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呪われた記憶  作者: 眠兎あみ
本編
86/92

最後のとき

『聖なる結晶』のおかげでセシリオ達は奇跡的に一命をとりとめ力を取り戻した。

 しかし今、隣に勇ましく立つサクリーシャはどう見てもそれだけだとは思えなかった。

 全身から漂う、“(せい)”のオーラとでも言うべきか…とにかく今の彼女は活力に満ちており、これまでの不運な少女とは明らかに違うと言えた。


「そうか…呪いが解けたのだな………」

 セシリオは一人言のように呟く。

 彼女の首周りには、今はあの禍々しいアザは跡形も無くなっていた。

「うん…でもそれだけじゃない…なんというか、力が溢れて今なら何でも出来そうだよ…!」

 傍らの美しく輝く槍を構えながらサクリーシャは言った。

 …なるほど、もうそのような神々しい武器をも操ることが出来るわけだ………

 初心者用の武具すら装備出来ずに悲しんでいた彼女を思い出しながら―――呪いによって封印されてきた鍛練の成果が、解呪と同時に一気に表面化したのだろうとセシリオは結論付けた。


「セシリオもアザ、消えてるね。目的が達成出来て…よかった」

 そう言って彼女は、心から嬉しそうに目を細めて笑った。

 元はと言えば通訳のために強引に連れて来たこの解呪の旅………たくさんの周り道もあり、大変なことや苦難もあった。

 確かに当初の目的はこれで果たせた訳であるが―――

「いや、まだだ。奴を完全に滅ぼすまでが、旅の目的であろう!」

 元は彼女の目的だった魔王討伐だが、今や自分にとっても大事な…最終目標である。

「行くぞ!」

 力強くそう言い放ちながらセシリオは杖を構え、勢い良く地を蹴った。


 セシリオ達が復活したとあってか、魔王はデュアンから離れ逃げの姿勢を取っているようだった。

 その表情も先ほどまでの余裕がすっかり消え失せ、実に哀れなものとなっている。


「…二人とも…!さっきの光は………」

「デュアン、今は説明している暇はない!奴を葬り去ってから、嫌と言うほど聞かせてやろう!」

 全速力で魔王を追うセシリオに近付き、不思議そうに問いかけるデュアンに対し簡潔に説明する。

 そう言われたデュアンは一瞬何かを言いかけたが、ぐっと飲み込み黙って頷いた。


「よし!挟み撃ちだ!」

 こちらは三人。別方向から攻めて逃げ場を無くしてしまった方が早い。

 三方向から攻められた魔王は見るからに焦り切った表情をしている。


「あ、あ~らっ!呪われおバカぼっちのデュアンちゃんに、落ちこぼれブスのピナシェちゃんなんて怖くないのよ!」

 そして得意の精神攻撃を仕掛けているようだが、今の二人にはまったく効き目がなかった。


 魔王がデュアンを挑発するために背を向けたタイミングで、セシリオは杖から光の鞭を放つ。

「…!フンッ!こんなもの効かないのよ!!何度言っても分からないのね、おバカさんたちは!!」

 目を大きく見開き白目と黒目をパカパカと反転させながら、金切り声を上げる魔王。

 もちろんこれで止めを刺すつもりはない。インセルズがすべきことは―――


「…!!!!」

 反対側で両手から漆黒の鞭を繰り出すデュアンにも、それがきちんと分かっているようだ。

(…この感じは………)

