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呪われた記憶  作者: 眠兎あみ
本編
8/92

アガダミ様の願い

「…アガダミ……今日は一つ、お願いがあるの……」

 変わらない日々が数年続いたある日、神妙な様子でチユキが語りかける。

「今年の生け贄に…私を指名してほしいの……」

 チユキの口から出た台詞に、アガダミも初めは冗談かと思っていたが、彼女の声色やオーラは決意を固めたそれであった。

「私が生け贄になって、貴方を外に出してあげる。…一緒に村に復讐しましょう…!」


 その言葉を聞いたアガダミの気持ちは複雑なものだった。

 何より大事なチユキの願いは何だって叶えてやりたい…だが彼女の心を憎しみや復讐などで満たしてほしくはない。

 もしそんなことをすればチユキは一生、心から笑えなくなってしまうのではないだろうか。一生、重い罪を背負って生きて行くというのだろうか…


 どう考えてもそれを良案だとは思えなかったアガダミは、祭の当日までにチユキを幾度となく説得したが、チユキの決意は固く、今日を迎えてしまった――


 チユキヲ ドウカ トメテクレ―――


 旅の途中に通りかかっただけで。見ず知らずの子供達に頼まれただけで。こんな所までやって来て自分と対峙する世話焼きなセシリオ達なら…

 彼女の未来を託したいとアガダミは強く願っていたー


―――


 どれくらいの時が経ったのだろうか、セシリオは意識が自分の体へと戻って来たことに気付いた。

 アガダミの記憶を共有したセシリオは、声の出ない自分に何が出来るかは疑問だったが、託された思いを伝えるべくチユキの前に立った。

 しかしセシリオがアクションを起こす以前に、チユキの頬には涙がつたっていた。チユキにもアガダミの思いは伝わっていたのだろうか。

「…アガダミ……ごめんなさい……ありがとう…ありがとう……」

 チユキの涙はとめどなく溢れ出し、ついにはその場にへたり込んで号泣してしまう。

 アガダミの記憶を少しばかり共有したセシリオは、チユキがこれほど感情を表に出すのは初めてなのではないかと感じた。


 事態は把握出来ていないものの、キサと石化の解けたサクリーシャが駆け寄って来る。

 それとほぼ同時にフィミリーも洞窟の最奥部までたどり着き、一行と合流する。

 とりあえず一件落着したと思われる雰囲気を見て、サクリーシャとキサはほっとした様子で互いに目を見合わせて満足げに頷いていたが、お前らは本当に何もしていなかっただろうとセシリオは思った。



 オマエタチ……

 タノム… チユキヲ トモニ……


 ほっこりとしていた一行とチユキの脳内に突然アガダミの声がこだまする。

 セシリオ以外はチユキの過去や置かれている状況を把握出来ていないため、皆戸惑いを隠せない…と思いきや、サクリーシャとキサは既に歓迎の空気を出していた。

「なんかわかんねーけどさ、仲間は多い方が楽しいと思うぜ!」

「もしこの村にとどまる理由がないのなら、私たちと旅をするのも良いかもしれませんよ!」


 仲間達以上にチユキは戸惑っており、何も言うことは出来ずアガダミと一行の顔を交互に見つめるばかりであった。

 アガダミが大切なチユキを一目で託そうと判断するのだから、自分たちは余程のお人好し一行だと見られているのだなとセシリオは考えていた。

 生きて戻ったとてまた村人に迫害されるくらいであれば、本人さえ希望すれば別に連れて行くのも良いかと思うセシリオだった。

 ただ、この時もっとも戸惑っていたのは、アガダミの姿に驚愕する間もない上に状況の把握も出来ず、さらに初対面のチユキを仲間に加えるか否かの選択を迫られているフィミリーであろう。


