戦略:ストラ(上)
ストラ編、上です。
下に続きます。
私と朱公、杏奈はストラへ赴いた。
葉季も行くと言っていたのだが、父からの助言を信じて今回は女性だけで来たのだ。
ーー「差別をする者ではないが、女だけで行け。理由は行けばわかる」
そして、私達は身を持って理由を理解することとなる。
「いらっしゃーい。朱南の朱己」
「歓迎いただき感謝します、ヴィオラ殿」
「堅苦しいのはいいわ、顔を上げなさい」
膝を付き頭を下げていたのを起こし、近くまで歩み寄ると席に促された。ヴィオラから一番遠くの来賓席らしきところへと移動すると、彼は大変面白そうに尋ねてくる。
「ちょっとあんた、随分と派手に国を壊したみたいじゃない、あの大国ナルスがなくなっちゃうなんて! あたしびっくりよ」
「弁明のしようもございません。私の力不足故です」
「そうね、国が滅ぶんだからその通りね!」
首を何度か縦に振った目の前のヴィオラは、本当に独特な人だ。丸刈りにされたきれいな形の頭は、渦巻状に入れ墨が入っている。上半身が裸なのが正装なのか、それとも平服なのかわからないが、体つきから見るに男だろう。しかし、話し方はまるで話しやすい女性のようだ。中性的と言うべきか。今の世は本当に多様性だ。
「あんた、今あたしのことオネエって思った?」
「いいえ。……多様性かと」
答えてからなんてつまらない回答をしたのかと自嘲したが、どうやら目の前の彼は目をぱちくりさせて、すぐににんまりと笑った。
「いいじゃない、朱己。あんた素直で好きよ」
「恐れ多いです」
「ちょっと、その話し方やめない? 敬語は嫌いなのよ。ほら、いつまでそこにいんの! 遠いわよ、もっとこっち来て!」
まるで旧知の仲かのように、手招きして私たちを呼んだ。杏奈と朱公と顔を見合わせて頷くと、招かれたところへ足を進める。
「あたしの名前はヴィオラ……って知ってるわよね! ヴィオラって呼んでちょうだい。あんたのことは朱己って呼んでいいかしら?」
「ええ、構わない。ありがとう、ヴィオラ」
満足気に笑う彼は、顔の前で手を組みながら顔をこちらへ近づけてきた。
「父親にそっくりじゃない、朱己。あんたの母親もいい女よね。あたし好きなのよ」
なんだか不思議な告白を受けて、笑って返す。
和やかな雰囲気で始まり、安堵したのも束の間。
「ところで、今日のあんたたちの話は、どっち?」
彼のまとう空気が変わった。
着いて早々、本題を言えという圧。
目の前の彼の唇は弧を描いていた。
「ヴィオラ。……その選択肢、同盟か、もう一つは」
「宣戦布告か、よ」
思わず目を見開いた。
目の前の彼は、笑ったまま私の手を握ったから。
「どっち?」
変な汗が背中を伝う。
隣にかけている杏奈と朱公も、おそらく同じような顔をしているだろう。
どういうつもりだ。
彼の問の真意を探りながら、本当のことを話す。
「まごうことなき、同盟です」
「ふうん。……あんたたち、あたしたちに何を差し出せるの?」
それはそうだ。同盟など、利益がなければ組みたくなどないだろう。
実質二分されたナルス。銀朱と項品側を時雨伯父上一派とでも言おう。時雨伯父上一派と、その背後にいるビライト。ここが仮に手を組まずとも、すでに時雨伯父上一派はマヌンと同盟を結んだ。
ストラはマヌンと同盟こそないものの、友好的な関係を続けていると聞く。
朱南と、同盟を組むことの利益。
思わず息を飲み込む。
ヴィオラは回答を促すように首を傾げた。
「……正直に話します。旧ナルスの土地は、東は養蚕業が盛んでした。北は果実、西は工業。対して南は荒廃した土地で、民も苦しんでいます。私達は、南の土地の活かし方を、あなた方から学びたい」
「ふうん。それで?」
「私達がこれから得られる利益は、必ず還元します。今わたしたちが与えられるものがあれば、惜しみなく与えます。今は我々を信じて、力を貸していただけませんか?」
こんな不明瞭で雑把な交渉、現時点でなんの能力も利益もない国と、誰が喜んで同盟を組むというのだろうか。なんなら、私も私だ。普通なら危険すぎて言えない。なんでも渡すというのはもはや交渉でもなんでもないのだから。
それでも、正直に言う他ない。理由などない、直感だ。目の前の彼に誤魔化しなど意味をなさない。目の前の彼を、納得させないことには始まらない。
「近々、あんたたちは青東と黒北と戦争になるでしょうね、向こうはマヌンとビライトをつけて。あんたたち勝機は?」
「……勝機はあります、ストラがこちらにつくなら」
「面白いじゃあない。そしたら、朱己、あんたがうちに来るなら考えてあげるわ」
「は?」
思わず口を押さえた。
しまった。外交の場なのに、口からそのまま出てしまった。目の前の彼が吹き出したかと思いきや、突然腹を抱えて笑いだした。
「あっはっはっは! ヒャーー面白いわねえ! はっ? ですって! 朱己、そりゃないわよ! あんた女じゃなきゃ斬り捨ててるわよ?」
「大変ご無礼を、ヴィオラ」
勢いよく頭を下げたが、目の前の彼は笑い上戸のように腹を抱えて笑っている。
「いいのよお! あたしは女には優しいの! ……男なら斬ってたのは本当だけどね」
顔と口調はこんなにも茶目っ気のある人なのに。
最後の一言は目が笑っていなかった。
彼は本気だ。
少しだけピリついた空気を肌で味わいながら、視線だけは離さない。
「さて、朱己。冗談じゃなく、あんたうちに来なさいよ。そしたら同盟、考えてあげるわ」
「……真意は、なんです?」
「そのままよ。あんた、変わったセンナしてるじゃない。不思議な音がするわ。興味深いのよね」
センナの、音。
初めて聞く表現に首を傾けた。
だが、彼が言わんとしていることはわかった。
この寄生型のセンナのことだろう。
「そのセンナ、もっと良く聞かせてちょうだい」
「……!」
反射的に手を引っ込めようとした。
しかし、私が一拍遅かった。
逃げられないように手を抑えられ、そのまま私のセンナに彼の手が触れた。
センナに波紋が広がる。音の波が、センナを通じて全身に響いているようだった。
「ヴィオラ殿……! それ以上は!」
隣りにいる杏奈が諌める。
私の喉からは声がだせない。
まるで音を奪われているかのように。
「黙りなさい、あんた、杏奈とか言ったわね。朱己を死なせたくなきゃ、大人しくするのね」
「!」
そうか。
試されている。私が、どうするのか。
臣下が、主の危機にどうするのか。
目の前の男は心底楽しそうに笑って、私のセンナをなぞってきたのだ。
お読みいただきありがとうございました。
引き続き、下もよろしくお願いいたします。




