そのままの君を
術者である村長が、解呪のために既に奮闘している。
闇に囚われている人間にこちらの声は届かないだろう。
冷静に考えれば、今の自分に出来ることなど何もなかった。
それでもセシリオは、何も考えずに走り出していた。
冷静な思考を奪われてしまう程に、サクリーシャを覆う闇は普通ではなかった。
そもそも術者である村長は自分たちを本気で陥れるつもりはないようなことを言っていた。あくまでも“試練”の一環としての行為である。
にも関わらず彼は完全に試練のことなど忘れて必死に闇を鎮めようとしている。
それが何を表しているのかなど、冷静な考えなどなくとも分かることであった…
「サクリーシャ!!しっかりしろ!!」
彼女の周囲を覆う漆黒の闇の中に、セシリオはなりふり構わず突っ込んでゆく。
祭の際に妨害でかけられた呪いよりも格段に重苦しい圧力がセシリオを襲う。
しかしその重さすら今は感じることも出来ない程に、セシリオは必死であった。
「…わ…たしが…ゆ…しゃ…で……の、せい…で……」
サクリーシャはセシリオの呼び掛けには答えず、虚ろな表情のままうわごとを繰り返すばかりだった。
「…ゆう…ゃ……なれ…なくて」
「ごめんなさい…ごめんなさい、ごめんなさい……」
かと思えば顔を覆い、闇に向かってひたすらに謝罪を始めた……
以前にも感じた、彼女の中に巣食う闇…城下町でその片鱗を覗いたような気になっていたが…
(あれでもまったく表に出していない状態だったのか……)
思えば旅に同行するようになってから、サクリーシャはいつも明るかった。
今日も気弱なワイトを励まし、前へと進む勇気を与えていた。
その優しさは仲間に対してだけでなく、常に弱者の立場に立ち自身が辛い境遇に立たされていようが他人を優先するような人物である。
彼女の心構えは、間違いなく勇者そのものであった。
…だが職業としても勇者と認められるためには、武力にも魔力にも長けている必要がある。
人格者であるだけでは悲しいことに、世界を救うことは出来ないのだ。
そして彼女がどんなに努力しようが、それを阻む凶悪な呪いが存在している限り…
彼女は勇者には……
――なる必要があるのだろうか。
「サクリーシャ!!皆の望む勇者になどなる必要は無い!!」
セシリオは襲いくる強大な闇をものともせず、サクリーシャの両肩をしっかりと掴んだ。
虚ろであった彼女の目に、ほんの一瞬光が戻ったように見えた。
「誰が何と言おうが、おまえはおまえの思う正義を貫けばそれで良いだろう!足りない力は俺達でいくらでも補える!」
セシリオは自分の思っていることを、ただひたすらに伝えた。
とにかく彼女を救うことに必死ではあったが、途中からは何を言っているのかも分からなくなっていた。
「サクリーシャはそのままで、俺の―俺たちにとってかけがえのない………」
それから先は言葉を続けることはせず、サクリーシャの身体を抱き寄せた。
―――
やけに心地よい眠りから目を覚ますと、そこはただの草原…いや、神木の根元であった。
そもそも自分はこんな所で眠っていたわけではなかったはず。
そうだ。先ほどまで何か強大なものと――
(サクリーシャ!!)
