第十一話「それは孤高なる常道」⑦
「獅子身中の虫、か」
斜陽差し込むブリッジでマシューはモニターから顔を上げると、頭のうしろで手を組み、思いきり座席に寄りかかった。
かれこれ数時間にわたり画面と睨み合いを続けてきたが、表示されている見飽きた<接続不良>の文字は、なんの成果も上がらなかったことを意味している。
「あんちゃん、もう諦めようぜ」
剛三郎は、いい加減にしてくれ、と言わんばかりの悪態で言った。マシューの横の席で彼とまったく同じ体勢を取り、窓から見える夕焼け雲を死んだ目で追っている。
「しかしなあ」
マシューは天を仰いだ。
ここで近隣の基地に助けを求めるくらいなら、はじめからそうしている。くどいようだが、それを選ばなかったのは、連合という獅子の腹に潜む虫が、あのハウトマンかもしれないからだ。
どこにそんな魅力があるのか知らないが、あの男は、シンパとも呼べる熱狂的な協力者が多いと評判なのである。注意すべきは本人より、むしろこちらだ。
そうささやかれはじめたのは、ハウトマンが二十代後半という若さでインドネシア周辺の各国を平定した時までさかのぼる。
その当時、日本を除く世界各地には、大小さまざまな領主が群雄割拠していた。いまでこそアルカン、ノブレス、ハウトマンの三つの領地にまとまったが、それはここ二十年以内の話である。
連合が結成された背景に、神楽夜がゴビ砂漠で目にしたジャミング・タワーによる通信妨害や、砂漠化などの環境悪化による居住地の減少があることは、以前触れたとおりだ。そのうちの居住地に関しては、はじめ、既存の国境を取り払い、地域ごとに近隣諸国とまとまる形で自治領をなし、対応していた。
その体制は、宇宙進出が進み、月面で発見された白い塔<バベル>をめぐる闘争ののちまで続き、転換期を迎える。
月が事実上の独立をし、間もなく完全循環型構造を達成したレジデンスも、それに続いて連合から独立したのである。
やがてレジデンスと冷戦状態に陥った連合内では、責任のなすりつけ合いに端を発する、半ば内部分裂に近い派閥争いが勃興し、自治領の領主が隣同士で相争うような状況になっていった。
そこからの領地の歴史は、統廃合の繰り返しであった。それも、欧州でアルカンが、北米でノブレスがそれぞれ台頭したことで、終息の兆しが見えはじめる。そのさなかに名を上げたのが、ハウトマンである。
ハウトマンは東南アジア全域を瞬く間に手中に収めると、旧オーストラリアを制圧。続いて、もっとも分裂のひどかった旧中華人民共和国の各自治領を併呑していく。
その破竹の勢いに、領主の誰もが注目した。
なかでもアルカンが驚いたのは、占領された地域の者がハウトマンを簒奪者として罵るわけでなく、むしろ、改革者として支持しているということだった。これは、マシューが以前、アルカン自身から聞かされた話である。
支持者が口をそろえて言う「改革」に対する熱量は凄まじく、東および西アジアの一部では、その支持者らの働きかけでクーデターが起き、領主が殺害される事態にまで発展した。それが影響したか、アジア圏で自ら進んでハウトマンの幕下に加わる国まで出てきたほどだった。
まるで体内に紛れ込んだ毒である。除去しようにも誰かわからず、じわじわと自分の領地を脅かしていくハウトマンの支持者たちは、ほかの領主たちにとって忌むべき存在に違いなかった。
その彼らが、今回の騒動に紛れてなにをしでかすか、知れたものではない。よもや、あの黒い兵団がそうではないのか。マシューの脳裏にはそんな考えすらよぎってならない。
特にいま、アルカンと近しかった者は危うかろう。気をつけろというアルカンの遺言は、ハウトマンのそういうところも指して言っているように思える。
マシューにとって、いまや友軍の基地は敵の巣窟となんら変わらない。その疑心暗鬼が、ノブレス中将に直接連絡を取ろうとするこだわりを生んでいた。
連合最大の基地<リュエール・デ・ゼトワール>が陥落して早一日。状況は知れないが、仮に混乱が落ち着いていれば、離脱したこの艦の捜索が周辺の基地によって進んでいるはずである。
調べれば向かった方角はすぐにわかるだろう。この場所に当たりをつけるのはそう難しい話ではない。
しかし、クラドノの街は怖いくらいに静かだ。偵察機らしき機影はおろか、そのエンジン音すらも聞こえてはこない。もともと軍すら近づかない地域であるが、マシューは少々胸騒ぎがした。
(これを吉と見るか凶と見るか)
座席にもたれたまま、モニターへ視線を動かす。
(ノブレス中将がうまく収拾していればいいが)
希望的観測であるのは否めない。いずれにせよ、うまく立ち回らねばただの脱走兵だ。そうなれば、輸送機に新型の試作機まで持ち出したのだから、極刑は覚悟する必要がある。
ところがいまのマシューには、家の名を地に落とすかもしれないという焦りのほかに、どこか落ち着いている自分もいた。
――後悔してんのか、あんちゃん?
