎないからね。実力を証明さえできれば、君単独の手柄にしてくれて構わない。まあ、ボクがこのおじさんの相手をしている間、君は配下を狩ってくれたらいい。いわゆる役割分担だ。あ、狩りながらでもいいからボクの雄姿はちゃんと見ててくれよ。そうじゃないと君に証明できないからね」

「俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな!」

「まあ今さら君がなんと言おうと関係ないよ。だって――――」


 レインが言葉を紡ごうとした途端、突如衝撃波が発生した。

 レインの後ろでふたりの話を黙って聞いていたアンドルフにより、レインに向かって大剣を横薙ぎに振り払われたのだ。

 背後からの不意討ち。並の人間なら肢体から首が分離していたはずだった。

 しかし、レインの体は無事だった。大剣の刃が首に到達する直前に屈伸し、惨事を回避したのである。


「この通り。おじさんは君よりボクを選んだみたいだしね」


 アンドルフの攻撃は続く。

 横薙ぎの姿勢から瞬く間に上段へ構え直す。その筋肉質な巨体からは考えられないほど滑らかで迅速な動き。

 屈伸したまま動きを止めているレインに狙いを定め、大剣の刃が振り下ろされる。

 轟音と共に地面が激しく振動する。まともに受ければ真っ二つに切断どころか、人の形を保つことも難しいであろう。

 しかし、いかに強烈な一撃でも避けられては意味はない。

 レインは屈んだ状態で右側に転がり、再び大剣の刃を躱す。そして、余裕綽々とした表情で立ち上がり、全身に付着した砂埃をポンポンと払う。


「さっきから聞いてたらなんだ? 首を獲るだの、譲るだの。舐めたこと抜かしやがって。俺の首はてめえらが取引できるほど安きゃねえんだよ」


 アンドルフは大剣を持ち上げると、その剣先をレインの頭部に向ける。

 しかし、レインの表情から剣先を向けられた恐れのような感情は窺えない。むしろアンドルフに向けられた眼光には獲物を見定めた鷹のような鋭さがあった。


「確かに安くはないだろうね。洗練された一切の無駄がない動き。迅速で正確で豪腕と来た。よほどの手練れの代行者じゃなければ瞬殺だろうね」

「ほう。それじゃ自分がその手練れの代行者だって言っているように聞こえたが?」

「そうだよ。だって、ボク第一級代行者だもん」

「…………」


 レインの言葉を耳にし、アンドルフはレインを睨んだまましばらく沈黙する。

 再び村全体が静かになり、通り抜ける風の音がよく響き渡る。

 しかし、その沈黙はアンドルフの笑い声により打ち払われる。その笑い声はまるで地鳴りのようだった。


「ガハハハハ!」

「何かおかしなこと言ったかな? もしかして、おじさんもボクが第一級代行者じゃないと疑ってる?」

「俺の斬撃を片手で受け止めた。その時点でお前を第一級かはともかく、手練れの代行者だと見抜くべきだったんだ」

「じゃあなんで笑ったのさ」

「勘違いすんな。お前を笑ったんじゃねえ。部下に散々油断するなと抜かしていたくせに、対峙する相手の力量を、見かけで油断してしまい見抜けなかった。そんな俺自身が情けなくて、腹ただしくて笑っちまったんだよ」

