最終話「そして光は地に墜ちて」④
*
「姉ちゃん!」
ミョルニル内の港に着艦して早々、機体を外へ出そうとする姉を朔夜は呼び止めた。そして、
「なに?」
と殺気立って応じる神楽夜の眼前に、
「これ着て」
と、ある画像を映して見せる。
「コンテナ?」
神楽夜は怪訝に片眉を持ち上げた。
そう。そこに映るのは臙脂色をした、金属製のコンテナである。が、白い英数字で書かれた「4」の表記を見た瞬間、
「あ――」
そのなかにあるものを思い出した。
「……パイロットスーツ。なにがあるか、わかんないから」
朔夜がそうつけ加えるまでもない。
一歩間違えれば、外は死の暗黒だ。いくらグスタフをまとっていても、万が一損傷すれば大事に障りかねない。
「……うん」
神楽夜は厳めしく首肯した。
まさか、もう一度袖を通すことになろうとは。そんな思いで着用する神楽夜だが、その甲斐あってか、さほど時間はかからなかった。
「養父さんたち見つかった?」
ヘルメットを被った黒いウェットスーツのような身なりとなった神楽夜は、ヴェントゥスの格納庫内で片膝をつく青いアーキグスタフに問うた。
「ううん、まだ……。制御室の場所はだいたいわかってるんだけど」
応じた朔夜は、姉を機体の腹に招き入れる。
「こっからじゃ止めらんないの?」
神楽夜は機体の表面を駆け上がりながら訊いた。
その疑問はもっともだ。この巨大な兵器に侵入する際、朔夜はグスタフの状態で、しかも艦のなかにいるにも関わらず、港の入口を開いたのである。手を触れねば制御できなかったものが、肉体という枷から解き放たれたせいか、ある程度距離が近ければ可能になったらしいのだ。
それならばここからでも、この大型兵器を制御下に置くことはできるはずである。
しかし、
「それが……」
朔夜の返答はあまりにも浮かない。
「肝心なところに入って行けないんだ。拒否されちゃう」
まるで、自分が来ることを予見していたかのように。
そう思いはしたが、朔夜は言わなかった。それはそれで妙な話だからである。このような稀有な体質相手に予防線を張ろうなど、存在を知っていたとしても無理難題であろう。
単に、外部からの不正な介入を遮断しているだけか。
(でも、それにしてはできすぎてる……)
怪訝に惑う朔夜の思考に、
「直接行こ。そのほうが早い」
姉の端的な言が光明を差した。
もはやそれしか手はあるまい。まずはこの兵器を止めることが最優先である。
神楽夜は朔夜の誘導を受け、養父が通った道をなぞるように機体を移動させる。肝心の制御室は、この港がある区画の隣だ。
移動中の朔夜の言によれば、反時計回りに回転している部分は、外側から動力炉、制御室、区画を結ぶ通路を兼用したパイプ・シャフト(回転軸)になっているという。
(ミョルニル……)
神楽夜は朔夜から聞いたこの兵器の名を心中に漏らしながら、暗闇のなかで次なる利用者を待つエレベーターの前に立った。
まばゆい光が溢れる箱のなかに踏み込み、振り返ると同時に扉が閉まる。
と――。
「……あのね、姉ちゃん」
下層への降下がはじまったところで、不意に朔夜が口を開いた。その神妙な口ぶりに、神楽夜は黙して次の言葉を待った。
「爺ちゃんのこと、許してあげてほしい」
「なんでそんなこと……」
「仕方がなかったんだ。それに……これでよかったって、思ってるから。――姉ちゃんたちと家族になれてよかったって、本当に」
その言に、神楽夜は渋面を伏せた。
一連の騒動が決着を見たあと、朔夜はどうなるのだろうか。それは、青いアーキグスタフとなって養父の前に立った時から頭の片隅にあったことだ。
肉体はなく、この機体だっていつ本来の状態に戻るか知れたものではない。これまでどおりの生活は想像するまでもなく望めない。
ずっとさきまで続くはずだった普通の人生を、朔夜は奪われた。肉親のように思っていたあの男の手によって。
果たして自分は、鍾馗を許せるだろうか。
しかし、どちらにしてもきっと――あの日々は戻らない。