 そして彼の放つ闇魔法が………これまでに自分が使っていたものと、波長がまったく同じだということにセシリオは気付いた。

 呪いで闇の力が増幅したのではない。

 闇魔法を得意とする呪いの術者と、自分が血縁関係にあったからこそ力を共有するかたちとなっていたのだ………


「やっやっやめなさい!!ワタシを消したら、魔族の力が暴走して―――」

 二人のインセルズ王子に拘束され身動きが取れなくなった魔王の、取って付けたような作り話が耳に入る。

「…そうなったら、私がすべての魔族を討ち払います」

 サクリーシャはこれまでに見たこともないほどに冷酷な眼差しを向けながら言った。

「あああアンタみたいな役立たずになァにが出来るっての!?」

 魔王は顔中に黄色の汗を吹き出しながらもなおも挑発しサクリーシャを揺さぶろうとしている。

 その顔は派手な化粧が汗でドロリと崩れ落ち、とても醜いものとなっている。


「私には仲間がいる。私が役立たずでも、皆と一緒なら何倍も頑張れる!!」

 虹色の槍に力を込めて、サクリーシャははっきりと言い放った。

「魔王…二度と甦らぬよう、ここにおまえを封印する!!」

 伝説の槍が魔王の身体に触れたその瞬間、辺り一面が眩い光に包まれて何も見えなくなったが………それでもセシリオ達は強い意志を持って各々の役目を全うした―――

 魔王が、もう二度と甦らぬよう滅する………と――――――




 ―――




 次にセシリオが目を開いたそこは………またしても身体がふわふわと宙に浮かぶ異空間だった。

「―魔王は!!」

 開口一番にそう叫んだセシリオが目にしたのは―――数歩先の地面に突き刺さる、虹色の槍だった。


 しかしこれだけでは、魔王は滅びたのか逃げ出してしまったのか分からない………

「…魔王は滅びたよ」

 ふいに後ろから現れたデュアンが、落ち着き払った様子で呟いた。

「………僕の身体は魔王の力によって甦っていた………だから分かるんだ。奴は、もうこの世のどこにもいない………」

 腕を組み淡々と語るデュアンの言葉に心底安堵したセシリオだったが………彼のこの言葉が一体何を意味するのか、この時は完全に理解することが出来なかった。


「やったんだ…私たちが、世界を救ったんだね…!」

 今度はセシリオの前方から現れたサクリーシャが、涙を流して喜んだ。

 霧がかかったような視界の悪いこの場ではすぐに気付けなかったが、二人ともずっと近くにいたようだ。


「…だが俺達は………死んでしまったのか…?」

 ここは魔王の作り出した異空間とも違うようだが、明らかに現実世界ではない。

 そのことから導き出した仮説に、サクリーシャの涙もピタリと止まってしまった。

「…それも、違う。ここは…僕の精神世界だ」

 俯いて考え込むセシリオ達に、デュアンは悲しそうに言った。


「精神世界と言うと………先ほど、デュアンの記憶を見たあの…?」

「…うん。………()()()、来てもらえて良かった」

 彼の悲しそうな笑みと“最後”という言葉に、セシリオは悪寒がした。

 嫌だ、まさか、そんな………その先は…言うな!………セシリオの口内に急激に苦味が広がった。


「僕は………魔王と共に滅ぶ………これは奴の力で甦った心と身体だから」

 セシリオの願い虚しく、もっとも恐れていた答えがデュアンの口から放たれてしまった………

「…えっ………でももう魔王は倒したんだよ!だから別に、このままで良いでしょう?」

 彼の口から出た言葉にサクリーシャも動揺を隠せず、デュアンの服を力いっぱい掴み揺すっている。

 そんな彼女の様子に、デュアンはやはり悲しげに微笑んだ。


「ありがとう………でも、だめだ。僕が生きることで、魔王の力の一部が留まることになってしまう………だから僕は、自らの意志で…消えることを選ぶ」

 彼の目は本気だった。

 もはやこれ以上何を言っても無駄なのだと悟らせる力強さがそこにはあった………


「…やっと………やっと全てが分かったのに………これ、から…これか…ら…だったのに………」

 デュアンの強い口調で、もうどうあってもそれが覆らないのだと理解させられたサクリーシャはぼろぼろと涙を流した。

 それを見るセシリオも…また同様に涙を抑えることは出来なかった。


「…サクちゃん。………ご両親のことや呪いのこと…本当に申し訳ありませんでした………」

 泣きじゃくる二人に対しとても冷静なデュアンは、まずサクリーシャに向かって深く頭を下げた。

「僕の過ちは許されることではないけど………他の何を犠牲にしても…たとえそれが偽りだとしても…貴女に振り向いてほしかった………」

 ゆっくりと顔を上げたデュアンは、視線をやや下に落としながら苦しそうに言葉を紡いだ。


「…暗黒だった僕の人生において、貴女は唯一の光でした………どうかこれからも…そのままの貴女でいて下さい………」

 そこまで聞き終えると、サクリーシャは涙を必死に堪えながらデュアンの手を取った。

「…あ…りが、と…う………」

 声にならない声を上げながら、何度も何度も懸命に頷く。


 数秒間そのままの状態で立ち尽くした二人だったが、デュアンはおもむろに彼女から手を離しセシリオの方に歩み寄った。

「セシリオ兄さん………ここまでの人生をめちゃくちゃにして、申し訳ありませんでした………」

 デュアンはセシリオに対してもまずは深く頭を下げた。


「すべて魔王の策略と気付かず…僕は闇の力に屈してしまった」

 両の拳をわなわなと震わせながらデュアンは言った。

「兄さんのことを何も知らずに―――」

 もう残された時間はそれほどないだろうに、いつまでも詫びを続けるデュアンをセシリオは抱き締めた。

「…良いんだ………もう良い………俺の方こそ、本当に、すまなかった………」

 最後は涙で、ほとんど声が続かなかった。



 遥か昔―――インセルズとピナシェに野望を打ち砕かれ、その血族を恐れ嫌った魔王。

 そのとてつもなく狡猾な策略に翻弄された、現代のインセルズとピナシェの両家。

 今ここでようやく長い長いわだかまりがとけ、心を通わせた不幸な兄弟に残された時間は………実に残酷なことにほんの僅かであった。

 二人は互いに感謝と詫びを繰り返しながら、残された兄弟の時間を噛み締めるように過ごした。

 失ってしまったもう二度と戻らない、すれ違い憎み合った時を取り戻そうとするかのように―――

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