澄み渡る空と共に
別れのときは、ふいに訪れた。
わずかに残された兄弟の時間を噛み締めるセシリオ達の背後に、ふわふわと輝く光の球が近付いて来る………
「………?デュアン、何か…来るぞ………」
セシリオはデュアンの腕をとっさに掴み、彼を庇うように自分の背後に追いやる。
「兄さん、僕は沢山の命を奪った。………覚悟は出来てる」
真剣な表情を浮かべたデュアンは、セシリオの制止を拒むかのごとく一歩前へ出た。
………だが一見するとどうも、この光の球がデュアンに裁きを与えるもののようには―――
セシリオがこの謎の物体について考えを巡らせようとした瞬間、それは強く眩い光を放ち人の形を取った。
透き通るような白い肌に、細く滑らかな黒髪をまるで薔薇の花のように束ねた女性。
彼女の身体全体が光を帯びているからだろうか………とても神々しく見えるその人は、セシリオとデュアンの姿を代わる代わる見つめている。
そして二人の間に勢いよく飛び込むと、そのままセシリオ達を抱き寄せて涙を流した。
何故だろう。こうして彼女に抱き寄せられるのは数えるほどしかなかったはずなのに………どうしようもないほど懐かしくて、そして暖かくて―――
「突然そのように抱きしめては、不信に思われるぞリシィ」
いつの間にか、セシリオ達の前方にもう一人…今度は男性が立っていた。
彼もまた、全身から神々しいオーラを放っているように感じるほどに輝いている。
セシリオとまったく同じの美しい銀髪を腰まで伸ばしており、それがきらきらと光を反射する姿が余計に彼の美しさを際立たせていた。
「セシリオ、デュアン………立派に育ったのだな。さすがはこの父の息子たちだ」
男性はフフンと誇らしそうに鼻を鳴らしつつにんまりと笑った。
「…父さ…ん………母さん………!?」
何度も何度も、写真が擦り切れるまで見つめた在りし日の両親が………目の前に立っている………
目を疑い唖然としてしまう。全身が小刻みに震えるのが分かる。
「ああ…セシリオ、デュアン………今まで辛い思いばかりさせて、本当に、本当に………」
母はセシリオとデュアンの胸元辺りを掴みながら泣き崩れる。
そのせいで思い切り服がよれていくことすら気にも止めず、セシリオ達は母を凝視する。
そんな様子を見た父は、やれやれとため息をつきつつセシリオ達から母の身体を引き剥がした。
「まったく。しっかりしろおまえたち………」
「…だって貴方。二人が私たちの目の前に………」
「確かにそうだな。だがそれならば尚更、泣いたりぼけっと立ち尽くしたりしている場合ではないだろう?」
父の鋭いようで当然とも言える指摘に、兄弟たちははっと正気に戻る。
母はまだ少し不満そうに口を尖らせるが、父は構わずに続けた。
「残念だが、ゆっくりと再会の喜びを分かち合っている時間はない」
確かにここは精神世界だ…本来まだ生きているはずのセシリオやサクリーシャが留まるべき場所ではないだろう………
分かっていることではあるのだが、こうして目の前で動き、話す両親やデュアンともっといたいというのが本音だ………
「私達はデュアンを迎えに来たのだ…この場にもそう長くはいられない」
父の言葉にデュアンは驚いた表情を見せる。
「…で、でも僕はたくさんの人を………」
困ったように慌てて言葉を発するデュアンを、母は優しくそっと抱き締めた。
「デュアン、もう良いの。もう何も考えないで………今までひとりぼっちにして、本当にごめんなさいね」
とても優しいその声に包まれたデュアンは、大粒の涙を流し子供のように泣き出した。
そんな母とデュアンを見て少しだけ微笑んだ父は、セシリオの方へ向き直るとデュアンと母が二人きりになるように距離を取った。
「…おまえもよくやったな、セシリオ………すべて見ていたぞ」
そう言ってセシリオの肩に手を乗せる父は、どんな写真で見るよりも優しい表情を浮かべていた。
セシリオの中に熱い何かが込み上げてくる………
「これからは一人でセルディアを治めなければならない。復興作業にも追われるだろう………大変な思いばかりさせてすまない」
セシリオは無言でこくんと頷いた。
「おまえならやれる………だが気負い過ぎるな。おまえを助ける存在はたくさんある………そして私達もいつもおまえを見守っている」
真剣な表情でそう言った父の身体は…もう既に消えて無くなりそうになっていた。
「私達も、デュアンも。常に心は共にある………楽しくやれよ」
父は最後にセシリオの頭をぽんと撫でると…後ろからやって来た、同じように消えゆく母とデュアンと並び立った。
「セシリオ…元気でね………身体に気を付けて、お友達と仲良くして、それから…」