「へえ。自分の失敗を素直に認めるんだ」

「失敗を認められん奴はまた同じ失敗を繰り返し、遂には破滅する。そんな奴らを数えきれんほど見てきた」

「先人の知恵ってやつかな? ボクも見習わないと」

「学ぶことはいいことだ。学べば学ぶほど人は成長するものだ。だが、お前にはもう必要ない。ここで死ねばそこで成長することもないからな」


 アンドルフは大剣を持ち上げ、右上段に構える。

 次も間髪入れず振り下ろされると思いきや、アンドルフはその体勢のまま動きを止め、レインの反応を伺う。まさに油断も隙もない構えである。 


 それに応じるようにレインは右半身を後方に下げ、腰を低く落とした。レインがその日初めてとった戦闘の構えである。

 そして、視線をアンドルフに固定しつつ、後方で自分たちのやりとりを見守っていたシュナーグに声をかける。


「というわけで、ごめんだけど大将の首はボクがもらうことになった。だから、君は村人の監視してる男たちを片づけて」

「ちっ。人の仕事奪いやがって」

「だからごめんって。でもこれは成り行きなんだ。仕方ないだろ?」

「何が成り行きだ。自分からそいつを誘ってたくせによ。仕事の横取りは立派な規約違反だ。帰ったら協会に報告するから覚悟しておけ」

「うっ。そ、それだけは勘弁してくれないかな? 支部長に知られたら、今度こそボク殺されちゃう」

「……さっさとこの仕事終わらせて、今日中に近くの町に戻んぞ。そこで夕飯を奢れ。そしたら黙ってやんよ」

「……わかった。それで手を打とう」

「ま、そういうことで」


 シュナーグは悪態をつくように再び舌打ちをすると、ロングソードを肩に担ぎ村人を囲う男たちの元へ歩みを進めた。

 レインは気配でそれを察すると、握った拳に改めて力を入れ直す。


「さて、交渉が無事成立して後顧の憂いもなくなったところで始めようかな。でも、どうしてボク達が話し終わるのを待ってくれてたのかな? さっきみたいにいつでも斬り込んでくれてもよかったのに」

「お前、野郎と話しながらずっと俺へ殺気ぶつけてただろ。器用なことしやがる。そんな奴に軽々と斬り込めるかってんだ」

「ボクを強者だって認めてくれてるってことかな?」

「俺は学んだんだ。二度と油断はせんし、侮りはせん。お前は間違いなく強者だ」

「それは、光栄だね!」


 レインは戦闘中とは場違いな満面の笑みを浮かべた。それはまるで太陽のように明るく、子どものように無邪気な。

 そして、瞬く間にアンドルフの視界からその姿を消す。


(な、なんだ今の動きは?!)


 目の前で起こった光景に、アンドルフの脳は追いつけずにいた。

 しかし、1秒にも満たない短時間で冷静さを取り戻し、いつでも反応できるように構えを保ちつつ、レインの姿を目で探し、耳を澄ませる。

 すると僅かに小さな呼吸の音が自身の後頭部から聞こえた。


「くっ! 後ろか!」


 アンドルフは全身を左に半回転させ、身を後方に退きつつ、遠心力を利用して大剣を振り回す。

 大剣の刃はさっきまでアンドルフの首があった箇所で、今まさに右手で手刀を放とうと構えていたレインの胴体を狙う。


「嘘でしょ?!」


 大剣がレインの胴に到達するまであと数センチ。レインの体は空中で止まっている。普通なら逃げ切れず、そのまま真っ二つになるであろう。

 しかし、レインは迫りくる大剣の鎬に右手を添えると、指先に力を入れて小柄な体をより上へ押し上げる。

 そして、数秒前までアンドルフが立っていた地点に着地し、右腕で額の汗を拭う仕草をする。


「ふう。危なかった。普通ボクの存在に気づく? その上、退きながら剣ぶん回してくるんだもん。危うく死にかけたよ」

「危なかったのは俺の方だ。手刀なんざ喰らって一瞬で勝負がついてたら、部下たちに顔向けできんぞ。なんだあの速さは。人の域を超えてたぞ」

「そりゃボクは第一級だからね。人の域を超えてないとやってられないさ。それと驚くのはまだ早いよ」

「あ?」


 レインは数秒前に自分を襲っていた大剣を指さす。

 アンドルフは自分とレインの対角線上に自身の大剣の剣先を移動させる。

 すると――――――


「うそ、だろ...........?!」


 アンドルフは大剣の刀身を目にし、思わず驚愕の声を出す。

 その巨大な刀身の半ばに亀裂が入っていたのだ。その損傷は酷く、あと1回全力で振れば完全に折れてしまうことがわかるほどである。


「いつの間に……まさか上空へ避けたときか」

「う~ん。半分正解かな。確かにさっき刀身に手をついた時のが決定打だよ。けどその前、君の剣を受け止めた時にも刀身に力を思いっきり入れたんだ。その2つが重なってっていうのが正解かな」

