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朱色の雫【改稿中】  作者: 弦景真朱
第二章 朱南ーーシュナンーー
83/239

戦略:ストラ(下)

前話(上)に引き続き、下になります。

よろしくお願いいたします。


 敵か味方かもわからない人に、センナを触られていることの恐怖と嫌悪。いや、限りなく今の時点では敵の振る舞いだ。

 そしてまた、事後に理解する父の言葉。確かに葉季は連れてこなくて正解だった。連れてきていたら今の彼はヴィオラに対して、全面に嫌悪を出してきただろう。目の前で母を失い、父とは会えなくなった今の彼は、家族を失うことに一番敏感だから。

 杏奈と朱公は変に触発しないよう、出方を伺っている。今までなら、すぐに戦闘にもつれ込んでいたかもしれない。

 言葉を出すことが出来ないのであれば、センナで示すしかない。一度目を伏せてから、真っ直ぐ目の前の彼を見た。

 センナが波打つ感覚は初めてだ。

 しばらくされるがままにしていると、段々とセンナの脈打つ拍子がわかってきた。

 与えられる波長に合わせていくように、自分のセンナの波長がどこから始まっているのかを、センナの中で探す。初めての試みの割に、それはすぐに見つかった。


「……ふうん」


 目の前の彼が笑った気がした。

 気がしただけで、目はにこりともしていない。


 初めて感じたが、私の波長は二つある。それも、ひどく歪だ。おそらく、元々のセンナと、寄生型のセンナだろう。

 これらの波長を、自分で合わせられるのだろうか。センナの音が聴けるようになると気になる、自分のセンナの不協和音。


「……気づいた? これが興味深いのよ」


 声が出せないため頷いて答える。

 もしかしてヴィオラは、これを教えるために。いや、まだわからない。早合点は命取りだ。

 彼の方に顔を向ければ、すぐに機嫌悪そうにセンナをつついてくる。


「もっと集中しなさい。このまま殺してもいいのよ? 弱い同盟国なんて要らないんだからね。でも、こんな状態のセンナは中々見ることないし興味があるから言ってやってんのよ。どうせ同盟組むなら、強いほうがいいしねぇ」


 それはそうだろう。

 センナの治りが遅いのは、酷使したせいではなかったのだ。思えば先の銀朱との戦闘で、センナの限界を突破させてしまったし、自分のセンナの治りが遅いのは仕方がないことかと諦めていた。

 この前、葉季共々珍しく朝まで寝てしまったのも、不協和音のせいでセンナの回復が遅れていると言うなら頷ける。

 これが、センナの不協和音。

 なんとかできないものかと、自分のセンナの波長に集中するが、そもそもセンナの波長をいじるなどしたことがない。しばらく色々試してみるが、全くうんともすんとも言わないのだ。

 ヴィオラは私のしようとしていることがわかっているようで、楽しそうに眺めていた。

 隣の杏奈と朱公は不安そうにこちらを見ている。ふたりとも五感能力が強く透視が使えるため、私のセンナにヴィオラが触れたままなのは理解しているようだ。


「へったくそねえ! 本当にあの法華の娘なの?」

「い、今やってる最中です……」


 思わず口を尖らせながら反論するが、本当に自分には操る感覚が乏しいのだと突きつけられて、心が折れそうになる。自分のセンナの不協和音を聞き続けて、頭がおかしくなりそうだ。


