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呪われた記憶  作者: 眠兎あみ
本編
79/92

「………サクちゃんを………渡せ」

 まるで初めから命を持たない操り人形だったかのように、今はぐしゃぐしゃになってその場に落ちている魔王。

 それに冷たい目線をやりながらデュアンは機械のようにその言葉を繰り返した。


 その言葉を聞くが早いか、セシリオは杖を構えデュアンに向かって飛びかかった。

「―――!?」

 ここまで来てまさか武力行使に出られると考えていなかったデュアンは、あまりのことに防御姿勢を取ることすら出来ずにセシリオの接近を許してしまう。


 思わず反射的に目を閉じると、抵抗する間もなく思い切り床に叩き付けられてしまった。

 慌てて体制を整えたデュアンの目に飛び込んで来たのは―――


「………っ………!」

 いつの間にか再び甦った魔王を強力な闇魔法で打ち倒すセシリオ―――そしてその胸部には、返り血で真っ赤に染まった魔王の腕が貫かれていた―――


「………なっ………!?」

 素早く先ほど魔王が朽ちていた筈の場所に目を走らせると、そこにはまだ魔王の死骸が落ちているままだった。

「あらま!死にかけのわりに反応速いわねえ…!」

 動揺するデュアンの耳に、不愉快な魔王の声が届く。

 その姿はセシリオの魔法を喰らったことで、既に身体の半分以上が消え失せていた。


「………失せろ………!」

 セシリオは力を込めてそう言うと再度杖から闇魔法を放ち、魔王の残りの身体を吹き飛ばした。

「オホホホ…!ワタシはアナタたちインセルズには殺せなくってよぉォ!!………また数分後に会いましョっ…」

 魔王は塵になりながらそう言い残し跡形もなく消えて行った………


 それを見届け、セシリオはその場に倒れた。



「………………なんで………」

 少しの沈黙の後、デュアンは掠れた声で尋ねた。

 胸部に魔王の片腕が刺さったままのセシリオは、不思議ともう身体の痛みを感じなくなっていた。


「…なんで………か………………」

 デュアンが魔王に止めを刺したその時から、本当にこれで終わったのだろうかという不安をそこはかとなく感じていた。

 そして案の定デュアンの背後に新たに甦った魔王の姿が見えた時、瀕死のサクリーシャすらその場に置いて彼のもとへ走り出していた。


「………デュアン………怪我は、ないか………………」

 身体が宙に浮いているようなふわふわとした感覚を味わいながら、セシリオは問う。

「何を…!なぜ僕を庇った!?何が目的だ!!」

 セシリオを見下ろす姿勢のデュアンが叫んだ。

 だが視界が悪く、デュアンの表情もよく見えない。


「………弟………だから………だ………」

 デュアンに届くかどうかは分からないが、セシリオは答えた。

 …今にして思えば………彼の艶やかな黒髪も、大きな瞳も………以前何度も見た母の写真にそっくりだった。

 セシリオはよく父に似ていると言われたものだが、であればデュアンは間違いなく母親似だ。



 おそらく他の誰よりも、セシリオは家族というものに焦がれていた。

 確かに周囲の人間には恵まれ、気の合う友人や家族同然に接してくれる存在もあった。それはデュアンの孤独とは比べることも出来ないだろう。

 …しかし………それでもやはり家族のない寂しさ…どころかその記憶すらまったくないという辛さは計り知れなかった。


 幾度となく両親の写真や記録に思いを馳せ…ラルメルから生前の両親の話を聞けた時も、この上なく嬉しかった。

 だがそれらは同時に、もう二度と家族には会えないのだということを改めて感じる機会でもあった。


「………デュアン…すまなかった………………」

 セシリオは自分の命の終わりを感じていた。

 しかしそんな時でも頭に浮かぶのは………心からのデュアンへの謝罪だった。

 本当はもっとたくさん伝えたいことはある。

 寂しい思いをさせた。過去の自分が、知ってか知らずかなどもうどうでもよい…ただこれほどまでに、魔王に魂を売るほどまでに彼を追い詰めてしまったのだ。


 ………だが、彼はこうして生きてここにいる。

 正確には魔王の力がはたらいているのだから、決して喜ばしいことではない。

 世界に重大な危機をもたらした………魔王復活の為に、セシリオの知らない所でも大きな被害を出している筈だ。

 仮にも一国の主として、彼の存在は―――その犯した罪を考えれば、喜ぶべきでないことだとは分かっている。

 ………それでも。

 自分に、家族として対面してくれた。

 自分を兄にしてくれたのだ。



「…デュアン………ありがとう………………」

 強烈に眠い。

 瞼が鉛のように重い。

 自分はもうダメなのだと分かった。

 世界を救えなくて申し訳ない………たくさんの人に思いを託されたのに………

 数分後には魔王がまた甦ってしまう。インセルズでは止めを刺せない…ということはこのままではデュアンもサクリーシャも助からないだろう………


 だが………自分にはもうどうすることも出来ない………

 深い自責の念に駆られながら、セシリオは抗えぬ強い眠気の海に落ちて行った………



 ………



「………待って………」

 耳元で誰かの声が聞こえた気がした。

 だけどもう待てない………身体が動かないんだ………


「死なないで………」

 セシリオの両肩は激しく揺らされる。


「…ごめんなさい………僕のせいで………!」

 それはほとんど声になっていなかったのだが、何故かセシリオには何と言われているのかが分かった。

(…デュアン………)

 自分の肩を強く掴むのはデュアンだ。

 顔に大量の涙がかかるのが分かる………彼は泣いている………




「―――()()()!!」




 パキン、と薄いガラスを割るような音が聞こえた。

 …と同時にみるみる視界が開けてゆく。


 目の前には…子供のように泣きじゃくるデュアンと、その後ろから血相を変えて走って来る魔王が見える。

 しかしそれをセシリオが認識した時には、デュアン達の動きはピタリと止まってしまった。

 ―――それどころか目の前の景色はぐにゃぐにゃと歪みはじめ、あっという間にデュアン達の姿は消えてしまった。


 代わりにセシリオの目の前に現れたのは―――

「セ…シリオ………?」

 セシリオ同様に、先ほどまでと違い元気な姿のサクリーシャだった。


「…サクリーシャ…」

「…あは………ここ、どこかな…?………私たち、死んじゃったのかな………?」

 ちょうどセシリオも同じことを考えていた………痛みや苦しみが何も感じられない、ふわふわと宙に浮くようなこの感覚………

 死後の世界…というやつだろうか………


「…そうかもしれないな………」

 セシリオがそう返事をしかけると、二人を包んでいた何ともいえない無の空間は再び目まぐるしく動き始めた。

「ひえ~っ!何これ!まさか地獄行きなのかな~っ!?」

 パニックに陥るサクリーシャの身体を引き寄せながら、セシリオは周囲の様子を注意深く観察していた。



 そして…やがて二人の目の前に現れたのは………初めにデュアンに連れて来られた、あの地下室だった………

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