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第十二話「はじまりの追憶」①

 ――ヴィクトリア・フォールズだ。

 レジーナが放ったその言により、一行の行先は決まった。が、目的地は、直線距離にして七千六百キロも南下したさきである。連合に本格的に目をつけられた以上、彼らの領空を悠々と飛んで行くことは不可能だ。

 しかし、宇宙空間を経由して地上に降り立つ準軌道飛行ならば、活路はある。ヴィクトリア・フォールズ近傍は白銀機関の支配地だ。連合の追撃に先んじてその領空内に飛び込めれば、灯弥の追跡もさることながら、当面は難を逃れることができるかもしれない。

 そこでジックは、難しい顔で<ヴェントゥス>の操縦席に座し、手順の再確認をしていた。ケルト海からここクラドノまではなんとかたどり着けたが、実質、朔夜に頼りきりであったのだ。それを恥じる思いが、彼をこうして操縦席に着かせていた。

 するとその背後でブリッジの出入口が開く音がする。

 と同時に、

「期待してるぜ、カウボーイ」

 九垓(くがい)の軽快な声がジックの背に向けられた。

 ジックはバックミラー越しに彼を睨み見るや、

「お前、それわざと呼んでるだろ」

 と、忌々しげに難じる。だが、鏡に映る男の笑みにはなんとも悪意がない。現にそのとおりで、

「え? いや、だって、あんただろ? 連合の基地襲ってまわってたってカウボーイは」

 九垓はまったく嫌味なく、純な笑顔を浮かべた。

「それはそうだが、その呼び方は連合の奴らが勝手に言っているだけだ」

 ジックは不貞腐れ気味に視線を戻した。

 この男とて、なにも自分でこのような目立つ恰好を選んだわけではない。服は必要に応じて連合の基地やそこらの店から掠め取るのが夫妻の常であったが、いまの衣服は、砂漠という悪環境を行くにあたり、手頃なものがほかになかったからに過ぎないのだ。それに、といってもこれが着続ける一番の理由だが、アルマが「赤は私たちの色だから」と選んだことが大きい。

 けれども、九垓にはどうでもいいことだ。

「じゃあ、ジックでいいな? あんたのとこの嫁さんは――えっと?」

 特に悪びれた様子もなくそう続けた。

「アルマだ」

 ジックは一瞥すらやらず不機嫌そうに答える。

「ああ、アルマな。あとはカグヤの弟のサクヤに、金髪美人のレジーナ……それと、あのおっかねえ爺さんはなんていったっけな?」

 特に許したわけでもないのに、九垓はひとりでとんとんと話を進める。

「ショウキと言ってたな」

 ジックはロンドンで名乗られた記憶を引っ張り出して渋々答えると、いよいよ我慢の限界が迫ったか、

「お前、いつまでここにいる気だ?」

 またも鬱陶しげな視線を鏡越しにうしろへやった。

 目下、マシューの輸送艦からヴェントゥスへ燃料や物資の移し替えが進められているところである。一行は速度や居住性を鑑みて、移動の足をヴェントゥス一隻に絞ったのだ。夜に紛れてここを発つつもりである以上、遊んでいる時間などないはずなのだが、どうしてかこの男はブリッジから出て行こうとしない。

(なにか企んでるのか、こいつ)

 とジックが案じるのも無理からぬことである。顔見知りになってまだ一時間程度だ。素性もなにも知れたものではない。だのに向こうは一方的に根掘り葉掘り()いてくるものだから、怪しさも倍増する。

 が、そんな空気をいち早く察するのも()九垓という男であった。

「別に乗っ取ろうとか考えちゃいねえって」

 九垓は操縦席の左斜めうしろ、ふたりがけ席の通路側に深々と腰かけながら、後頭部で組んだ両手を枕に意地悪く笑っている。それにまたぞろ目をやるのも億劫なジックは、手元の操作盤をいじりながら言った。

「だったらなんでここにいる。積み込みはどうした」

 九垓は運搬係の主力のはずである。

「終わったから休んでんのさ。ぶっ壊れた兄貴の機体も積み込んだし、テントやら保存食やら、使えそうなもんも大体な」

 そう言ってぐったりとため息を漏らすさまには疲れが見えた。

 九垓の言に嘘はない。現に、物資の積み込みはすでに完了している。物量的に二時間以上はかかると見込まれていたものが小一時間で片づいたのは、積み荷の運搬役に、この男にとってよき好敵手がいたためだ。