「ちっ。その時点で既に布石を置かれていたという訳か」


 苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべるアンドルフに、自慢げに鼻を鳴らすレイン。

 得物を損傷させた時点で勝敗はほぼ決したといえる。


「正直仕事とはいえ、戦えない相手を殺すのは乗り気じゃないんだよね。君たちと違って殺人趣向はないし。だからシュナーグに首を刎ねるのを任せてもいいんだけど。もう彼の方も片付いてるみたいだしね」


 そう言いつつ、レインは視線を村人が集められていた場所へ向ける。

 そこには今まさに【白虎の尾】の最後のひとりであるサックの首を刎ねた全身血まみれのシュナーグの姿があった。

 シュナーグが戦闘を始めてから1分も経っていない。その僅かな間に十数人の死体の山を積み上げていたのだ。

 命の危機から脱した村人たちはその喜びを噛みしめつつ、目の前で繰り広げられた惨劇に恐怖の感情を隠し切れていなかった。

 彼らは当分の間、悪夢に苛まれるであろうが、そこまではシュナーグの与り知らぬことである。


「ボクが言うのもなんだけど、彼も人の域を十分に超えてるよね。あれだけの人数瞬殺できるなら、もう第一級になれるでしょ」

「とんでもねえタイミングにこの村を襲っちまったな。まさか化け物2匹が滞在していたとは。偵察を徹底すればこんなことにならなかった。やはり俺は油断していたんだな」

「年貢の納め時だったんだよ。どれだけ用心していようと悪いことは長く続かないってわけだね」

「全くだ」

「それでどうする? さっきから剣先をボクに向けてるけど、まだ戦う気?」

「当たり前だ。ここで俺がおとなしく首差し出したら、死んだ奴らに申し訳立たんだろ。死ぬときまで奴らのリーダーを貫く、それが俺の責任だ」


 アンドルフは構えた大剣の柄を握りしめる。

 刀身のひびからボロボロと鉄のかけらが崩れ落ちる。折れるまで時間の問題である。


「頭領というのも大変だね。ボクには務まりそうにないよ」


 レインは肩をすくめつつ、ベルトの右腰に提げていたナイフを抜き取る。


「なんだ。ここに来て得物を手にするとは。今までは手を抜いていたのか?」

「いや違う違う。一応武器も一通り使えるけど、ボクの基本戦闘スタイルは徒手空拳。さっきから全力で戦っていたさ。そうじゃないと君に失礼だろ?」

「そうか。なら安心した。手を抜いていた奴に負けたら、俺も死に切れんからな。しかし、なぜ今さらナイフを?」

「これは遠征時に動物を狩るためのやつ。そしてもう一つ――――――――」


 そう言いかけ、レインが再び姿を消した。

 本日二度目の現象だが、アンドルフはまた見抜くことはできなかった。

 アンドルフは再び神経を全集中し、レインの居場所を探そうとする。

 しかし、その行為は無駄となる。


「相手の首をきれいに狩り取るためのやつ。ボクは師匠みたいに手刀で切り落とせないからね」


 アンドルフの耳にレインの声が届いた時には、既にアンドルフの首はナイフによって切断されていた。

 切断面から吹き出された鮮血は、レインの光り輝く銀色の髪を赤く染めていく。

 お久しぶりです。

 ここ最近は忙しくて、執筆活動ができなかったのと、戦闘シーンの描写が苦手で全然筆が進みませんでした。

 本当はもっとかっこよく、わかりやすく表現したかったのですが。これが今の限界です。


 さて、アンドルフおじさん率いる【白虎の尾】の皆さんが気持ちよく退場したところで、ここからはもっとレインのことを彫り深めていこうと思っています。

 勘違いされている方も多いでしょうが、この作品の主人公はシュナーグではなく、レインなのですから。

 これからもなお精進して書き進めて参る所存。


 この度は本作品を読んでいただき、ありがとうございます。

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