1.盗賊狩り
肌を焼くような猛暑が終わり、耳元を過ぎる風が心地いい。
小麦畑は黄金色に染まり、秋のはじまりを感じさせる。
そんな小麦畑の中に1本の道が通っている。
成人男性が横2人並ぶのがギリギリな幅しかないこの田舎道は、【オーゼリア大陸】を東西に横断する主要街道から南に向けて分岐している。その道中には小さな農村しかない。
そのせいか、地元住民以外でこの道を利用する者は少ない。
そんな人通りの少ない田舎道を一人の金髪の男が歩いていた。
年の頃は20代半ば、身長は175センチほどか。全身に革鎧を身につけ、腰にはロングソードを提げている。
その姿は誰の目から見ても農村の住民ではないとわかる。
かといって、年に数度訪れる徴税役人やその護衛従者と比べれば、あまりにも質素な出で立ちだ。また、盗賊連中ほどの下品さや血生臭さを感じない。
そうなれば、多くの人々の共通認識としてひとつの結論が浮ぶであろう。
彼は【代行者】なのだ、と。
――――――
革鎧をまとった男、シュナーグ・ザラタイアは【アバルタ】という村に入ると、腰を下ろすと水嚢の水を一気に喉に通す。
そして、ベルトのポーチから2枚の紙を取り出す。
1枚は現在自分がいる場所を含めた地図。ひとつ前の宿場町で手に入れたものであり、決して詳細な地図とは言えないが、村の名前やだいたいの位置を把握するには十分な情報量がある。
もう1枚の紙には大量の文字が並び、地図とは反対に過剰なほどの事細かな情報が記載されていた。その最上箇所には『依頼書』と記載されており、右下には『代行者協会承認済』と記載された朱印が押されていた。
シュナーグが受けた依頼の内容は盗賊団【白虎の尾】の調査および捕縛。
【白虎の尾】は元代行者を中心に結成された十数人ほどの盗賊団であり、ここ数ヶ月の間に【オーゼリア大陸】の中央に位置する【サンゼルト帝国】南部の村々を襲い、暴虐の限りを尽くしていた。被害を受けた村の数は15になる。
盗賊などの犯罪を取り締まるのは国家や領主の仕事である。国直轄領であれば国直属の騎士団を、貴族の領域内であれば貴族の領兵団を動員し、捕縛もしくは討伐するのである。
しかし、騎士にしろ領兵にしろその数は限られる。それに比べ、盗賊団などの犯罪組織の数は多い。
数の限られた騎士や領兵をそれらの取り締まりのために動かせば、彼らの本分である領土防衛が難しくなる。
各村に自衛団を結成させ、自存自衛を徹底させている場合もある。が、十分な訓練を受けていない戦闘の素人ではできることも限られる。
そこで駆り出されるのが代行者。
国や領主は自らの手に負えない場合、代行者をとりまとめる【代行者協会】に依頼を出す。そして代行者は【代行者協会】から出された依頼書を見て受理し、討伐を代行するのである。
今回、シュナーグが受けた依頼書の主は【ベルロッサ男爵】家。
盗賊団【白虎の尾】が【ベルロッサ男爵】の領土に拠点を移し、近辺の村々を襲撃しはじめたのが一月前。
男爵も最初は家名の威信にかけて、自らの数少ない領兵を駆使しながら対処しようとしたが、数多の戦場をくぐり抜けた元代行者の集団に歯が立たず、10日前に【代行者協会】へ依頼を出した。
「被害を受けた村の数は合わせて6つ。蓄えていた食糧は強奪され、村人は全員皆殺し。男の死体には拷問の、若い女の死体には強姦の痕跡、か。この依頼書を見るだけで吐き気がする」
シュナーグは眉間にしわを寄せ、誰に聞かせるでもなくつぶやいた。
その声には憎しみの感情が交じっていた。
一言で代行者といっても、彼らが得意とする依頼の内容は違う。
未開地開拓専門の【冒険者】、迷宮調査専門の【探究者】、魔物討伐専門の【討伐者】など。
【代行者協会】公式ではないが、専門とする内容によって呼称が変わる。
その中でシュナーグは盗賊のような武装した犯罪者の討伐を専門とする【征伐者】だ。特に、彼は盗賊を専門とする【征伐者】になった。
いや、なったというのは少し語弊がある。
ある出来事をきっかけに、盗賊討伐の依頼書しか手に取らなくなり、自然と盗賊専門の【征伐者】になっていたのだ。
通常【征伐者】はその仕事の性質上パーティを組んで行動するものだが、シュナーグは頑なに単独で行動し、その上で全依頼を達成している。
その狂気とも言える姿を見て、代行者内では畏敬の念を込めて”盗賊狩り”と、盗賊界隈では恐怖の対象として”首狩り”と呼ばれるようになった。
