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第十三話「神が定めし運命なれど」⑱

 イネッサが見たように、まだ夜空に赤みが残る地上には、拠点制圧の本隊が洞穴を取り囲んで陣取っていた。

 彼らの視線はいま、鰐が口を開けたような洞穴から突如吐き出された友軍の兵たちに注がれている。兵士が転がる敷き詰められた岩場を含め、あたり一帯は砂漠らしからぬ水浸しだ。

 倒れた兵士はみな息があり、苦しげにうずくまっている。彼らをそのままにしておくわけにはいかない。本隊の兵は急な事態に戸惑いながらも、洞穴を警戒しつつ友軍の救助に動いた。

 その時、光を吸い込むように暗い岩穴のなかから、素早く人影が飛び出した。

 人影は目にも留まらぬ速さで空高く舞うと、鰐の鼻先に降り立つ。薄闇に見えたその者は、体の前で別の誰かを抱えているようだった。

 兵らが持つ投光器の光がその場所を照らすより早く、人影は夕闇に消える。

「上手く撒けたな」

 九垓はしたり顔で砂漠を疾走しながら、遠退く岩窟を肩越しに一瞥した。見込みどおり追手はなさそうだ。

「もうちょいしたらグスタフで行く。それまで目も閉じとけ」

 抱えられて風を切るイネッサは呆然とした顔でいる。

 妙な気分だったのだ。視界は黒いシミだらけであるが、砂丘の波が滑らかに過ぎ去っていくその光景が、まるで鳥になったかのような錯覚すら抱かせる、それゆえに。

 疲れもあったに違いない。これほどまで魔術を行使したのはいままでなかったことだ。

 極力、命は奪わないよう努めた。それでも見ず知らずの誰かを殺してしまったかもしれない。酷い怪我を負わせたかもしれない。そんなとりとめのない悔恨は、尽きることはない。

 けれど、いまはその身を包む温もりがただ、心地よかった。

(お母、さん……)

 その温かさに母を思い出したイネッサは、自分を抱える九垓のまっすぐ前を向いた顔を見上げ、抗えないまどろみに身をゆだねた。

 それからどれほど経っただろうか。

 突如立ち止まった慣性を受け、その振動に虚ろな目を開けたイネッサは、まだ朦朧とする意識で九垓を見上げた。

「クガイ、さん?」

 すると、

「――やあ、シスター・イネッサ」

 無音の砂漠に響いた厚く重みのある男の声に、イネッサは戦慄とともに目を見開き、声が聞こえた右側へはたと首をねじ向けた。

 闇のなか、穴だらけの視界に浮かぶ金十字が揺れる。遠く、しかし徐々に近づくそれから目が離せない。

「どう、して……」

 急激な喉の渇きでうまく言葉が出ず、愕然とつぶやくイネッサに、

「運命だ」

 と、神父はいつものように手をうしろで組み、これといった感情を持たない顔で見つめ返した。

 そして続ける。

「これは偶然ではない。神はいる。そうだろう――イネッサ?」

 運命。

 イネッサの瞳は、目前に迫る死の影を、直視する。



 つづく

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