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第十八話「零れゆく命」⑧

 その矢先だった。

 ひとけのない広大な空間に身を置く翳祇(かげるぎ)鍾馗(しょうき)は、眼下のガラス張りとなった操作盤に、迷いを振り切った右手を置いた。

 途端、彼の手元の操作盤は不安を煽る赤色へと変遷し、同時に、彼を内包する鉄の塊は、標的を滅せんと重々しく稼働を開始する。

 それから間を置かず、地球の低衛星軌道上――そこに浮かぶ巨大な鉄の傘から、地上めがけ、荘厳なる一条の光が放たれた。

 大気を裂き、雲を分け、夜に落ちる天上の光。頭上からする雷鳴のごとき凶兆に、京都市中の誰もが何事かと空を見る。そのなかでイネッサが、

「あれは……」

 とつぶやいた次の瞬間。

 神の雷ともいうべき閃光は、京都白城を中心とした一帯を直上から飲み込んだ。

「イネッサ!」

 尋常ならざる危機を察した九垓は、夜天に浮く彼女を鬼気迫る形相で呼ぶ。が、着弾による衝撃波のほうが早い。

 絶叫とともに地上へ薙ぎ払われるイネッサをはじめ、九垓やマシューも同じく暴風に弾き飛ばされる。古都を象徴する古めかしい家屋も当然、見えない巨人の手にはたかれたように爆散した。

 一方で、直撃を受けた白亜の城は、祀木家が敷いた弾除けの結界が功を奏し、いまだ形を保っていた。

 しかし、それも寸秒のこと。城全体を透明な卵のように覆う結界は、凄まじい明滅を絶え間なく続け、炸裂するガラスのごとく天頂部から砕けはじめる。

 その変調は、術者本人にもっとも早く伝わった。

 祀木風花は、地響きに似た轟音に包まれ、上下左右に激しく揺れる城内で、

「まさか……なぜ!」

 と、驚嘆に暮れた顔を天井へ振り向ける。

 いま天より落ち来る閃光は、繭を滅する最後の手段として翳祇鍾馗(あのおとこ)が用意したものに違いない。それがなぜ、この城めがけ放たれねばならぬのか。

 よもや錯乱したか。そう問いを投げる間もなく熱線は降り注ぎ、絶望と吃驚に顔を歪ませた風花の姿は、内側から醜く膨らんだ末に毒々しい血肉を炸裂させて、叫びもないまま焼き消えた。

 守りを完全に失った京都白城が灰と化すまで、長い時間はかからない。

 だが、その間に熱線がわずかに減退したのは、用心のため輸送艦のある地下へ至っていた麟寺らには、不幸中の幸いであった。

「これは……」

 鳴動する遠大な地下回廊にて、白神と紫蘭、さらに近衛の兵らを率いた御剣麟寺は、険しくも訝しい顔で頭上を睨みつける。

 そのうちに揺れと轟音は一層激しさを増し、

「やつめ、早まったな!」

 と麟寺が怒声を張り上げた直後、天井はついにぶち破られ、光は彼らの遥か頭上から瀑布のごとく襲いかかった。

 以前触れたとおり、回廊はグスタフの往来ができるほど広く、長大だ。けれど、その場のどこにいようとも、巨大な閃光から逃れることはかなわない。回廊をなす金属の壁や床ともども、そこにいた者らは誰ひとり例外なく、たちどころに溶解するのが定めである。

 はずなのだが――。

「ぐぬあああッ」

 この大男だけは違った。

 脚を肩幅より大きく開き、ずんと腰を落とした御剣麟寺は、高々と掲げた右拳のさきから猛る闘魂を打ち放ち、あろうことか、膨大なる荷電粒子の濁流を引き裂いている。

 その足元で戦々恐々とうずくまる紫蘭は、煌びやかな死の閃光のなかで、威風堂々たる大男の背中を驚愕した様子で見上げた。そしてそれを、己の肩を抱く兄の横顔へと振り向ける。

「兄上……」

 思わず不安げにそう漏らせば、白神は睨み上げる鋭い顔つきを引っ込め、儚い微笑を向けてよこした。そこには妹を心配させまいとする思いがあったが、少年とて人の子。暗殺の危機を幾度か乗り越えたとはいえ、こうまで死が迫った状況が恐ろしくないわけはない。

 どこか悲しげにも見える兄の顔ゆえに、紫蘭は悟った。

 ここが最期だと。

(――オルテンシア)

 果たせぬ想いに瞼を閉じたあと、彼女は兄とともに、いまだ(くずお)れぬ忠臣の背中をせつなげに見上げた。

 麟寺が猛獣のごとき咆哮をあげるにつれ、踏みしめた両足は床にめり込み、突き上げた右腕の袖は弾け、巨木のような剛腕が露わになる。そこに浮かぶ青筋から血潮が噴き出し、全身を朱に染め上げていくが、この男は鬼神じみた形相で天を睨み続けた。

 その技は、すでに人の域を越えてあまりある。

 そうさせたのはほかでもない。いま己が背にするのは、次代へ続く希望の光だ。民草を導く象徴だからではなく、未来を創る者たちだからこそ、この子らだけはなんとしても守り通さねばならない。その熱情が、大男を立たせ続けるのである。

 それが贖罪でもあったのだ。

 子供らしく生きることを奪ったことへの、せめてもの。

 ――俺は、背中しか見せてやれんからな。

 震えだした右腕に己の限界を見た麟寺は、いつかあの青年に言ったとおり、身命を賭した闘気を発露させた。

「これが、我が天命ッ!」

 絶叫とともに放たれるは、男が鍛えし拳、その最終奥義。

 刹那、その身から打ち出された超大なる気弾は、頭上から降り注ぐ閃光を押し戻し、より強烈な光となって、その場にいた者たちを吞み込んだ。

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