<リュエール・デ・ゼトワール>でのこと。剛三郎に孤児院に行くか否かの選択を迫った時、逆に少年からそう聞かれたマシューは、嘘をついた。
父が死んだあの時、もし孤児院に行く選択をしていれば、自分は軍人にならなかったかもしれない。軍人になって以来、そう思わない日はなかったからである。ゲッツェン家の人間にあるまじき考えだと、知りながら。
しかしそれは後悔ではない。父が命を賭して守ったこの世界を、人々を、自分も守ろうとした想いに、嘘はないのだから。
不法に入国しようとする難民を一方的に銃殺した時でさえ、後悔はなかった。
従軍して早くも悟ったことである。秩序を守ることと人を守ることはイコールではない。それをも飲み下して引金を引いたマシューは、皮肉にも名をあげることになった。
そう、自分はあの繭から世界を救ったヴェルナー・ゲッツェンの息子なのである。
いまにして思えば、孤児院を選ぶ可能性はなかったとわかる。
己が家名に課せられた使命は、生前の父からよく聞かされている。ゲッツェン家の人間は秩序の守り手たる連合兵士の規範たれ、と。それを継ぐ宿命にある自分にとって、孤児院以外の引き取り手がいるのは、僥倖以外のなにものでもなかっただろう。
けれどもマシュー自身、はじめから軍人を志していたわけではない。意思が固まったのは、アルカンをはじめとした父の友人らが亡き父の武勇伝をこぞって話し、聞かせたためだ。
父が戦死し、すぐに出奔した母の帰りを待つマシューに、アルカンらの語る父の姿はまるで導のように映ったのである。
秩序を守る。見ず知らずの人々の盾たらんとする父の姿に、それが己の行く道と、マシューは幼心に決意した。そこでマシューの口から出たのが、以前アルカンが語っていた、
「僕は軍人になります。父上のような軍人になって、母上を守ります」
という言葉だった。
結局、肝心の母親は戻らなかったわけだが。
(後悔、か)
マシューは操縦席に深く身を預けたまま、暮れる空を眺めた。
(そんなものはない。これは、私が選ぶべき道だ)
ここにいるのは、己が身を案じたためだけではない。戦乱の世を呼びかねないあのハウトマンから人々を守るための選択なのだ。
そしてそれこそが、栄誉あるゲッツェン家の嫡子たる己の使命である。
だからこそ、いまは伏して待つ。なんとしてでも生き延び、機会を得るために。
(死んだら、終わりだからな)
昨日、九垓が剛三郎に言っていたことだ。
もしあのまま基地に残っていたら、ハウトマンの手にかかる以前に、グラディアートルの猛攻に倒れていたことだろう。
そう考えると、ひとまずは無事を喜ぶべきと思えてくる。
マシューは上体を起こすと、右隣りの剛三郎を向いた。
「ゴウザブロウ、よくやったな」
遅れてやってきた賛辞に剛三郎はなんのことかわからず、とうとうおかしくなったかとマシューを見た。
「なんだよ、急に」
「昨日のことだ。怖かったんじゃないのか」
訊かれた剛三郎は表情を曇らせた。
「怖いっていうか……頭んなか、なんにも考えられなかった。やれって言われたことやるだけで、全然」
剛三郎としては納得いく初陣とはならなかったらしい。とはいえ、士官学校に入るにはまだまだという歳にもかかわらず、誤りなく正確に任務をこなしたことは称賛に値する。
(大したもんだな)
マシューは口にこそ出さなかったが、剛三郎が持つ才覚を感じ取った。
きちんとした教育のもとであれば、さらに伸びるかもしれない。ただ、それをさせるべきか見定めるのは、いまではない。
「それでいい」
その言葉を耳にした剛三郎は、驚きに見開いた目でマシューを見た。
マシューは少々困ったように眉を下げていたが、口元には笑みを湛えていた。