「リシィ、セシリオはもう子供ではない」
父に諭された母は、今それに気付いたとばかりに目を丸くして頷いている。
「セシリオ、そしてピナシェの娘よ。よく頑張ったな。達者で暮らせよ」
父がそう言って微笑んだのを見て、隣の母も名残惜しそうに手を振った。
「…兄さん!サクちゃん!………ありがとう………!」
三人の身体が光へ溶けると同時に、セシリオとサクリーシャの意識も失われた。
まだ話したいことがたくさんあった。
もっと家族での時間が欲しかった。
しかしこうして言葉を交わすことが出来ただけでも………この奇跡に感謝すべきなのかもしれない。
家族との僅かな時間を胸に、セシリオはまた前を向くと決めて目を閉じた―――
―――
「…!………!!」
誰かが叫ぶ声がする。
「…セシリオぉ………たのむ、目を開けてくれよ………!」
キサだ。
珍しく号泣しているようだ………
「…どうした………ここは…どこだ………?」
まだ意識もはっきりとはしていないものの、とにかく返答する。
セシリオからの反応を受けたキサをはじめとする仲間たちは、皆感動の表情を浮かべ硬直していた。
「セシリオ…よかった………生ぎでだんだな!!」
顔を涙や鼻水でぐしゃぐしゃにしたキサは、今やっと起き上がったセシリオの肩を容赦なく叩いた。
「ここは…塔の入り口か………おい!痛いぞ、キサ!」
何度も激しく肩を叩き続けるキサを一喝しつつ辺りを見渡す。
どうやらここは塔の入り口のようだ。至るところに塔の残骸と思しき瓦礫が散らばっている………
「わりーわりー…おまえなかなか起きねぇから心配で………」
「いや、いやいやいやいや!!キサさんちょっと待っ…え、セシリオ様………セシリオ様あの、お話………お声が…喋っておりゃれる………?」
涙と鼻水を両腕で雑に拭うキサを押し退け、フィミリーが突進してくる。
彼の動揺ぶりを見てようやく、自らの呪いは解けたのだとセシリオは確信する。
「…ああ………皆、長らく苦労をかけたな………お陰でこの通り、呪いは解けた………」
セシリオが笑いかけると同時に、フィミリーは膝から崩れ落ちて号泣した。
「…ご無事で…本当にご無事で良かった………」
そう言って泣くフィミリーの丸まった背中を擦るセシリオを、隣でサクリーシャも嬉しそうに見つめていた。
「私が起きてからもなかなかセシリオが目覚めないから、みんなで心配してたの」
サクリーシャが穏やかな口調でそう語る。
仲間たちに直接礼を伝えている最中に、少し離れた位置からメフィとファースが走って来た。
「おお!お目覚めですな!良かった良かった」
「セシリオ王子、本当にお疲れ様でした…ご無事で何より」
「メフィさん、ファースさん…この度は本当にありがとうございました」
思えばこの二人と出会っていなければ、今こうしてここにはいられなかっただろう。
いくら感謝してもしきれないほどの恩がある。これから少しずつでも返して行こう………
ふと見ると、セシリオの無事を知り喜ぶ二人の背後から小さな影がこちらの様子を窺っている………
「…ワイト?」
セシリオが問い掛けると少年はビクリと身体を震わせた後、決心したように前へ出た。
「………えと、あの…ぶ、無事で良かったです………」
緊張しているのか顔を真っ赤にして震えながらではあるが、しっかりと目を見てそう言ってくれた。
「ワイト、本当にありがとう。この勝利は君の勇気のお陰でもある」
セシリオはワイトの手を取り強く握った。
「ワイトくんは、一度は命を捨ててまであの化け物に挑んだのです。………本当に立派だった」
一転して真剣な顔付きに変わったメフィの、耳を疑うような言葉に思わず息を飲む………命を捨てて………
「…あ、あ、でも、黒い髪の男の人が………た、助けてくれたから………」
目を泳がせながらワイトは必死にそう説明した。
黒い髪の………セシリオの涙腺が緩みそうになる。
「…頑張ってくれたのだな………本当に、ありがとう」
セシリオは色々な気持ちを込めてワイトにそう言った。
「さあ!このような所に留まらずに、まずはセルディアまで皆様をお送りしましょうか!」
全員がセシリオと顔を合わせたのを見計らって、メフィが声をかける。
キサに手を貸してもらいながら立ち上がったセシリオは、これからの明るい未来に期待しながら帰路についた。
やるべきことは山積みだ。これからはいっそう忙しくなるだろう………だがそれらを頭の中で整理するセシリオの心は、晴れ晴れとした実に心地のよいものだった。
頭上にどこまでも広がる空は、初めにここに着いた時とは見違えるほどに青く澄んでいた―――