「こんなセンナでよく生きてるわよねえー。感心するわ。あんた、うちに来るなら直してあげるわよ」

「……さっきの質問の回答、してませんでしたね」


 ヴィオラの眉が動いた。

 瞳に期待を浮かべながら、こちらの動きをにんまりとした笑顔で眺める。


「申し訳無いながら、謹んで、お断りさせていただきます」


 ヴィオラの笑顔が消えた。

 目は離さない。意識がヴィオラと自分のセンナと分散させられる中、ヴィオラの指が動いたのを見逃さなかった。


「あっそう」


 その一言とともに、センナを握られる。

 咄嗟にヴィオラの腕を掴んだ。

 視線は互いに交わったまま。


 互いの側近たちが、一髪触発の形態になる。

 随分と時が流れた気がするほど長かった沈黙を、ヴィオラが破った。


「……気に入ったわ、直してあげる」

「えっ……ぐ……っ」


 ヴィオラの指が私のセンナを叩く。

 なんとも言えない、体の中から響く甲高い音。

 しばらくすると、頭がおかしくなりそうだった不協和音が消えていた。目の前の彼を見上げると、胸から手が抜けていく。互いの側近たちも、私も、ヴィオラを呆然と眺めた。

 一気に緊張がほぐれ、どっと疲れを感じる。


「おしまーい。あたしの誘いを断ったのは、あんたが二人目よ、朱己」

「二人目……」

「そ。一人目は法華。壮透捨ててうちに来なさいって言ったら笑顔で断られたわ! あの能力、あたしなら絶対もっと活かせるんだけどねえ」


 母が。

 流石というか、なんというか。


「親子ね」


 ヴィオラは顔の前で手を組みながら、昔を懐かしむように笑っていた。


「でも諦めないわ。いつでも嫌になったらいらっしゃいよ。そのために同盟組んであげるわ。あたしは強い女と弱い男が好きなの」

「同盟、組んでくださるんですか?」


 少し驚いたように見つめた。

 目の前の彼は、返答が気に食わなかったようで眉をひそめている。


「ちょっと、その堅苦しい話し方やめなさいって言ったでしょ!?」

「あ、すみません……ありがとう、これからよろしく。ヴィオラ」


 笑顔で手を差し出すと、握り返してくる。

 握った手を急に引かれ、前方向に体勢を崩した。

 体を反転させられ、私の手は自身の背に、首にはヴィオラの腕を回され、背後にヴィオラが立つ形だ。


「さーて。あんたたち、今からあたしが朱己を殺すと言ったら……どうする? 今、完全に油断してたでしょ」

「!」


 思うほど簡単にいかない、というのを突きつけられる。

 ただ、先の戦いで身内から裏切られすぎて、あまり衝撃的ではなかった。そしてそれは、目の前の二人もそうだったようで、特に焦る様子もなく席を立ち、構えた。  

 二人の対応を見てヴィオラが大きくため息をつく。


「ちょっとお! もう少し、こう、させない! みたいな焦りはないわけえ? つまらないわねえ!」


 ヴィオラはため息をつきながら私を離した。

 彼から開放されたことに、今度は我々が驚く。


「長が緊急事態に陥ったときの、臣下の動きを試させてもらったけど、試すまでもなかったわね。少しでも狼狽えたりすれば、からかい甲斐もあったけど。固まるようならそれまでだし、殺してちゃんちゃんだったんだけどね……なーんて」

「なるほど……それなら期待外れの反応だったかもしれない、ヴィオラ」

「そうよ! もう少し反応なさいよ! つまらないでしょおがあ!」


 彼は幼子がわがままを言うときのように腕を振り回している。彼の百面相を見て思わず吹き出した。


「ふふ、ごめんなさい。最近同じようなことがあったせいね」

「そうみたいね。やんなっちゃうわ。はぁ……肝が据わるのはいいことだけど、ちゃんと同盟国は信じなさいよ。裏切られたら必ず報復するくらいの気持ちでいてよね。それに、慣れた気でいても、心はダメージ受けるもんなのよ」

「ダメージ……」

「そ。傷は残るものよ。ま、少なくとも裏切られたらうちは報復するわ」


 ヴィオラが笑顔で胸を張る。

 

「だから、あんたたちのことは信じるわ。気に入ったしね。でも、裏切ったら容赦しない。完膚なきまでに叩き潰して、再興だってさせないわ。いい? うちは、それができるだけの国力があるからね」

「ええ。同じ思いよ。ありがとう、ヴィオラ」


 改めて握手を求めた。

 さっきよりも力強く、しっかりと握ってもらえたことを素直に喜ぶ。

 そうして、ストラの出口まで行くと、ヴィオラが朱南まで道を繋いでくれた。同盟国にはすぐにたどり着けるよう道を作っているそうだ。改めてヴィオラの懐の深さを感じた。

 朱南側に杏奈が連絡してくれ、葉季と高能が待っており、それもあって早く道を繋げることができたらしい。葉季たちが道の先で待っているのを確認し、振り返ってヴィオラに改めて感謝を述べる。


「それじゃ、これからよろしく。ヴィオラ」

「こちらこそよ! またいつでも来てちょうだい、あたしも遊びに行くわ」

「ええ、ありがとう」


 向きを変える直前、耳元で何かを囁かれたと思ったら肩を強く引き寄せられ、頬に口付けられた。

 一瞬のことで呆然としていると、ヴィオラから肩を叩かれる。


「じゃあね、朱己! 次は唇をいただくわ!」


 手を振りながら颯爽と帰っていき、すぐに姿が見えなくなった。

 背中が見えなくなってもしばらく呆然と立ち尽くしていると、いつの間にかすぐ後ろに来ていた葉季が笑顔で肩を叩いてきて、反射的に肩がはねた。


「詳しく、聞かせてもらおうかの?」

「いや、ちゃんと、同盟国に!」


 笑顔なのに般若の形相の葉季を、どう宥めようかと杏奈と朱公を見るが、二人共苦笑いをしていた。



お読みいただきありがとうございました。

引き続きよろしくお願いいたします。

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