「それでいいんだ、ゴウザブロウ。まずは言われたことをこなせ。それができたら、次は自分で考えてやればいい」
焦る必要などない。そう言われた気がして、剛三郎は急いていた昨日の自分を顧みる。
「それに引き換え――」
マシューは座席を回転させ、うしろの窓辺に首をねじ向けた。
「お前もなにか手伝ったらどうだ」
呆れた声が向かったさきには、腕を組んで壁に寄りかかり、夕日を眺める神楽夜の背中がある。
神楽夜はため息を吐くと、
「やれることなんかないよ、私に」
と、視線を外にやったまま返事をした。
「あるだろう。クガイの代わりに外を見張るとか、教会まで様子を見に行くとか」
マシューはやれやれといったふうにたしなめながら、段々に口調を強めた。
これでもマシューは期待していた。現状、どこからも支援が得られないことは、ずっとブリッジにいる神楽夜なら察して然るべきである。彼女とてもはや行き場のない身。ならば、進んで協力し合おうとするのが人情だろう。
と思うところだが、
「でも私、捕虜だし」
返ってきた答えはなんとも素っ気ないものだった。
ゼルクすら失い、いよいよ体力くらいしか能がなくなったのに、それさえ棚に上げるほど神楽夜はやけになっている。あの黒い兵士をひとりでいなしていたのを見たマシューにすれば、ああ言えばこう言うその態度は、実に言い訳がましいことこの上ない。
「もうお前を捕虜とは思っていない!」
ついには、無気力な背中にそう言い捨てた。
「こんなやつに遅れを取っていたとは……。ゲッツェン家の名折れもいいところだ」
マシューは己の両膝に爪を立てて悔しさをにじませるが、そのゲッツェン家とやらがいかほどの名家か知らぬ神楽夜にはどうでもいい話である。さして反応をせずにいると、マシューは一方的に続けた。
「まったく、貴様に会ってからろくなことがない。基地の襲撃といい、アルカンのおじさんのことといい――貴様さえ現れなければ、この私がこうしてここにいる羽目にもならなかったのだ!」
マシューは操縦席から吠えた。
神楽夜としてはそっくりそのまま返したい気分だ。いよいよ忌まわしげに、
「そっちが勝手に来たんでしょうが」
と振り向いてマシューを睨んだ。
「ああ、そうとも!」
言うや否やマシューは席から立ち上がり、睨み返す。
「貴様を追ったのも、ここに身を潜めたのも、すべて私の意思だ。だがそれは、弱きを助け、秩序を守る連合軍人、ひいてはその規範たるゲッツェン家の嫡男として当然のこと!」
声高に宣言したが、詭弁である。
<サムライ>こと神楽夜を追ったのは、アーキグスタフを手に入れることで名声を得たかったためだ。それを、いまとなっては都合よく忘れている。実にこの男らしいといえばらしい記憶のすり替え方だ。
それに、難民を銃殺した過去も棚に上げている。軍人であるから指示が絶対とはいえ、とても弱者の味方とはいえぬ所業は、己の信条と矛盾して余りある。
しかし、臆面もなく言い切ったマシューの堂々たる態度は、その所以を知らぬ神楽夜に強い信念を感じさせるに充分であった。
ゆえに、こう疑問が湧く。
「なんでもいいけどさ。そんなやつがこんなことしてていいわけ?」
マシューの熱弁ぶりに気圧されて、若干引き気味に神楽夜は問うた。
秩序を守る、その規範たるとのたまいながら、やっていることは愚連隊以下である。こそこそ機を窺うだけのこの体たらく。疑問を持ちたいのは、なにも神楽夜だけではない。
「いいわけあるか! 私はマシュー・ゲッツェンだぞ!」
この男はすでに限界だった。溜めに溜めた鬱憤をここぞとばかりに吐き出し、身を圧し潰さんほどの焦燥に駆られた表情で、神楽夜に向け憤怒した。確かに、一歩間違えれば死ぬどころか、家の名が失墜する状況だ。それは、彼にとって死よりも圧倒的に恐ろしいことである。
