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呪われた記憶  作者: 眠兎あみ
本編
70/92

激怒の正義戦争

 彼―その()()には感情と呼べるものはあったが記憶と呼べるものは無かった。

 自分はいつ、どこで、どうやって誕生…作成されたのか。誰が?何の為に?

 …この中で唯一、『何の為』に対してのみ出せる答えを彼は持っていた。


 ――『破壊』である。


 決して“人”には混ざれない巨体が、尋常でない力が……彼の優しい心とは真逆の道を歩むように造られているのだ。


 ごく自然に、彼は人間として生きる道のみならず、人間と関わることすら諦めてしまった。

 人間は彼を恐れ、迫害し、または私欲のために利用しようと企む。


 …しかしどんな人間も、彼にとっては赤子のようなものだった。

 その気になればいつでも壊すことは出来る上に…そうしなくとも瞬きをしている間に、勝手に老いていつの間にか土に還ってゆく。


 破壊の為に造られた道具である彼は………どんな人間よりも清い心のまま、自分が自分として造られた事実を恨み、苦しみながら悠久の時を過ごしていた。


 ―――


「…」

 これまでにこれほど自分と渡り合えた人間がいただろうか……ゼヴァールはサドと剣を交えながらぼんやりと考えていた。


(…シカシ先程……)

 理解し難いことに、この状況で非常に生き生きとした様子で…時折笑みすら溢しながら両の腕を踊らせるこの男は、何やら変身のような術が使えるのかもしれない。

 これまでの数回の対峙…そして他の刺客の話を総合すると、毎回のようにどこからか彼が現れ、代わりに金髪の少年が消えるのだ。


(ソシテコノ戦闘力…)

 以上のことから、ゼヴァールはサドを『人間ではない何か』に分類することに決めた。

 …別に人間であれば手加減するとかそういうことではないのだが…これまでサイファスやデュアンのために仕方なく生命を奪ってきたゼヴァールにとって、相手が人間でないという事は“躊躇い”を捨て去るのに好都合な事実だった。



(…!)

 相手の動きに変化が生じたことを、当然サドは見逃さなかった。

(…まさか……我に対して加減していた…!?)

 生前から人一倍努力してきた彼は自らの戦闘能力に相当な自信があり、好敵手は在れど真に自身より上の能力を持つ者など存在しないとすら思っていた。

 その上さらに、ゼヴァールはサドと撃ち合っていながらも、ちらちらと仲間の方へ視線をやっている……つまりまだ余力を残しているのだ。


(…デカブツめが…!…我が気付かぬとでも……!!)

 もちろんゼヴァールは決してサドを見くびっている訳ではない。

 彼にとって“サイファスを守る”というのはまるでその()にインプットされているかのように自然なことだっただけだ。

 サドにとっても“キサを守る”ということは自然なことであり、寧ろ彼がこの世に留まる理由そのものなのだが……ゼヴァールの行動が、相手の事情など知る由もなければ考慮する気もないサドの逆鱗に触れるのは容易なことだった。


「…~~―…!!」

 サドが早口で何かを怒鳴り散らしたその瞬間、ゼヴァールを中心とした爆発が起こった。

 並みの魔術師であれば数分はかかる高位魔法の詠唱を、サドは怒りに任せてぼやくように完成させたのだ。



「…ッ!?!?」

 突如その場に起こった爆発を見たフィミリーは、初めは人造人間の自爆でも起こったのかと錯覚した。

「余所見すんなよ!」

「―わっ!」

 間一髪の所でサイファスが放った暗黒の球をかわしたフィミリーは、それに触れた地面がどろりと溶けるのを見て冷や汗をかく。


 フィミリーとサイファスの術師同士の戦いは、互いの詠唱を妨害することの繰り返しで一見すると地味な戦いだった。

(全然…隙がない……だけど、以前と違って戦える!)

 初めて対峙した際の…セシリオを守れなかったあの悔しい一戦と違い、相手の動きを追える自分がいた。

 ゼヴァールをサドが一人で止めてくれていることも大きい。

 大神官の息子で莫大な魔力を持つサイファスも、魔法さえ封じることが出来れば何とか戦える。


 …しかし逆を言えば自分がサイファスを止めていなければ、サドにも危険が及ぶのだ。

(…だけどこのままじゃ…先に力尽きるのは……)

 塔に入る前から相当数の魔物を相手してきたフィミリーと、一行が到着するまで充分に温存していたサイファス……加えて縮まったとはいえ、やはり存在する力の差。

 どちらが先に倒れるかは歴然としている……

(ならば刺し違えてでも…!!)

