葉季の答えと白蓮の思惑(下)
上に引き続き、葉季目線のお話です。
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父の部屋の扉を叩いて声をかける。
「父上、葉季です」
「入りなさい」
扉を開ければ、相変わらずの整った笑顔の父。
部屋へ入り扉を閉めるやいなや、本題に入った。
「婚約の件、謹んで、お断りさせていただきます。わしはやはり瑪瑙をそうは見れぬ」
「そうかい、残念だよ。だが、葉季。朱己から返事を貰っていないなら駄目だ。返事を貰ったのかい?」
父の言葉に声を詰まらせた。
どこかで見られていたのか、それとも端からわしの性格を見破って予測していたのか。いくら考えても答えが出ない。
「無言は肯定とみなす、と前も言ったよね。それなら駄目かな。葉季、なぜ君は朱己にこだわるんだい」
父の追撃に心の中で悪態をつきつつ、唯一言えることを言ってみることにした。
「……父上。恋慕に理由があるならわしも知りたいくらいです」
頭を掻きながら、バツ悪く視線を逸らす。父は一瞬きょとんとしたがすぐに笑って頷いた。
「それはそのとおりだ。でもね、葉季。悪いが認められない。朱己には血濡れた長としての道を進んでもらわなきゃいけない」
「父上……!」
思わず父のいる卓を叩くが、父の側近に止められる。父は側近に下がるように言い、わしに向かって信じがたいことを言ってきた。
「頭のいい君なら気づいているはずだよ。自分も全属性だと」
「なっ……それは、本当ですか」
わしの反応が思った反応ではなかったのか、父は静かにわしを見ながら続けた。
「気づいてるんだろう」
背中を変な汗が伝う。
言われてみれば、思い当たる節はある。苦手な属性こそあるものの、ほぼすべての属性の能力を使うことに抵抗はない。確かに全部の属性が出現している。普段主要属性である風しか使うことがないため、意識したことはなかったが。
「言われてみれば……とだけ」
「そうかい」
父は笑顔で頷く。しかし、それに伴って疑問が生まれる。
「なぜわしは全属性でありながら色名ではなかったんです?」
二条家で全属性。
それは色名にさえすれば、長の後継者候補になるということ。ましてや、父は先代の長だったのだから。
色名であることが、長になる条件。だがわしは、色名ではない。
訝しげに父を見ると、父は椅子に深く腰掛けて答えた。
「かわいい我が子に血濡れた道を歩ませなくなかったからだよ」
「……本当のことを言ってください」
「こら、そんなに怖い顔をしては法葉譲りの綺麗な顔が台無しだよ、葉季」
少し苛ついたように眉間にしわを濃くすれば、父からは調子を変えずに返答がきた。
「本当だよ。もっと言うなら、君が双子じゃなかったから、色名にしなかった」
「その言い方はまるで……」
固唾を飲む。無意識に手を握りしめた。そうであるならば、なんと虫のいい話だろう。
「朱己があれだけの力を持っていながら色名でなかったら、どう思う?」
「……それは、恐れの対象と言いたいのですか」
「彼女の力は私も目を瞠ったよ。驚いた。だけどね、あんな力を持って生まれた、ましてや双子だ。色名でなければ彼女に居場所なんてないと思わないかい」
父の歯に衣着せぬ物言いに、思わず声を荒らげて抑止した。
「父上! 言葉が過ぎます! なんてことを……!」
「本当のことだよ。……むしろ全属性であったから色名を付けられたものの、全属性でなければ彼女らに居場所などない。君の母の弟達が、全属性の双子なのは知っているね。二条家ではない故に色名になれず、酷い扱いを受けているのを。あれが二条家だったら、双子で平名なんて、命はないよ」
「……何が、おっしゃりたいのですか」
手の先が冷たくなる。怒りに任せて握りしめても、何も変わりやしないのに。
父を睨む。父が動じるはずもないのに。
「朱己はやめておきなさい」
「父上!」
今まで見たこともない冷たい目と、聞いたこともない冷たい声で、父は続けた。そこにはいつもの父の笑顔はなかった。
「長というのはね、国への贄だ。供物と言ってもいい。幸せなことなんて一握りもない。民のために命を捧げるのが役目だよ。どれだけ命を賭しても、誰からも褒められない、感謝もされない。朱己だってわかっているはずだ」
ただ淡々と語る父に、反対の言葉を紡げない。なんと言えば父に伝わるのか、考える余裕もないほど心の底から怒りで満たされていた。
「長に必要な伴侶というのは、心を預けられる人だ。そこに恋慕があるかはどうでもいい。君に預けているか? 朱己が。私にはそうは見えない」
ーー心を、預けられているか。
深く突き刺さる言葉を抜いて投げ捨てることができない。刺さったまま、どんどん深くへ入ってくる。
「わかったら、やめなさい。もう三条家には返事を出してある。婚約の儀は十日後だ。準備しておきなさい」
「父上、勝手すぎます! いくら父上であろうと!」
卓を叩くが、父の顔色は変わらない。それどころか先程まで消えていた笑顔が戻っている。
「葉季、親というのはね。嫌われてもいいから自分の子どもが自ら道を踏み外そうとしているのを、黙って見てはいられないものなんだよ」
白々しい。純粋にそう思った。
父の子を何年してきたと思っている。
「……父上、さっきから思っておりましたが、まだ何か隠しておりますね。一体、何を隠しておるのです」
手を固く握る。手が白くなるほどに。
「隠しているとは失礼だね。でもそうだな、ここから先は長だけが知っていればいい。君は知らなくていいことだよ」
「父上! 関係あります。わしは……」
言いかけで父から手で制される。
父の目に射抜かれ、そのまま言葉を続けられない。
「残念だ。……葉季、もう少し親心をわかってくれると思ったんだけどね」
父の言葉に苛立ちを隠すことなく答える。
「わしも残念です。わしの人生はわしのもので、父上のものではない」
たとえ子であろうと。
ーー親のために生きるわけではないと、昔父上が言ったのではないか。
昔を思い出して、少し顔が歪んだ。
「……そうだね。でもね、葉季。長の人生は国のものだ。朱己もいずれそうなる。……ではこうしよう、今日朱己が君の告白に是といえば君の要求に従う。否といえば、こちらの要求をのむ。どうだい」
「今日!?」
相変わらず唐突な展開に声を荒げるが、父は笑顔のまま、振られたら婚約すればいいだろうと言った。
思わずため息が出てしまうが、父は元来唐突で頑として意見を曲げない人だ。提示された条件の中で納得させないと、この父の考えが好転することはない。
「……わかりました」
わしの返答に満足したのか、父は笑顔で「楽しみにしているよ」と言った。
お読みいただきありがとうございました!
また近日中に続き公開いたします。
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