第十三話「神が定めし運命なれど」⑰
連合兵はエレベーター・シャフトから、イネッサたちも通った巨大な広間を抜け、各通路に侵入してきている。
イネッサたちがいる通路から十字路を左に折れたところで、レジスタンスの兵士らは引っ張り出したコンテナなどをバリケードに、それを迎撃していた。
広間から伸びる直線の一本道には、横に隙間なく並べた盾でレジスタンスの銃撃を防ぐ連合兵の姿がある。前面に押し立てられた盾持ちの兵らは、全身を黄土色の重厚な防具で包んでいて、一歩、また一歩と、十字路へにじり寄る。
ビリエラに連れられて内部を歩いたイネッサならばわかることだが、この施設内は数多の通路が入り乱れ、まるで迷路だ。その点、地の利でいえば、ここを本拠とするレジスタンスに分がある。
身を隠せないこの通路もそうだ。<ブードゥーの風>は敵の侵入があった場合、大広間から続く最初の通路で迎撃を想定してきた。もちろん、相手が連合であるという前提でだ。数にものをいわせた戦法を取るならば、この通路が彼らにとっての死地となる。兵員を広く展開できるほどの空間がないからだ。各部屋にコンテナが数多く放置されているように見えたのも、この時のための備えを兼ねてのことだった。
連合側はまんまとその狙いにはまっている。しかし、レジスタンス側がいくら撃てども進軍の勢いを削げないのは、純粋な装備の差にあった。
攻めるその一瞬、攻め手は無防備になる。
早くに<ブードゥーの風>が行動を起こす日を掴んでいた連合は、だから今日この時を見計らい、拠点制圧用に試作中のパワード・スーツまで投入していた。いま通路にて隊の前面に立ち、レジスタンスの猛攻を防ぐかの兵たちがそれだ。
片や連合基地の襲撃をなんとしても成功させたい<ブードゥーの風>は、作戦のためにあらかじめ多くの武器と構成員を外へ出している。守りが疎かになるほどではないにしろ、こう本腰を入れて攻められては押し返す力に欠けた。
バリケード越しに反撃を続けるレジスタンスの男たちは、まったく退く気配を見せない連合兵の無機質ぶりに怯みはじめる。
と、急に十字路へ白い靄がかかりはじめ、男たちは急に止んだ銃撃に連合の策を疑い、緊張を高めた。
段々と濃くなるそれに交じり、十字路へ人影がひとつ飛び出す。その人影は真っ先にレジスタンスの男たちのほうへ跳ぶと、瞬く間にバリケードを越え、その内側に身を滑り込ませた。
いうまでもなく男たちはぎょっとした。
「騒ぐな、オレだ!」
男たちの背後にまわり込んだ九垓は、声を抑え気味に怒鳴る。そこにいる面子は、今朝、ビリエラとともに九垓たちの寝床に襲撃をかけようとした者たちだ。
「いまからオレらが突破口を作る。作戦は中止だ。ビリエラがやられた」
九垓が口にした思わぬ内容に、男どもは厳めしい顔を彼に寄せた。するとそのうちのひとりが、
「嬢さんはどこに」
と焦りをにじませ詰め寄る。
「そこの角を右に行ったさきだ。オレらが行ったら拾ってやってくれ」
九垓は顎をしゃくって示すと、コンテナの影からそっと片目を覗かせた。
十字路から向こうはすでに濃霧のなかだ。そこに、青く輝く龍の紋様を背に浮かべた人影が、右からゆっくりと歩み出た。
(頼むぜ、シスター)
その光は、九垓と対面に位置する連合の兵士たちからはおぼろげに見えた。
突如発生した濃い霧は、ガスを警戒した彼らを後退させることに成功していたが、イネッサの目的はここから連合兵を追い出すことにある。
「コール」
イネッサは三叉の槍を正面に立てて構え、無慈悲につぶやいた。
状況が掴めず不用意に発砲できない連合兵は、銃を構えたまま、濃霧のなかで揺れる青い光の正体を凝視する。すると、その鋭く細められた眼が、突然驚愕に見開かれた。
「退避ッ!」
兵のひとりが叫ぶ間もなく、大人数がひしめくその通路に、十字路側から大量の水が流れ込んだ。堰を切った流水はまるで早瀬のごとく、武装した連合兵士を呑み込んでいく。
たちまち陣形は崩れた。兵士らは壁に叩きつけられ、幸いにも自動扉が開いて広間へ押し流された者らは、一目散に逃げ出すありさまである。
「ビリエラを頼む」
九垓は男どもに別れを告げ、イネッサのもとへ走った。
通路の水はすでに退け、床には意識を失った兵士が十数人倒れている。
「さっすがあ」
早速茶化しにかかる九垓はしかし、
「でもな」