―――


 一度はアガダミと洞窟内で暮らす決断をしたチユキであったが、他ならぬアガダミの強い希望であるということもあり、セシリオ達と旅立つ道を選んだ。

 セシリオはまたにぎやかになりそうだと思いながら、彼女の過去を覗き見たこともあり、この旅がチユキにとって何か意味のあるものになれば良いと考えていた。


 アガダミがチユキをどれだけ大切に思っているかを直接感じていただけに、任せてくれといった気持ちも持ってアガダミに一礼し、洞窟を後にするセシリオであった。

 アガダミは少し寂しそうな様子であり、しばらくチユキに会えなくなるのだから無理もないなとセシリオは思ったが、その寂しさにはそれ以上に深い意味を含んでいた。


―――


 ヤモチ村の外れに戻り、事の顛末をいつものように(チユキのプライバシーを侵さない程度に)一部共有したセシリオ達であったが、改めて事態を整理する内にセシリオとフィミリーはひとつの疑問を持った。

「…チユキさんがこの村を去れば…誰が神を崇拝するのでしょうか……」

 チユキに会えなくなるどころか、唯一の信仰者である彼女を失えば、神の存在は……

「…そんなの、だめ…やっぱり私……!」

 チユキはそう言うと踵を返し再び洞窟へと走り出した。一行も嫌な予感を感じ、それに続いた。



 洞窟に戻った一行が目にしたのは、既に手のひらほどの大きさにまで縮んでしまったアガダミの姿だった。

 チユキが去れば自分がどうなるか、いつかは分かってしまうだろうと考えてはいたものの、一行が戻って来るのが思いのほか早いと感じたアガダミは驚いていたが、そこに先ほどまでの力はもう無かった。

「アガダミ!!…どうして、こんな……!」

 チユキの耳はしゅんと下がってしまっており、声は震え、泣きそうなのを必死でこらえているようだった。

 セシリオ達一行もかける言葉が見つからないまま、緊迫してアガダミを見つめていた。

 アガダミはそんなチユキと一行を見て微笑んでいるような様子を見せ、



 コトシ ノ… マツリ…ハ ニギ…ヤカ… ダ…ナァ

 …アリ…ガ…トウ



 そう遺すと、霧のように消えてしまった――


―――


 それから、いくら祈ってもアガダミが復活することは無く、どうして良いかも分からない一行は一旦洞窟を後にした。

 チユキは特に憔悴しきっており、立っていることもままならなくなってしまったので、休息を取る意味でもアガダミのいた場所から離れた。

 歩けないチユキをおぶっていたキサは外に出た途端、何かに気付いたように走り出した。セシリオ達は放っておくわけにもいかないので後に続く。


 キサの向かった先は、昨日の子供達の遊び場であった。もう日も沈みかけていたが子供達はまだ一行のことを待っていたようだ。

「―あっ!チユキおねえちゃん!!」

 子供達はチユキと一行を見るなりパッと弾けるような笑顔を見せ、一行を囲み祝福した。

 先ほど辛い別れをしたばかりの一行にとって、子供達の無邪気さはただひたすら救いになった。


 子供達の笑顔を見て安心したチユキは、再び泣き出したと思えば、ここでとうとう本人の許容範囲を超えたようで気を失ってしまった。

 まだ若いチユキにとって、彼女に起きたこの短時間での出来事は簡単に受け止められるものではなかっただろう。ここは気を失ってもらってでも休ませるのが良いかもしれないとセシリオは思った。

(キサはそこまで計算して―いやそれは無いか)

 自分の背中で気を失ったチユキを見て、慌てふためくキサを見ながら、彼のこういう所には敵わないなと思うセシリオであった。


 それを安心したように見つめていたサクリーシャは、ハッと閃いた様子を見せると、子供達の方へ歩み寄り語りかける。

「みんなにお願いがあるの」

 子供達はチユキを心配していたが、彼女は眠っているだけだと気付き、サクリーシャの話を聞く姿勢を見せた。


「チユキお姉ちゃんが信じてた神様のことを、みんなもこれから信じてくれないかな?」

 チユキと交流していた子供達は、神の存在を知ってはいたが、詳しい知識は無いようであった。サクリーシャはその様子を汲み取り、続ける。

「あの洞窟にいる神様は、アガダミ様っていう神様でね…」



 今はもう、守護神を失った村。

 サクリーシャの語るアガダミの話は、既に昔話になってしまった。このままではやがてこの村は滅びの一途を辿るだけであろう。

 だが純粋で優しい心を持つ、これからの村の未来を担う子供達に、昔の人々のような信仰心が戻れば。

 再びこの地に、見た目は恐ろしいが心優しく、人間を愛する神が甦るかもしれない。

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