シントライデル大橋
今日一日の疲れを取るためと、チユキに旅の目的を詳しく伝えるためにも、一行はチユキの住んでいた小屋に集まっていた。
「…すみません…狭い所ですが……野宿するよりかは、マシかと思いますので…どうぞ泊まって下さい……」
チユキは地域の食材をふんだんに使用したスープを一行に振る舞った。夜は格段に冷え込むヤモチ村で、冷えて疲れた体に温かいスープはありがたい。
「ご厚意はありがたいのですが、ここで五人寝るのは不可能なように思いますので…セシリオ様とキサさんと僕の分は宿を取らせていただきます。後程、頃合いを見て移りますので」
この場所は『家』というより『小屋』であり、他者を泊めるどころか一人で暮らすのも手狭に感じられた。
最低限の物しか置いておらず、質素な暮らしぶりがうかがえる…
話題はチユキが迫害される理由のひとつとなった、王国からの予言というものであった。
「チユキさんがあの日のお産まれだったとは…さぞかし大変だったでしょうね。当時のあの予言についての加熱っぷりは大層なものだったと聞いています…」
「…聞いた話ですが、異国から単身でやって来た母は、私を産んですぐに生け贄にされたそうで……しかしこの村の人間は、忌み子を始末するのも恐ろしかったのでしょう…」
淡々と話を進めるフィミリーとチユキであったが、セシリオを含む他の三人はきょとんとした表情で話題についていけずであった。
「…あの…その予言ってそんなに有名なものですか?私は聞いたことなくて」
サクリーシャの発言にフィミリーは大げさに信じられないといった表情を見せた。
「俺も知らないな。聞いたことすら無い」
「せ、セシリオも知らないって言ってますし…」
「セシリオ様はご記憶を失っていると何度言えば!!」
それほどまでに常識なのであれば、記憶を失ってから学んでいてもおかしくはないのだが…セシリオは違和感を覚えた。
「サクリーシャ、フィミリーにその予言について詳しく聞いてくれ」
フィミリーの話によると、その予言はセシリオの産まれた二年後に世を震撼させた、かなりの影響力を持つものだったそうだ。
「出所などの詳しいことは一切不明のようですが、『次の満月の日に産まれて来る子供は、災いをもたらす忌み子である』といった内容だったそうです」
その予言は途端に世界中に広まり、知らない者はいないほどの話題となった。
現在でも歴史を学ぶ上で重要な項目のひとつとされているらしい…
「うう~ん…この世界に関することなら、かなり勉強したつもりだったんだけど…なんでまったく覚えがないのかなぁ……というか呪われた子だなんて、私の方がよっぽど……」
セシリオもサクリーシャに同感であった。抜けた記憶を埋めるために、一国の主としてもかなり勉強したつもりであった。
「みんな難しい話ばっかりしてないで、チユキのスープ飲めよ!めちゃくちゃうまいぞ!おれもそんな予言聞いたこともねーし、気にすんな!」
知識に関してキサと同レベルにされるのはなかなかの心外であったが、気持ちを落ち着けるためにもセシリオもスープを一口、口に含む。
(うっ…これは…!!)
チユキの振る舞ってくれたスープはいわゆる独特な…いわゆる個性的な…いわばとてつもなく不味いものであった。
サクリーシャとフィミリーも話に夢中で今初めてスープを口にしたようだが、同じ感想を抱いているらしかった。
「…あ…やっぱり、お口に合いませんでしたか…すみません……料理、苦手…なんです……」
チユキはセシリオ達の反応がある程度予想出来ていたようで、いそいそと飲みかけのスープを片付けようとする。
「いや、うまいって!おれぜんぶ食うからいらないんならくれよ」
「…えっ……気を、使わないで下さい……」
チユキやサクリーシャはキサの反応が信じられないようだったが、キサが嘘をついてるようにも見えない。
「…キサが幼少期に育った地域は食べ物が手に入りにくい極寒の地だったそうで、アイツは拾い食いでも出来るくらいに何でも食う…」
「…なるほど…良いことですね……」
セシリオとサクリーシャはチユキを傷付けまいとこっそり言葉を交わしていたが、初めて料理を褒められたことですっかり舞い上がっているチユキには、今はどのような言葉も届かなかっただろう。
「ところでさ、チユキの不思議な力ってどんなだ?」
「あっ私も気になる!私はさっきも話した通り、引くほど荷物な能力なんだけどね」
そう言うサクリーシャのスープは、わざとでない限りあり得ないくらいに具が入っておらず、チユキが慌てて具だけを入れ直したのであった。
「…あ…お役に立てれば良いのですが……治癒の力を使えます…」
「チユキの力?だからそれはどんなだ?」
「…あの、治癒……あ、き、キサさん、その腕、少し見せて下さい……」