今回の【白虎の尾】討伐依頼書も、シュナーグが考える間もなく【代行者協会】支部の掲示板から剥ぎ取ったものである。
シュナーグはポーチに地図と依頼書を無造作に仕舞うと腰を上げ、周囲を見渡した。
「そろそろ奴らの縄張りに入ったと思うが、まだこのあたりは被害が出てないようだ」
最後に被害が出たのは3日前、今彼がいる場所から歩いて丸1日ほどの【アルラ】という村。【白虎の尾】がいてもおかしくはない。
しかし、この村に被害を受けた痕跡は見当たらない。穂の実った麦畑は健在だし、そこで農作業に励む人々の表情は平穏そのものだ。
村民に情報が届いていないのは、襲われた村の民が皆殺しにされたからかもしれない。
「平穏であることに超したことはないが。奴らはこっちまで手を出していないということか」
依頼書の内容によると、【白虎の尾】は一度行動を起こせば、次に行動を起こすまで平均5日ほどのブランクを空けている。
目標の村を入念に偵察しているのか、村で強奪した食糧で豪遊しきってから行動するのか。その理由はわからない。
「だが奴らが動くとしたらもうそろそろ。次のターゲットはこのあたりの村かもしれん。もしかしたら、既に偵察をはじめているか」
小麦畑の周囲を取り囲むように未開拓の森が広がっていて、道から外れた場所は草木が鬱蒼としている。
大人数が潜伏するには最適の環境だ。
「このあたりを一通り探してみるか。しかし奴らの次のターゲットがこことは限らない。でないとすると無駄に時間を費やすことになる。その間に他の村が襲われれば……」
このあたりに腰を据えて本格的に捜索するか。
それとも先に進み、被害があったと言われる【アルラ】に向かってみるか。
判断を間違えれば、また数多くの犠牲者が出ることは火を見るより明らか。
シュナーグは無造作に自分の髪をかき乱す。
その時だった。
村を取り囲む森の中からザザッと物音が微かに聞こえた。
通常であれば聞こえるはずもない音だが、神経を張り詰めているシュナーグだからこそ気づくことができた。
シュナーグは持ち物をすべてその場に残し、身軽な状態で森の中に飛び込んだ。
もし物音の正体が動物でなく人間であれば。その人間が盗賊団の先遣であれば。捕らえて本隊の情報を吐かせれば先手を取ることができる。
貴重な情報源を得られる可能性を目の前に、シュナーグの心臓の鼓動は速まる。しかし、冷静さは一切消えていない。
五感を鋭敏に尖らし、森の中のすべてに注意を向けつつ、物音の発信源へと着実に駆け寄る。
進むこと数分。
ある物体の存在があることに気がついた。
それは布のようなものだった。大きさは長辺で1.5メートルほど。比較的大きめの布だった。
素材はよくわからないが、かなりすり切れており、お世辞にもきれいとは言えない。遠慮なくいえばボロ布だった。
(なぜ森の中にこんなものが。集落が近くにあるとはいえ、わざわざこんな場所に捨てに来るとは考えがたい。それに……)
ボロ布は盛り上がっていた。
下に何かがある。しかも、かなり大きい。
このボロ布は下にある何かを隠すためにかぶせたものかも知れない。
(問題はボロ布の下に何があるかだな)
シュナーグはナイフの刃先をボロ布、というよりその下の何かに向けて前進する。
もしかすれば、それは危険物の可能性がある。
布をめくった瞬間、自分自身に危害を加えるかもしれない。そう考えれば、そのまま放置すれば無難なのだろう。
しかし、その物体が周囲全体に被害を与えるもの、例えば爆発物や人体に悪影響を与える毒物を発するものである可能性があれば、放置するわけにはいかない。
多少自分自身に危害が及ぶ可能性があるとしても、ここは物体の正体を確認し、場合によっては処理しなければならない。
たとえ、【白虎の尾】とは関係ないものであったとしても、それを処理して報酬が出なかったとしても、村に被害を出す恐れがあるなら対処する。
シュナーグは己の内にある多少の正義感と責任感を抱きつつ、ボロ布の端をつまむ。
生唾をゴクリと飲み込むと、一気にボロ布を引き、天高く飛ばした。
すると、ボロ布によって隠されていた存在が白日の下に晒され、正体を現した。
「これは……」
その正体は銀色に輝く髪を持つ、小さな子どもの姿だった。
この度は『負債ダンジョン』を読んでいただき、ありがとうございます。
拙い文章ではありますが、皆様に楽しんでいただけると幸いです。
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