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呪われた記憶  作者: 眠兎あみ
本編
60/92

いちばん近くて遠い場所

 《…なんと…では長になるつもりはないと、そう申すのか…?》


 神鳥の声はここへ来て初めて少し動揺していた。


 《しかしアウラークの長はもう随分と交代していないじゃろう…!どのみち後継者は作らねば…》


「それはそうなんだけど…」

 この地を守る神鳥がそう言うのはもっともな話だ。

 アウラークの村長は長らくザザが務めており、非常に元気とはいえ高齢であるためいつまでもという訳にはいかない。


「…おれまだ旅を続けるつもりだし、そのあともセルディアに戻るかもしれねーんだ…ごめん……」

 キサは珍しく遠慮がちにそう言った。かなり迷いもあるようだ。

「…元はと言えば、我が病などに倒れたがために……」

 ゾディもそう言ってうつむく。



「―あの!…それなら心配いりませんわ!」

 その場の沈黙を切り裂いたのはジーナだった。

「…わ、わ、わたくしが!村長に立候補しますわ…!」

 そのあまりの衝撃的な宣言に全員が固まった。

 宣言した当の本人も身体全体を小刻みに震わせている。


「…わたくしは女ですが……誰よりアウラークを愛しています!…古い考えのこの村を変えて…守り続けたいのです…!」

 ジーナは美しい姿勢で立ち、神鳥をまっすぐに見据えてそう言い放った。


「…女性は前へ出るなと言われたり、子に長すぎる名を付けたり…それは神鳥様のご意志ですの…?」

 ジーナが無理を言って同行を希望したのは、神鳥にこれを問うためだったのかと腑に落ちた。

 彼女は緊張しきっているように見えるのだが、その発言に淀みは一切無かったからだ。


 《……我はそのようなことを人の子に課した覚えはないぞ》


 ジーナの必死の言葉をしっかりと受け止めた様子の神鳥は、優しい声でそう言った。

「…!…良かった…ああ、神鳥様…!」

 緊張の面持ちで神鳥の言葉を待ったジーナは、その言葉を受けて手を合わせて神を拝んだ。


 《…しかしお主はまだ幼すぎる。…長になるにはもう少し力を付けるべきじゃな》


 今回試練を突破したのはあくまでもキサであり、ジーナは挑戦する前の段階である。

 それらも含め神鳥の真意を理解したジーナは、強い決意の表情で頷いた。

「―近い内に必ず、またこちらへお邪魔いたしますわ!」

 そんなジーナを見た神鳥も、それに答えるように優しく微笑んだように見えた。


 ―――


 《―さて、お主らの要望とやらじゃが……この、世を包む不穏な気と関わることかの…》


 優しい表情から一変、神鳥は真剣な眼差しになりキサに問う。

「そう!そうなんだ!あの、ほら、えーと…あとよろしくっ!」

 キサは一度は自分で話し続ける姿勢を見せたものの、諦めてセシリオ達の方に振った。


「…不穏な気とは…?…神鳥が何を感じておられるのか、サクリーシャ聞いてくれないか…」


 《セルディアの王子よ。我にはお主の声も届いておるぞ》


 いつものようにサクリーシャに通訳を頼もうとしたセシリオの言葉が終わる頃に神鳥はそう言った。

「……!本当ですか…!…私は何者かによる呪いの影響で……」


 《それも分かる。…しかしよほど強い念が掛けられているようじゃ。我にも解呪はおろか、術者のことすら見えぬ……》

 《―これはよほどの高位の術者か、お主と関わりの深い人物か…或いは命すら掛けるほどの強い憎悪じゃな…》


 険しい表情を浮かべながらそう言った神鳥の見解は、セシリオ達にとって貴重な情報だった。

(…俺と関わりの深い人物か、あるいは強い憎悪…か……)



