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朱色の雫【改稿中】  作者: 弦景真朱
第一章 ナルス
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彩りの与奪


 ーー今日朱己が君の告白に是といえば、君の要求に従う。

 父の言葉に耐えかねて部屋を飛び出した。


「……とは、言われたものの……」


 頭を抱えていると、廊下で戒が待っていた。


「葉季様。何やら、大変なことになりましたね」


 恐らく何回か怒鳴ったのもあり、戒は廊下にいながら会話の中身を把握していたようだった。


「ほんとにのう。どうしたものか」


 なんだか笑えてくる。

 戒に視線を向けると、相変わらず無表情で堅物を絵に描いたような顔をしていた。


「……本気であれば、勝率はあります」


 勝率。この場合の勝率は、朱己への告白の成功率だろう。


「あると思うか?」

「私は、葉季様に賭けています」


 思わず目を瞠った。


「お主にしては、珍しいことを言うのう」


 彼は現実主義者だ。

 不確定なものやことを推奨するようなことはしない。いつだって十中八九自信がある確定の道のみ、是と言う。なのに、彼があまりにも不確かなものに「賭ける」とは。願望というものほど不確かなものはないというのに。

 信じられないものを見るように彼を見つめれば、一点の曇りもない瞳。


「……葉季様にお仕えして数年、ここ最近の葉季様は色づいておられる。それは、うつつを抜かすという意味ではなく、色のない世界に色を挿した方がいらっしゃるということ。元来、世界には色彩が必要だ」


 彼の紡ぐ言葉を静かに聞く。


「やっとお気づきになられたのでしょう、人生に必要な色を。故に、賭けています」


 風が吹く。木々が揺れるのが見える。

 誰かが廊下の窓を開けたままにしたのだろうか、廊下にもそよ風が吹く。

 確かに前はそんなことはどうでも良かった。気づくこともなかった。季節の移ろいも、景色の移り変わりも、瑠璃を失ってからはどうでも良かった。どうでも良かったことが、心地良いものになった。

 世界を、再び眩いものにしてくれたのは。


「今葉季様の中にある気づきは何ものにも代え難い事実であり、それは葉季様にとっての現実です。それが朱己様の人生の線と重なるかは、お伝えせねばわかりませんが」

「そうだのう」


 いつの間にこんなにも戒は見て気づいてくれていたのだろうか。少し照れくさく口の端を上げると、彼もまた僅かに微笑む。

 拳を突き出すと、戒が小さくぶつけてきた。


ーーー


 風に吹かれるのは心地がいいのに、心は曇ったままだ。


「……」


 ーーお主を失いたくない。


「あれは、何だったのかしら……」


 あれから部屋にも戻らず、薬乃のところにも行かず、ずっとここにいる。もう半日はここにいることになる。葉季の言葉をどう捉えたらいいのか、頭の中で反芻しては感情の整理ができずにいた。


「朱己。ここにいたのかい」


 突然聞こえた声に大げさに肩が跳ねる。全く気配がなく、一瞬で汗が吹き出すような焦燥感に駆られた。振り返ると、そこには美しい笑顔の伯父。


「白蓮伯父上……。どうなさったのですか」


 この親子は本当に突然来る。

 むしろ、今まで秘密基地で会ったことがなかったのは、たまたま運が良かったということなのだろう。

 だが、現れた理由はなんなのか。白蓮伯父上の表情からは心が読めない。


「朱己、葉季から何か言われたのかい」

「は、はい?」


 声が上擦る。見透かされているようで落ち着かない。

 伯父上はすぐ近くまで来て続けた。


「その様子だとまだなのかな。……葉季には、瑪瑙(めのう)と婚約して、平凡な生活を送ってもらいたいと思っているんだ。三条家から打診があってね」


 目をそらさずにまっすぐ言葉を紡がれると、何も言えなくなる。葉季の相手が瑪瑙だという事実を聴いて、少しだけ心がざわついた。


「朱己。長の人生は、あまりにも酷だ。時には救いも必要だろう。だけどね、朱己。だからこそ、失って苦しい相手はそばに置かないほうがいい。君は、葉季のことは大切かい?」

「大切ではあります……が」


 少し俯いて、伯父上から視線を外した。

 さっきから、心がざわざわする。

 自分の本音に霧がかかったままだ。

 まだ婚約者(こうちゃん)を失ってから一年と数ヶ月。仇である時雨伯父上を見れば、心はささくれ立ち、余裕なんてなくなっていた。

 葉季が私のささくれだった灰色の世界に光をさしたのは、何者にも変え難い事実だ。

 彼の言葉と、彼の温度が。


「……朱己。私はね、葉季に色名を与えなかった。この意味がわかるね? センナを見れる君なら気づいていたはずだ」


 伯父上が近づいてくる。顔を上げられずにいたのに、俯いても見える位置まで。


「私はね、葉季には、二条家に囚われずに幸せになってほしいんだ」

「……はい」


 肩を叩かれて、少しだけびくついてしまうが、まだ顔はあげない。


「君のことは、信じているよ。顔をあげてくれるかい」


 無言でゆっくり顔を上げれば、美しい笑顔でこちらを見下ろす伯父上がいた。


「……葉季には、幸せにと言っておきます」

「ありがとう。朱己」


 伯父上は踵を返して戻っていった。

 伯父上の背中を無言で見つめることしかできなかった私は、なんて弱いのだろう。


「私の本音は……こうちゃん、これで、いいのかな」


 振り返り小さな墓石を見下ろす。

 胸を押さえて、見て見ぬふりをする。滑稽だ。

 長。

 私がいつかなる立場。逃れられない未来。

 白蓮伯父上が通ってきた道。だからこそ、あえて私に忠告しに来たのだ。「葉季を巻き込むな」と。

 私の本音は、都合が良すぎる。

 私の本音は、今必要ない。

 今の私にできること。彼のために、できること。


「……葉季」


 風に吹かれる髪の毛をもう片方の手で抑えながら、目を瞑って深呼吸した。

お読みいただきありがとうございます!

佳境に差し掛かります。

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