 いわずもがな、神楽夜である。

 剛三郎も手伝いとしていたのだが、特にやることはなかった。なにをそんなに争う必要があるのか、ふたりは互いに負けじと次々に運び出してしまうのである。その狂喜乱舞としたさまは、少年に言わせれば、それはそれは「大人げねえ」ものであった。

 だが、九垓は柄にもなく満ち足りている自分を自覚していた。汗を流したあとの体を包み込む心地よい疲労感は、イネッサの父を埋葬した時に似ている。誰かのためになった小さな達成感といえばよいのか。そしてその想いを抱くのは、甲板で大の字に横たわり、夜風に身をさらす神楽夜も同じである。

 ふたりは、

(あいつ、やるな)

 と、まるで歴史的名勝負を演じた宿敵同士かのように、胸の内で互いの実力を称え合っていた。ただ荷物を移送しただけなのだが。

 搬入が済んだとなれば、船外で残る作業は燃料の移し替えだけだ。それもマシューを筆頭とした残りの者で済みつつある。この調子でいけば間もなく出航だ。ジックはいま一度、飛行の流れを想定して操縦の確認をはじめた。

 その背中に、

「しかしよ」

 と九垓が藪から棒に切り出した。

「よくもまあ飛んで来れたな。一回宇宙に出るっつったって、連合の目がないわけじゃないだろ?」

 その疑問はジックも抱くものだった。地球連合軍は、宇宙に居を構えるレジデンスの軍が地球に降下して来ないか、常に監視の目を光らせている。サブオービタル飛行は地上約百キロまで上昇、すなわち宇宙空間に一度出て目的地へと再降下する移動法になるわけで、その間に連合の監視網にかからないはずはないのだ。

 だが、

「念のためレジーナに守らせてたが、ミサイルひとつ飛んで来なかった」

 ジックが答えるとおり、連合からの迎撃は一切なかったのである。

「妙だな……」

 九垓は体勢を変えぬまま、しかつめらしい顔を窓に向けた。

「確か、連中の目は衛星軌道上にあるはずなんだ。感知すれば、一番近い地上の基地から迎撃用のミサイルが飛ぶ」

「詳しいんだな」

 ジックはバックミラーに映る九垓に言った。

「これでも傭兵稼業、長いんでね。そっちだって思ったんじゃねえの?」

「なにがだ」

 あわやバックミラーを介して視線がかち合いそうになり、ジックは咄嗟に目を逸らした。それが面白いわけではなかったが、九垓は不敵な笑みを浮かべながら、

「静かだってさ」

 と言った。

 ジックはまた鏡越しに九垓を一瞥する。

「そうだな……。お前らが逃げて来たっていうその基地が潰れたせいじゃないのか?」

 マシューたち一行がどのような経緯でこの地に至ったかは聞かされている。互いの名もその時にやり取りした。

「さぁてな。ま、影響がないってこたあないんだろうが。もしかすると、あのハウトマンとかいう奴のおかげで内輪揉めしてんじゃねえかって思うんだよなあ、俺は」

 するとそこでブリッジの出入口が開き、九垓は首をねじ向けた。

「お、兄貴。ってことは終わった?」

「終わった? じゃない! まったくお前は、雇い主にばかり働かせおって!」

 マシューは随分くたびれた様子であるが、叱責する気力は残っているらしい。こめかみに青筋を浮かべ、やり場のない拳を顔の横で握りしめている。その憤怒に燃える顔が、

「ところで、次の支払いなんだけどさ」

 という九垓のひと言に急に鎮火した。殺し文句とはまさにこのことだ。と思えば、マシューは関心を失った顔を九垓のいる側とは反対の窓に向ける。そのまま彼は九垓と頑なに視線を合わせぬよう、ひっそりと操縦席に歩を進めると、

「代わろう。(ふね)の操縦は慣れている」

 渋い顔で操作盤をいじるジックに向けて、いやに紳士的にそう言った。

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