キサの腕にはいつのものか分からないが擦り傷が出来ていた。治癒の意味が分からないキサに、チユキは実演してみせる。
チユキがキサの腕を取りつつ目を閉じ、祈るような仕草を見せたと思うと、キサの腕は見る間にキレイになってゆく。
「…はい、あの、こんな感じ…です……」
チユキは緊張した様子で頬を紅潮させ、キサを見つめていた。
「えっ!!うわ!すげー!!」
キサは全員の予想通り非常に驚いた様子でチユキと自身の腕を交互に見比べる。
しかしセシリオから見ても彼女の能力は称賛すべきものであった。
(回復術とは…しかし詠唱もせずに見事なものだ…)
「ピナシェでは色んな冒険者を見たけど、こんなあっという間に治せちゃう人なんて初めて見た!」
「本当にありがたいことです。僕達はいつも攻めるのみで、こうした補助能力に関しては不得意なパーティでしたからね」
これまでの人生で初めてといえる周囲からの絶賛に、チユキは真っ赤になって照れつつも、とても嬉しそうに微笑んだ。
―――
ヤモチの村人の朝は早いため、一行はまだ夜が明ける前にひっそりと村を出た。
誰が言い出したわけでもないが、村を後にする前にアガダミの洞窟に立ち寄り、一行は決意を胸に手を合わせた。
「昨日はありがとう。よく眠れた~」
サクリーシャとチユキはすっかり打ち解けた様子で笑い合っている。男性ばかりの中での旅だったので、そういう意味でもチユキの加入は良かったのかもしれない。
「さて、もう関所が見えて来ましたね。一般の方も通るルートでしたし、魔物が出なくて本当に…良かったです…」
フィミリーはその言葉に様々な感情を込め、噛みしめるように言った。
セシリオも同感であった。出来ることなら魔物などに出会うことのない平和な旅であればと願っていた。
(…このまま何も起こらず、シントライデルまでたどり着ければ良いが……)
セシリオは熱心にフラグを立てることを忘れなかった。
―――
「一般の方ですね。王国までは拓けた道を通れば魔物などに襲われる危険性は少ないですよ」
「一応、ランクカード所持者も数名いるので提示します」
フィミリーはセシリオ達の分のランクカードもまとめて提示する。カードに目を通すやいなや、門番の顔色が変わる。
「なんとセルディアから!……いや待てまさか……インセルズ様であらせられましたか!!」
その場にいた全ての門番が一斉に振り向く。護衛も付けず、門も使わずふらりとやって来たセシリオ達を見て、ハッと気付いたように、
「まさかお忍びでございましたか…?」
と小声で問う門番に、セシリオはゆっくりと首を振り、
「ただの旅行だ」
と答えるが、まさか門番に通じるはずもなかった。
大陸を繋ぐシントライデル大橋は、今の時期に王国で何かがあるわけでもないためか人通りは非常に少なかった。
ただやたらと長く、橋の終わりはまったく見えない。広い橋の上に、まるで自分達だけになってしまったかのようであった。
「げげ~遠いな~…おれ腹減ったぞ~」
「本当に長い橋ですよね。まぁ僕達には歩く以外の手段はありません。行きましょう、日没までに王国へ着きたいところですし」
まだ朝早いというのにフィミリーが日没という言葉を出したことで、キサ以外は東の大陸の広さを思い、絶望した。
ようやく橋の中腹あたりまで来た頃であろうか、反対側の関所がやっと見えてきたその場所に、初めて一行以外の人影が映った。
二人組のその人物は休憩でもしているのだろうか、その場所から動こうとせず、セシリオが少しだけ妙に思ったその時ふいにこちらを振り返った。
「おお、はっけ~ん。思ったより早かったな」
「……」
セシリオ達を待っていたかのような口を聞く男性は、ヘラヘラと軽い笑みを浮かべており、薄茶色の長い髪を一つに束ねていた。
隣にいる方は…座っているようだが、その時点でも相当巨大な身体であるということが見て取れた。下を向いており、男性か女性かすら不明である。
どう見ても怪しい二人組は、どうやら自分達に用があるらしく、一行は警戒を強める。
「…貴方達はどちら様でしょうか」
フィミリーが毅然とした態度で尋ねた。
「まぁまぁそんなこわ~い顔しないで~~あっ可愛い娘たちもいるんじゃん!ね~名前教えてよ!」
「…サイファス……」
ペラペラと話し出すサイファスと呼ばれた男性は、女性陣の方へ寄ろうとするも仲間に窘められつまらなそうに口を閉じた。
「…じゃあさ、名前は良いからさ~」
サイファスは先に大きな球形のオブジェが付いた杖を取り出し自身の前に構えると、相変わらずヘラヘラと笑いながら問う。
「この中で勇者は誰だか教えてよ」
しかしその目にだけは暗い光が宿っており、笑っているとは言えなかった。