 今度こそセシリオの為に、この命を使う時が来た。


 フィミリーの目の色が変わったのを見たサイファスは、気を引き締めたにも関わらず相手の接近を許してしまう。

 同じ魔術師として、相手の懐に飛び込むなどもっての他だという固定観念が仇となった。

(…そうだ、コイツ…前にも……!)

 右腕に切り裂かれる痛みを感じながら、以前に相手した時にもフィミリーが接近戦に持ち込むような行動を取ったことをサイファスは思い出した。


「…ってぇなぁ……クソがぁあ!!」

 サイファスの怒号がフロア全体に響き渡る。

「いつもだ!!てめえらだけが正義みてぇなツラしやがって!!こんなクソみたいな世の中に…虐げられてそれでも生きる奴らのことなんか!!考えもしねえんだろ!!」

「…えっ。それ……僕も同意見です」

 そんな拍子抜けするようなフィミリーの返しは、サイファスが予想だにしないものだった。

 思わず一瞬だけ油断してしまいそうになる。


「…僕もこんなクソみたいな世界、無くなってしまえば良いって……」

 あえて呼び起こさないように意識してきた過去が甦る…フィミリーの瞳が暗く濁った。

「……だけど僕は光を見つけた!…僕がやっと手に入れた居場所を、世界を…守る為に僕たちは前に進むんです!」

 フィミリーはそう叫びながら再びサイファスの方へ突っ込む。


「…その…光を潰すのもてめえらだろうが……」

 無我夢中で近付いて来るフィミリーを見ながら、サイファスは驚くほど低い声でぼそりと呟いた。

「希望が簡単に潰される地獄を!味わいながら死にやがれ!!」

 打撃用に作られた物ではない杖を、激昂したサイファスは力一杯に振りかざした。


「!!」

 彼の怒りの一撃は、接近戦に特化した訳ではないフィミリーに避けられるような易しいものではなかった。

「…ひぐっ…!」

 魔力を高めるため繊細に作られた特注の杖とはいえ、思い切り殴打すれば立派な武器だ。

 ましてそれを受けたのが非力な少年とあっては尚更……


 重症のフィミリーが吐血しながら倒れるのを見たサイファスは、そのまま流れるように詠唱を完成させ一瞬でゼヴァールの能力を増幅させつつ叫ぶ。

「正義ヅラしてんじゃねえ!!自分の物差しでしか評価出来ねえ癖によお!!」

 サイファスの怒りの矛先は、きっかけこそフィミリーの言葉だったかもしれないが……今は別の何かに向いているようにも見える。

 怒りで我を失った様子のサイファスに、幾度も杖で殴られながらふとフィミリーはそんなことを考えていた……



「……サイファス………」

 補助呪文を受け、いっそう力を付けた筈のゼヴァールの勢いは何故か衰えているように思える。

 敵を一人仕留めたとあって油断しているというのだろうか。

「嘗めくさりおって!!デカブツが!!」

 フィミリーが倒れたことで動揺することなどない冷血漢のサドは、ゼヴァールの動きが鈍ったことに再び怒り狂う。


 そうしてサドが放った一撃は、重さ数十倍はあろうかというゼヴァールの巨体を吹き飛ばした。

「…!?」

 予想外の強打に為す術もなく宙を舞ったゼヴァールは、生まれて初めての感覚に戸惑い受け身を取ることも出来ずに柱の一つに激突した。


 人造人間の巨体を受け止めた柱は無惨に破壊され粉々になってしまい、それに伴って部屋全体が大きく揺れる。

 倒れ込んだゼヴァールの上に容赦なく瓦礫の雨が降り、これには理性を失って暴れていたサイファスの手も止まった。

 しかしサドの怒りはそれでも鎮まることはなく、素早く飛ぶようにゼヴァールとの距離を縮め尚も猛攻撃を仕掛け始めている。


「……」

 ゼヴァールは自分の意識が遠退いていく感覚を初めて味わっていた。

 普通の人間であればこのまま意識を失っても、気絶で済むこともあるかもしれない……だが人造人間である自分が意識を手離せばどうなる…?

(…終ワレル…カモシレナイ……)


 サイファスが治癒の魔法を唱えながら駆け寄って来るのが見える……

 ……良いじゃないか。サイファス……もう……

「…コレデ……役目ハ…終…ワリ……」


 破壊なんて本当はしたくない。

 次に生まれて来るならば、サイファスとレンと一緒の…平和な世の中でありますように。

 出来ることならば、人間として生きられますように。


 ゼヴァールの願いがこもったそんな穏やかな呟きは、怒り心頭のサドの理性を呼び戻すと共に、彼が()()()()()に気付くきっかけとなった。

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