と声を低くすると、伏せていた兵士にすかさずのしかかり、その首筋に押し当てたトンファーのさきから電撃を与えた。体を跳ねさせたその兵士は、途端にぴくりとも動かなくなった。
「やんなら徹底的にやんねえとな」
そう言って立ち上がる九垓は感情のない顔でいる。それにイネッサは眉をひそめはしたもののなにも言わず、広間へ続く通路のさきを睨んだ。
「行きますよ」
勇ましく歩み出すイネッサに続くかのように、転がる銃器が次々氷漬けになっていく。これでは仮に連合兵の意識が戻っても大した戦力にはなるまい。九垓はそのさまを、半ば感心を伴って目で追った。
大広間にはグスタフを率いる連合の一隊が、見果てぬ天井へと伸びる丸柱に隠れるように陣を張っている。取り巻きのグスタフは計六機。砂漠によく馴染む黄土色の塗装と防塵仕様を施された<フォルクス・アングリフ>だ。
普段は照明がなく暗い大広間であるが、六機がかりで照らされるいまは、かろうじて目視での戦闘ができるほどに明るい。
そのうちの一機が放つ光のなかに、異変は捉えられていた。通路への扉が開くや大量の水が噴き出し、そこから全身ずぶ濡れで駆け戻ってくる自軍の兵たちの姿があった。
丸柱の影にいた指揮官らしき男は、そのあまりに情けない姿を訝しげに見る。
機器が水没したために思うように通信できない雑兵どもは、駆けながら、異常を知らせるべく声を枯らして必死に叫んだ。
だが、指揮官の男の耳に「退避」の言葉が聞こえた時、大広間は瞬く間に闇へと返った。同時に聞こえたガラスが弾けるような音は、グスタフに備えられた投光器が破壊されたことを意味する。
一時的に視界を奪われた連合の兵たちは、しかし動揺することなく冷静に、柱の影に寄り集まって周囲を警戒する。
が、
「なんだ……?」
見つめる暗闇のさきに、まるで霊魂のように揺らめく大きな青白い光を見つけ、唖然と動きを止めた。
床から立ち上る光のなかには、巨大なフォークじみた得物を携える何者かの姿がある。周りが暗黒に包まれているゆえ、光のなかにいるその者が修道服をまとっていることはすぐに見て取れた。女らしいということもだ。
修道女は背中まであるくせ毛の青い髪を、まるで水にたゆたうようにゆらゆらと遊ばせながら瞳を閉じている。
狙い撃つのは容易だ。異質な空気をまといながら悠然と立つ修道女めがけ、いとも軽く引き金は引かれた。
無音の大広間に断続的な銃声がこだまする。
その一発目が修道女の目の前で弾け飛んだ刹那、彼女は素早く瞼を開けた。
すかさず左足を引き、石突(穂先とは反対の部位)側を握る左手を返して肘を肩より上げ、槍の穂先を斜め下に向けるように右腕を伸ばす。まるで、両手で持った筒を傾け、そのなかを伝う流水を地に注ぐかのような構えである。
そしてその場でくるりと、穂先で床に円を描くように一回転した。
その間も止まぬ銃撃は、見えぬなにかに阻まれ続ける。
「記す。時は我が左より落ち、流転の右にて還らず!」
イネッサが睨みつける穂先めがけ、彼女の左手からひと筋の青い光が右手に向かい柄を伝う。その光が穂先から円の線上に零れ落ちると、そこを起点にして、円のなかに幾何学模様が描き出された。
イネッサは両手で槍を天高く掲げ、石突を勢いよくその陣の上に突き鳴らす。同時に青い光の波紋が広がるや、
「行きなさいッ!」
彼女は目を見開いて猛然と叫んだ。
その背後から、主の呼び声に応じた一対の龍が、水中から飛び出るようにして躍り上がった。全身がそれぞれ水と氷で形作られた龍である。後頭部に伸びる左右のツノは雷を思わせるうねりようで枝分かれし、目元は怒り目でありながら慈愛を宿す。顔立ちは白狼のごとき精悍さで、髭を長々とうしろへなびかせている。
水龍と氷龍の姿は、そこでようやく対峙する連合兵らの目にも像を結んだ。イネッサのまわりをぐるぐると囲い、銃撃を防ぎ続けていたのがよもや彼らだとは、兵士たちは知る由もない。
龍たちは身をうねらせ、丸柱の影に逃げる連合兵を追い立てる。どこに逃げようとも無駄だ。迎え撃とうにも銃弾では意味をなさない。
「リ、リヴァイアサンだ!」
歩兵たちは口々にその名を叫び、戦慄とともに退散をはじめた。その背中に食らいつかないのは、イネッサの最後の慈悲である。
連合のグスタフ<フォルクス・アングリフ>六機も暗黒のなかに現れ出でた双龍を視認していたが、それでも果敢に挑みかかった。