 《そこの女子にも同様の念を感じるのう……》


 神鳥が指したのはやはりサクリーシャのことだった。

「強い…憎悪……」

「…神鳥様、私はこれでも勇者の血筋ですので…相手が魔王だという可能性があるのでしょうか…?」

 サクリーシャは真剣な眼差しで神鳥に訴えかけた。


 《…おそらく世に蔓延るこの邪気は()()によるものじゃろう……しかしお主を呪った術者が何者かは我にも読めぬ………》

 《しかしヤツ…魔王にも匹敵するほどの力やもしれぬな……》


「―と、いうことはやはり魔王は――!?」


 《…この邪気…そして穢れた風………そう考えるのが自然かもしれぬ……》


 サクリーシャの言っていたことは本当だった……(いにしえ)の時代に封印された魔王が、この世に甦ろうとしているのだ………

 一般人にこの空気を感じ取れる者がいないだけで、この世界は少しずつ壊れ始めているのかもしれない………


 《…それでお主らはその対策を打とうと言うのか?》


 改めて魔王の存在を知らされた一行は、その衝撃のあまり誰一人言葉を発することが出来なかった。

「―はい!…少なくとも私は…たった一人でも魔王を滅ぼすつもりでいます!」

 ある意味当然だと言えるかもしれないが、そんな神鳥の問いかけに真っ先に反応できたのはサクリーシャだった。

 背筋をピンと伸ばし、迷いや恐れのないその姿は勇者そのものだ。


「…私も、そのように考えています」

 セシリオもサクリーシャに続き、純粋な気持ちでそう言った。

 神鳥の他に唯一それを聞いたサクリーシャは、少し頬を染めて嬉しそうにセシリオを見つめた。


「おれたちも!サク、一人でとか言うなよ!」

 キサ達も笑顔でそれに答えた。サクリーシャの表情がさらに明るさを増す。


「私たちは全力でこの世界を守ります!…だけど……」


 《その前に足枷を解きたい…とな?》


 この世界に危機が迫っていることを知れたわけだが…もしもまだ時間に余裕があるのならば万全の状態で挑みたい。

 それは当事者であるセシリオとサクリーシャだけではなく、仲間たちも同じ思いでいる。


 《…我が思うに、ヤツはまだ完全体とは言えぬ状態じゃろう……しかしあまり悠長に構えていられる状況ではないぞ》


「―はい!」

 サクリーシャは真剣な顔つきではっきりと返事をした。

 今現在、残る手がかりはショウバのみという状況だ。しかしこれが駄目なら諦めるという覚悟があるのだろう。

 ショウバの存在は最後の砦としても充分だと感じているのだ。

(…これが呪いを解く最後のチャンス……)

 そしてそれはセシリオも同じだった。


 ―――


 《では人の子らよ、下界へ向かうが……となればお主は再び形無き者となるぞ》


 神鳥が指したのはゾディだった。

 人の形を取る限界も近付いて来ているのだろう、その身体は既に透け始めている。

「お兄さまっ!」

 神鳥からの計らいに反応したのはジーナだ。ここでようやく兄妹の感動の再会である…

「ジーナ……この馬鹿者が!!」

 ジーナの頭に、ゾディからの鋭いゲンコツが放たれる。


「!?」

「…つつ…!……え?おにい……」

「キサを通じてずっと見ていた!好き勝手にしすぎだ!アウラーク家の恥だぞ!」

 ゾディは彼女の奔放な振る舞いが本当に恥ずかしかったのだろう、身体自体が消えかけているにも関わらず少し赤くなっているように見える。


「…お、お兄さま、そんなぁ……」

 ジーナは涙目でゾディを見つめるが背を向けられてしまう。

「…次期村長となるつもりならば…子供のような振る舞いは改めて、励め……」

 その言葉はゾディからの精一杯の応援だった。

 ジーナにもそれは伝わったようで、彼女は涙を流しながら喜びと別れの寂しさに身を震わせた。



「ゾディ…こうやって話すのは最後かもしんねーな」

 ジーナの肩を優しく叩きながら今度はキサが語りかけた。

「キサ……そうだな……」

 ゾディは寂しそうに微笑んだ。キサと接するゾディの姿は、どれもサドである時には見たことがない顔ばかりだ。


「…またおまえの身体で暴れてやろう」

「おいあんま無茶すんなよー!…あと腹が減ったと思う前になんか食え。しんどい」

 他愛もない会話だが、二人の間に確かな絆を感じられる。


「…また会えて本当に良かった。…おれ、あの時―」

「それはもう良い。こうして言葉を交わせたのだからな…」

 キサが悲しそうな表情をしたのを見たゾディは、彼の言葉を遮るように言った。

「…ありがとな、ゾディ……また会おうぜ!」

 そう言ってキサは満面の笑みで手を振った。


「…元気で…な………

 キサとジーナそれぞれの肩にゾディが少し触れた途端、彼は煙のように消えた。

 泣きじゃくるジーナの背中を荒っぽくさするキサ。

「…ゾディ…今まで…ありがとう……」

 目の前の大地に突き刺さった物言わぬ黒い剣を見ながら、そう呟いたキサの足下には大きな水溜まりが出来ていた―――

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