だから正直、マシューは自分の選択を後悔しかけていた。
勢いに任せるきらいがあるのは、自分でもわかっていた。司令の身分にありながら、ゴビ砂漠にて、<カウボーイ>の追撃に出たあたりにもよく表れている。あの時は拾ってくれるアルカンがいたからよかったものの、もうそれは期待できない。もっと慎重になるべきだった。
まさに進退ここに極まった。
けれど神楽夜にすれば、そんなことはいわれのない話である。
(うーわ)
と、さらにどん引きしつつ、
「だから知らないって」
なんとも煙たそうに距離を取った。
マシューの言は、そもそも答えになっていない。だが、心の防波堤が崩れ去った本人はもはやどうでもいいようで、
「我がゲッツェン家はな! 代々連合に仕官を輩出し、その発展に力を尽くしてきたのだ!」
などと勝手に力説をしはじめた。
それこそ神楽夜にはどうでもいい。が、疎ましい気持ちとは裏腹に、これだけ激烈に感情を露わにできることが、若干興味深くもあった。
自分には、この男のように己の芯足り得る歴史がない。「芯がない」とは、稽古中に鍾馗からよく言われたことだが、まさにそのとおりである。
唯一すがることのできていた「養父を探す」という使命さえ、艦から離れ、ゼルクを失った自分には残されていない。神楽夜のやけの理由はそこだ。今度こそ本当に宙ぶらりんに戻ってしまった、という失望感にある。
(やっぱ……)
過去がある、というのは説得力が違う。やるべきことをたったひとつ失っただけで自分は動けなくなるのに、この男のように己を積み上げてきた者は、いかなる時でも最後は、前を向いて生きていける。
振り返れば、自分が辿って来た道があるからだ。いまもこの男が、脈々と続いてきたゲッツェン家の歴史を熱く語っているように。
仮に、だ。身の回りに過去の己を知る者がひとりでもいたならば、自分が自分に抱く違和感と擦り合わせるすべもあっただろう。もしくは朔夜のように素直であったなら、いまをありのまま受け入れて生きることもできたかもしれない。
しかし神楽夜は、そのどちらも持ち合わせていない。あるのは、背中に残る袈裟に斬られたような傷跡と、ここまで生きてきたことを証明するこの肉体のみである。
そこにちらつくのは、自分ではない自分の影だ。
新しい自分をはじめればいいと頭ではわかっていても、見つけられない過去が足を掴んで離さない。ゆえに、掴んでくるその者を見るしかできないのだ。
置いていくなと睨む、己の過去を。
「――おい、ちゃんと聞いているか?」
訝しげに聞いてくるマシューの声で、神楽夜の意識は思考の海から浮上した。
「あ?」
「あ? ではない!」
マシューは間の抜けた神楽夜の顔を茶化して真似ると、すぐさま熱烈さを取り戻して続けた。
「然るにだ。我がゲッツェン家は、常に! 人類の守護者として先陣に立ち、防人たる地球連合軍の気構えをも作ってきたというわけだ」
まるで選挙演説かと思わせる語り口がそこで止み、神楽夜が不思議そうにマシューを見やれば、彼は瞼を閉じ満足げに頷いていた。
「え、それで?」
神楽夜は続きを催促する。
「あ?」
「いや、だから、その気構えってなんなのさ」
神楽夜とすればむしろそこが聞きたい。人類の守護者と豪語するならば、その気構え、並々ならぬものと見える。繭からかの国を守らんとする自分に必要なはずだ。
それに、すでに折れかけの心だが、己に再起の機会を与えてくれるやもしれない。そんな期待があった。
対するマシューはといえば、予期せぬ問いに、すっとぼけた顔のまま視線を泳がせている。
(気構え……気構え?)