丸柱を巧みに使い、相手の視界を遮るようにして散開する。ただし狙いは龍ではない。それを操るあの怪しげな修道女だ。
散開したグスタフのうち二機が、魔法陣のなかに仁王立ちするイネッサの両側面を取った。
銃撃が効かないのは承知している。<フォルクス・アングリフ>は腰に携えた肉厚のアーミー・ナイフをそれぞれ抜き放つと、踏み込んだ片足の可動部を唸らせ、何十トンという自重を感じさせない軽やかさで飛び込んだ。
その距離、グスタフの間合いであれば三歩といらない。
しかし、修道女の姿は瞬く間に霧に呑まれ、消える。
目標を見失った<フォルクス・アングリフ>はその場で踏み止まり辺りを確認したが、それが間違いだった。
姿を晒した状態で動きを止めるとは、狙い撃ちしてくれと言わんばかりの愚行である。
「隙ありィ!」
叫びながら壁を蹴り上がり、どこからともなく現れた九垓は、立ち止まるグスタフの顔面に肘打ちをする要領で自慢のトンファーを叩きつける。その反動を使って宙返りした彼は、続けて、よろめく敵の顔面に雷撃伴う蹴りの猛打を繰り出した。
「百雷槍靴!」
踏みつけるたび激しい明滅がほとばしる。
もはや<フォルクス・アングリフ>の頭部は、外部の情報を取得する機器としての役目を果たせないほど大破している。
背中から倒れる敵機を確認すると、着地した九垓はもう一機のグスタフへと身を翻し、跳んだ。
一方で、難を逃れたイネッサは暗い大広間の中心に佇んでいた。陣が放つ青い光に下から照らされるそのさまは、従える龍の存在もあって神の御使いのようである。
残る四機のグスタフは龍の動きを追って修道女の居場所を突き止めるや、手にした九十ミリ口径の短機関銃を生身である彼女めがけ一斉に撃ち放った。闇に明滅する銃口の瞬きは、都度、耳を塞ぎたくなるような炸裂音を伴う。
もはや身を隠している場合ではない。とにかくあの修道女を止めねば部隊は大損害だ。弾を撃ち尽くすつもりで彼らは引き金を引き続けた。
たったひとりの女相手にやるには、いささかいきすぎた猛攻である。されど、イネッサを瞬時に包み込んだ大きな円蓋状の水の膜は、それすらも凌ぎきる鉄壁ぶりを発揮した。
飛来する弾丸はまずイネッサを覆う水に触れ、あるものは弾け、またあるものは大きく速度を削がれた。そこを抜けると、待ち受けるのは分厚い氷の層だ。水と同じく円蓋状をしたそれは、速度の落ちた弾丸を容易く受け止める。
円蓋は十重二十重に水と氷の層が重なり合い、物理的な衝撃から主を保護していた。発砲時に生じるあの炸裂音もここではこもって聞こえるほどだ。
そのなかで、イネッサはあろうことか瞳を閉じた。
すると彼女の視界は、発砲を続けるグスタフたちのはるか頭上にあった。彼らを見下ろす龍の視点である。
野太い遠吠えのような雄叫びを上げた一対の龍は天を仰ぎ、大きく開けたその禍々しい口に光球を膨らませる。そして首を戻すと同時に、光球から連合兵操る鉄の巨人めがけ一条の閃光を撃ち出した。
水龍が放つ光線は触れたものを切断し、氷龍が放つ光線はあらゆるものを凍てつかせる。
四機の<フォルクス・アングリフ>が龍の声に注意を上げた時にはもう、放たれた閃光は各機の戦闘能力をことごとく奪い去っていた。解体されるなり氷漬けにされるなりしたグスタフは、重々しい音を立てて鉄くず同然に床を転がる。
そこに、原型を留めぬほどに頭部を破壊されたグスタフが二機、吹き飛ばされて加わった。蹴り飛ばした本人である九垓は、ドーム状の守りを解くイネッサのはるかうしろで腕を組み、丸柱に背を預けてどこか醒めた顔でいる。
その心中は複雑だった。逃げてばかりであったあの修道女が、よもやここまで容赦なく戦ってみせるとは。その変化を喜ぶべきか否か、うら寂しいいまは、答えが出せそうもない。
右手に槍を携えたイネッサは、手の甲を見せるように左手を高々と頭上に掲げる。その手を振り下ろすと、双龍は床に向かって頭から飛び込んだ。間を置かず再び左腕を振り上げた彼女の合図に従い、水龍と氷龍は地面から起き上がる巨大な津波と化して、逃げ惑う兵もろともすべてをエレベーター・シャフトへ押し流した。
津波の勢いは止まることを知らず、不規則にうねって白波を立てながら、地上へ向かって斜めに伸びるシャフト内を駆け上がっていく。
