白蓮の願い
朱己との会話の後、高能のところで過ごしてから部屋で朝まで寝ずに戒と将棋をさした。
戒は何も聞かず、夜通し付き合ってくれた。
そしてわしが出した、答え。
「父上。婚約の話、お受けします」
「……そうかい。振られたかい」
「ええ」
「それなら仕方ないね」
微笑む父の笑顔はいつもより輝いて見えた。
もはや何も言い返す気になれず、一礼して部屋を出た。
ーーー
葉季が去った後、部屋の奥から音もなく出てきた黒髪の彼女。私の妻であり葉季の母。
「良かったのか?葉季が可哀そうじゃ」
「法葉。君はいつも息子の心配をしているね」
「当たり前じゃ。妾にとって大切なのは妹と子どもたちじゃ。そちではない」
「そうかい。私は君が一番大切なんだけどね」
歯の浮くような台詞を言ったところで彼女は靡かない。聞いてるんだか聞いていないんだか、はたまた聞き飽きたのかはわからない。
私の前では素でいてくれていると解釈している。
「ふん。妾はそちの思想に乗ったまで。必ずこの悪しきナルスの歴史を終わらせるのじゃ」
「勿論だよ。そのために葉季には生き残ってもらわないといけない。私と壮透、そして朱己が居れば必ず兄上の計画を止められる」
必ず兄上を止めてみせる。
顔の前で手を組んで前を見据えながら、静かに目を瞑った。
「……葉季には、私達がいなくなったあとのナルスを託さないといけないからね」
「その後のことは任せい。妾と妹の法華がおれば問題はなしじゃ」
顔色を全く変えることなく言ってみせる妻をこれ以上ないほど頼もしく思いつつ、少しだけ法華に対して嫉妬する。
「この計画を法華が知ったら、嫌われそうだね」
「それだけは嫌じゃ! 妹に嫌われるならやらぬ。そちだけ嫌われよ」
「そういうと思った。汚れ役は私が引き受けるさ。君のためにね」
私の返事に満足そうに微笑む妻を見て、また少し嫉妬が増えた。
「葉季。君には、生きてもらわなければ」
窓の外はもう太陽が登ってきている。
眩い太陽を拝みながら、きっと息子にも嫌われるのだろう。それでも構わない。息子にこの太陽を毎日拝んでもらえるのなら。
「さて、葉季の婚約の準備をしないとね」
ーーー
十二祭冠の定期会合。
一睡もできないまま朝を迎え、気がつけば仕事の時間だ。私が寝ていなかったことは朱公も気がついていたようで、先程から不安そうに見つめてきているのがわかる。笑顔で手を振れば、更に眉間にしわを寄せていた。
ため息をつきながら、腫れた瞼で誰よりも早く会合の場で準備していたものの、瞼の腫れがひくことなく会合が始まってしまった。
取り急ぎ、先日の六芒の市松の襲来について報告する。
「……こうも何回も、対能力用の結界を越えられると、内通者がいるということも視野に入れなければならないと思っている。あくまで個人的見解だが」
静まり返る会合。
時雨伯父上は、自分で結界を越えていた。となると、考えられることは二つ。
結界を行き来するための手形に代わるものを持っているか、結界自体に伯父上を弾かないよう細工をするか。
「そうだな。仮に怪しい者が居ればすぐに言え」
父の言葉に、そこにいる全員が返事をする。
「この短い間に何度も襲撃され、目的は朱己だと言い切ってたからな。朱己、側近二人の育成は加速させる。心配すんな、素質はあるからすぐだ」
「ありがとうございます、夏能殿」
「俺たちもいるから大丈夫だ」
笑顔で頷く。何よりも私が強くならなければ。今よりももっと強く。
「この他に何か報告がある者はいるか?」
父の呼びかけに、葉季が反応する。
「業務ではない。この場を借りて、この度瑪瑙と婚約する運びとなった。婚約の儀は九日後だ。皆にはご出席賜りたく。祝舞は、すまぬが朱己よろしく頼む」
「……ええ、わかった。おめでとう」
「あら! そうでしたのね! おめでとうございますわ!」
隣で妲音が非常に嬉々としている。
先程の重い空気から一転、お祝いの明るい雰囲気になった。
祝舞。
祝舞は、慣習的に男性側の家の当主かその代理が務める。葉季は二条家であるため、当主である父上か私が務めることになるが、基本的に当主は当日主役の父と共に何かと忙しなく動かなければならないため、祝舞は代理が行うことが多い。
笑顔で舞わないと。私が出した答えだ。
早く瞼の腫れが引くように押さえた。
会合のあと、高能から部屋に呼び出され向かうと、彼はいつものような明るい顔ではなく、曇り空のようだった。
「おい、お前本当にいいのかよ」
「なにが? いきなり、なに」
「葉季のことだよ。普通におめでとうって言ってたけどよ、お前本当は」
「何が言いたいのかわからないけど、めでたい話。私は祝福する」
背を向け部屋を出ようとすると、高能が卓を叩く。少しばかり驚き振り返ると、彼にしては珍しく頭を抱えていた。
「なんで、お前らはそう……」
「……高能?」
「お前も、葉季も! バカなんじゃねえのか!」
「は?」
いきなり暴言を吐かれ、思わず眉をひそめる。
なぜいきなり彼に文句を言われないといけないのか、私達のことで。
彼は深いため息をつくと、頭を思い切りかいていた。
「正直になれねえのが、二条家なのかよ」
「……少なくとも、私はそう。葉季は知らない」
「葉季は知らない、じゃねえよ! お前、わかってんだろ! なんでお前が素直にならねえんだよ!」
彼の言葉に、今度は私が壁を叩く。
彼が目を瞠るのも構わず、彼に怒鳴った。
「五月蝿い! 仕方ないでしょう! 私が、私の存在価値が、なんだと思ってるの! 貴方は私の対! 私の存在価値なんて、貴方が一番わかっているでしょう!」
「んなのわかってんだよ! お前とどんだけ一緒にいると思ってんだ! お前が赤子の時からこちとら見てるっつーの! お前が雁字搦めになってんのもわかってんだよ!」
「だったらいちいち言わなくてもいいでしょう! 私の意思なんて、私の気持ちなんて長になるためには要らないものなの! 貴方だって、対の貴方だって! 私たちは国のために……っ」
息を切らせるほど叫んだのは、いつぶりか。
怒りに任せて壁を叩くなど、初めてだ。
目の前の彼が化け物でも見たかのように固まっていて、さすがに言い過ぎたと我に返る。
「ごめん、私……言い過ぎた」
「いや、すまねえ。俺もお前らのことに口を出しすぎた。けどよ」
「……ありがとう、高能。でももう、終わったことだから」
「いや、終わったってお前」
「ごめん、帰る」
彼の部屋を出て隣の自室に帰るやいなや、涙が止まらなくなった。彼に八つ当たりしていいことではないのだ。
私達は、唯一無二であり国のために存在する長と、その対。私達の意志など関係ないなんて、彼には言ってはいけなかったのに。
しっかりしなければ。しっかり葉季の婚約の儀が終えられれば、私の気持ちも晴れる。
そして、婚約の儀まであっという間に過ぎていった。
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続きます。