特別なことなどなにもなかった、あの日々には。
目的の階層に至ったか、エレベーターは動きを止める。やや間をおいて目の前の扉が左右に引き分かれた。
「……行こう、サク」
深沈たる声色でそう言う姉に、
「うん……」
と、朔夜はやりきれなさをにじませた。
箱から一歩出れば、そこは闇のなかである。制御室があるこの区画は、当然ながら人の往来を想定したものがほとんどだ。が、整備用か搬入用か、グスタフも出入りできる通路が設けられている。朔夜はそこを伝って進むつもりであったが、
「これ……」
と怪訝な声を漏らした。
「どしたの?」
「やっぱり、読まれてるのかも。開かない」
朔夜の手法は外部からの不正介入に見えるようで、その実、正規の手順を踏んでいる。つまりこの場合は、制御室から解錠を指示したことになっているはずなのだ。
これでは埒が明かない。神楽夜ははたと傍らを見やった。
「あっちは?」
そう言って目で示すのは、グスタフ用の扉から見れば小人ほどの大きさしかない、人間用の出入口である。
しばしの沈黙を挟んだのち、無機質な風合いをした扉は、甲高い電子音を発して横へ滑り開いた。
となれば、行くしかあるまい。
「姉ちゃん……」
「大丈夫だって。これ着て来て正解じゃん」
弟の心配げな声にそう応じた神楽夜は、機体の胸元に光る<ネビュラ・クォーツ>から外へ飛び出し、口を開けた通路の前に降り立った。
「アンタその間、動力炉のほう見てきてよ」
現状から見て、制御室からの操作であっても受けつけない可能性がある。それは朔夜も推し量るところだが、
「いいけど……。僕の意識だけじゃ、そんなに長く抑えられないから……」
憂うのはその点もあった。神楽夜がいるからこそ、この機体は安定して制御できるのだ。
「わかってる。だからちゃっちゃと済ませよ。道案内、頼むね」
言うや否や、神楽夜は闇に落ちる通路のなかへ颯爽と姿を消した。
それを見送った朔夜は、
「姉ちゃん……」
と思い詰めた様子でつぶやく。
少年が案ずるのは、単にこの機体が制御できなくなることだけではない。気がかりでならないのだ。姉が刀を背負って行ったことが。
だが、なすすべはない。一抹の不安を抱えながらも、朔夜は下層へ向かうべくエレベーターへと踵を返した。
制御室までの道のりは距離があるだけで、そう複雑なものではない。それに、重力があるのはこの娘にとっては好都合だ。床だけでなく時には壁を蹴り、橙色の非常灯だけの薄闇のなかを疾風のごとく駆け抜ける。
足取りはいうまでもなく好調そのものだ。しかし、
――爺ちゃんのこと、許してあげてほしい。
と、弟の言葉が脳裏に残響するたび、神楽夜は眉間に深いしわを刻んだ。
(私は……)
立ち止まった神楽夜は、背にした刀の柄を確かめるように握った。
養父にこれを抜いた時も迷いがあった。「止めねば」という強い思いがあったにも関わらず、最後の最後で自分を守った。
――いつまで自分の傲慢さから目を背けるつもりだ。
アレス・ヴァールハイトの言葉がよみがえる。
(殺れるのか……私に)
神楽夜は柄から手を放し、傍らにある扉へと険しい顔をねじ向けた。
「着いたよ、サク」
その言から間を置かず、制御室への扉は横へ滑り開く。
果たしてなかに翳祇鍾馗の姿はない。それに少し胸を撫で下ろしたのも束の間、
「そこの真ん中あたりに、円柱みたいなのってない?」
と、ヘルメットの耳元で朔夜の声がした。
神楽夜は周囲に気を配りつつ、部屋の中央にまで歩を進める。
やがて、
「――これ、かな」
壁を埋め尽くす巨大な画面を前に、神楽夜はその円柱を見つけた。
「それが外からのアクセスを制限してるんだと思う。画面があれば触ってみて。なにか反応があるかも」
言われるがまま、神楽夜は円柱の天端に埋め込まれた画面に指を触れた。
それで起動したのか、画面に光がともる。
が、その刹那だった。
「ぁ――」
神楽夜が驚愕に息を呑んだ瞬間、制御室は激烈なる轟音と閃光に呑まれ、爆散した。