やがて洞穴にたどり着き、寝泊まりしたテントや停車するホバーバイクをも呑み込んで、激流は連合兵を宵の砂漠へと吐き出した。
その光景は、地上で待機していた連合の本隊に衝撃を与えるに充分だった。どよめく歩兵のなかには、まさか間欠泉でも掘り当てたのかと疑う者までいた。
「……上に、まだいます」
再び静けさを取り戻した大広間でやにわにそう言ったイネッサに、
「見えんのか」
と九垓は歩み寄りながら訊く。
大広間は闇のなかで、イネッサがいまどういう状態にあるのか九垓にはわからない。しかし、かすかに響く石突が床をこする音が、彼女の手が震えていることを示していた。
「もう充分だろ。なかに入ったやつらも、こう分断されちゃ戦えない」
「そう、でしょうか……」
「もうここにいる意味もねえ。――行こうぜ」
九垓は両手に青白い炎を灯すと、現れた一対の短棍を握り、その先端に帯電して松明の代わりとした。
「ほらよ」
その片方を彼女に差し出すが、
「えっと……」
イネッサは受け取ろうとしない。
「暗くて見えねえだろ。使えよ」
「その……見えなくて」
「あ?」
九垓は自分でも驚くほどに血の気が引くのを感じた。
慌てて顔を寄せれば、イネッサはうつむき気味に立ち尽くしたままである。ただ、その黄色い瞳は確かに、そして不安げに見開かれていた。
「なにか、光ってますか」
(こいつ、目が)
九垓は愕然としたのも束の間、
「とりあえず、槍、しまえ」
顔を引き締めて短棍の片方を炎に還した。
「たぶん、魔力を通し過ぎたのかも……少しすれば治ると思います。全然見えないわけじゃないですから」
「いいからしまっとけ」
呆れたような嘆息を交えて言う九垓に、イネッサは渋々従った。実際、いまの状態でなにができるわけでもない。
すると空いた右手を包むように、不意に九垓の左手が掴み、
「これ、落とすなよ。ああ、あんまこっち向けんな」
と、なにやら棒を一本握らされる。
「この光ってるの、なんです?」
「九天棍だ。暗くて見えやしねえから、帯電させてる。だからあんま顔近づけんなよ」
九垓のその言に、手元すらはっきり見えぬイネッサは、
「はい……」
と薄い納得を返すしかない。
その矢先、
「いぇッ!?」
暗闇に、気の狂った鳥のような悲鳴が響いた。
視界を奪われた状態で、突然うしろに倒されるようにして自分の体が抱き抱えられたら、どう思うか。「わ」とか「あ」とか言いそうなものだろうが、イネッサの反応は珍妙さを突き詰めたそのお手本ともいうべき味わいであった。
「だからこっち向けんなって」
慌てふためく修道女は九垓の腕のなかで溺れる。振るう光る棍棒は、下手に顔面を捉えようものなら失明しかねない凶器だ。
「で、でも」
抱えられたイネッサは申し訳なさそうにしながら、両手で握った棍棒を九垓とは逆に傾けた。
「んな状態でグスタフになんのはやめとけ」
「でもまだ上に」
そう、まだ地上には連合の本体が控えている。
「どういう位置取りだった」
九垓は歩き出しながら訊いた。
「洞穴の外を、囲むみたいに……。でも、一瞬だったから」
「んじゃ問題ねえな。いざって時はグスタフになるしかねえが、面倒な追手がつくのはごめんだ。このまま突っ切ったほうがいい」
上の戦力がどれほど残っているかは知れないが、ひとりで挑んでも充分勝てる自信が九垓にはある。だが、それをする意味はない。いまは生きて逃げ延びることが最優先である。戦わずして目的が果たせるなら、それが最善策であろう。
グスタフで飛び出せば、向こうもグスタフで対応してくるのは必至だ。生身のイネッサを手に持ったまま、自慢の高い機動力は披露できない。そうなれば撒くにも手間取る。
大広間からエレベーター・シャフトへ出られる、あの<Renatus086>の文字が刻まれた巨大な白い扉を抜ければ、ようやく松明代わりの棍棒は不要となる明るさとなった。
「んじゃ、行くぜ」
<九天棍>をアービターの紋様へ戻し、九垓は斜め上に向かって伸びる薄暗いシャフトを楽しげに睨んだ。
「エレベーター、使わないんですか」
どうしてか立ち止まらない九垓に、イネッサはぼんやりと見える彼の顔を向いて訊く。
「下のやつらが使うかもしんねえからな。それに、こいつおっせえんだよ」
九垓は答え、
「舌噛むからしゃべんなよ」
そう念押ししたそばから身を屈め、弾かれるようにシャフトを登りだした。