はて、アルカンからの話のなかに、そんなものはあっただろうか。
受け売りの話を随分誇張させたはいいが、マシューはそこまで考えていなかった。
実のところ、話はそこで終わりである。というのも、話自体アルカンの受け売りだ。そのなかで、亡き父ヴェルナーの代に至るまで、自家の者が連合にどのような価値観を造成してきたかは聞かされていない。
にもかかわらず、
「決まっている――己を信じよ、だ!」
この男はしれっとごまかした。
「己を?」
「そうだ、己だ!」
マシューは怪訝な神楽夜に食い気味に語気を強めたが、それもアルカンの受け売りだ。そも、己を信じられぬ者に「信じよ」と言ったところで、なんの意味がある。
――自分を、信じろ。
今際の際にアルカンが遺した言葉の意味を、マシューはまだ飲み込めたわけではないが、
「自ら正しいと思った道をひた走る。振り返ることなどない。これはただ、守るべきものを守らんがためだ」
まさに自分に言い聞かせるべくそう言った。
(そうとも……。この私が、ハウトマンを止めねばならんのだ。この私が)
あの男は争いを呼ぶ。連合を、日本を、そして次は宇宙を、その手に収めようとするはずだ。ゲッツェン家の男として、断じて見過ごすことはできない。
そんな具合に、マシューはひとり勝手に重圧を抱え込む。一方で神楽夜の胸中は、対照的に冷めたものだった。
「守るべきもの、ねえ」
神楽夜はため息交じりに言いながら、夕暮れの街並みへと視線を流した。
この娘はすでに諦めている。そう察したマシューはむっと顔をしかめた。
「貴様だってあるだろう! だからあの時突っぱねたのではないのか!」
あの時とは、投降を頑として断ったクラドノの夜のことである。神楽夜がそうしたのは、自分を送り出した者たちの気持ちに応えたいと思ったからだ。マシューの推察に間違いはない。
基地の牢にいる神楽夜から、マシューはある種の気概を感じていた。己の信念を貫く、あるいは、課せられた使命を果たさんとする不屈の精神が、時折見せる眼光に燃えていたのである。その意気はマシューの好むところであり、実際、感心していた。
しかしいま、目の前の娘からはそれを感じない。ここにいるのは、道に迷ったただの小娘だ。あれだけ苦汁をなめさせられた<サムライ>の気迫など微塵もない。勝手極まりない話だが、マシューは裏切られた気分だった。
「そりゃあ、ね……。でも、いまの私になにができるってさ」
神楽夜は憂鬱そうな眼差しを下げ、額に片手をやった。その苦悩するさまに、
「だから、大きく捉えすぎだ、貴様は」
と、マシューは声色を呆れた調子に戻した。
なにゆえ小娘相手にこんな説教を垂れねばならんのか。胸の内にそう嘆息しつつ、
「まずはできることからやれ。さっきも言ったように、貴様はもう捕虜ではない。逃げたければ好きにしろ。まあ、いま出て行っても同胞に見つけてはもらえんと思うがな」
言い終える間もなく、マシューは操縦席へと踵を返した。
自ら窮地に陥るようなこの男に諭されるとは、誠、不服極まりない。されど、その言い分は納得するところである。こちらは徒歩だ。当てなく飛び出しても、再会は叶うまい。
――自分の置き場を変えてみろ。
問い続けろと言ったいつかの黒騎士が、瞼の裏にまた揺れた。
(黙ってたって、なにも変わりゃしないか)
神楽夜はそう己を改め、
「……外、見張りしてくる」
と、力なくブリッジをあとにした。