思考をあちらこちらへと走らせた後、サクリーシャを救うべく闇に突っ込んだことを思い出し慌てて立ち上がる。
「…気が付かれたようですな、王子……この度は大変な目に合わせてしまい本当に申し訳ない……」
セシリオの慌てた姿を見た村長がゆっくりと近付いて来た。
まだ状況を理解出来ないセシリオに、村長は謝罪の言葉を述べた。
「他のお仲間はまだ気を失っておられます。この神木の根元に居れば、すぐに回復なさるでしょう…」
あまりにも慌てていた為にまったく目に入っていなかっただけで、サクリーシャやフィミリー、ワイトはすぐ傍ですやすやと寝息を立てていた。
考えることやわからないことはまだたくさんあるが、とりあえずセシリオは安堵した。
仲間たちは…サクリーシャは無事だったようだ……
「…これまでもこの祭の締めくくりは“己の闇に打ち勝つ”という内容じゃった……ここより北のアウラークという地域でも、そのような試練を与える神がおるそうじゃが……この村の若者に対しても強力でのう」
仲間たちの無事に胸を撫で下ろすセシリオに対して、村長が静かに語り始めた。
「…しかし……これほどの闇を抱える少女を見たのは初めてじゃ……一体どのような人生を歩んで来たというのか……」
村長は沈痛な面持ちで考え込む。
「……」
呪いの影響で日常的に不幸な目に合い続けるサクリーシャであったが、どんな時でも彼女は明るかった。
しかし…ラルメルとのやり取りの時に見せた、内に秘める闇…そしてあの時に言っていた、『自分のせいで両親は死んだ』という重すぎる自責に満ちた言葉……
(どうして気付いてやれなかったんだ……)
産まれた時から勇者だと期待され、ひたむきに努力を重ねていた少女はある日、原因不明の呪いに冒される。
治療するどころか存在自体も知られていないその『悪霊の恋人』は、彼女の希望を摘み取る為に存在するかのようなものだった…
人一倍心優しく勇敢な彼女だが、それだけで職業として名乗れるほど勇者とは甘い立場ではない。
幼い頃から抱き続けた夢が、訳の分からない呪いなどに邪魔され、どれほど努力を重ねても一向に叶う気配すらない…
そしてその上さらに、呪いのせいで両親も失ってしまった…
まだ成人する前の少女が、こんな仕打ちに耐えられるはずがない……
「…しかし王子、この娘の闇を払ったのは他でもない貴方ですぞ」
サクリーシャの闇を思い、まさに今また苦しみの最中にいたセシリオに向かって村長が口を開いた。
(…村長が解呪した訳ではなかったのか……?)
解せないといった顔をするセシリオを見て、村長は事の顛末を語り始めた。
「危険を省みず闇へと飛び込んだ貴方を追いましたが、私は立ち入ることすら出来ませんで……あれほどの闇を、一体どのように鎮めなさったのか…」
あの時のサクリーシャには自分の呼び掛けが届いているようには到底見えなかったが…思いが伝わったということだろうか……
セシリオは笑みをこぼしてしまいそうになるような、なんとも形容し難いふわふわとした感覚に襲われたが、ここでにやけてしまえば不審に思われてしまうと、キッと顔を引き締めた。
「……ぅ…セシ、リオ…様…?」
フィミリーが目を覚ましたようだ。
サクリーシャのあまりに大きな心の傷に埋もれていたが、彼も相当辛い思いをしただろう。セシリオはフィミリーのもとへ駆け寄り彼を抱き起こした。
「…ぼく…一体なにを……なんだかとても苦しいとこに…いたような…」
いつも冷静でセシリオに対しては特にきちんとした言葉使いで接するフィミリーが、まるで子供のようになっている。
セシリオの腕を強くしっかりと掴む彼の姿は、まるで怖い夢を見た後の子供のようだった。
「…んぁ~~よく寝たぁ……ん?あれ?何してたんだっけぇ」
そんな間抜けな声と共に、あくびをしながら目を覚ましたのはサクリーシャであった。
先ほどまで強大な闇と闘っていたとは思えないその様子は、いつものように無理に明るく振る舞っているのか、それとも素なのか読めない。
「…もう平気ですかな、お二人とも…」
セシリオと村長のやけに深刻な表情に、二人は一瞬不思議そうな顔をしたがすぐに笑顔を作り無事を報告した。
「…きっとこの神木の影響でしょうね…ここに来た時よりも身体が軽いです」
フィミリーが両手を広げて深呼吸をしながら言う。
確かに闇と闘い気絶するほどの負担があったことを忘れるほどに、今は心も身体も非常に清々しい。
選ばれし者しか立ち入れない場所というのも伊達ではない。
「…ではそろそろ村に戻りましょう。あいどる歌手の歌唱など宴の準備をしております」
神木の加護を充分に受けた一行に対し、村長が言った。
ここでようやく目を覚ましたワイトも皆の後ろを付いて歩いた。
―――
村と神木を隔てる門から出た一行の目に飛び込んで来たのは衝撃的な光景であった。
「…な、なんということじゃ……!」
村長が言葉を失い立ち尽くすのも無理はなかった。
先ほどセシリオ達が試練にて激戦を繰り広げた広場が、辺り一面炎に包まれている…
村人は逃げ惑い、悲鳴が飛び交うその様子はまるで地獄であった…
「なっ!何なの!?魔物が!?」
「…いや、あれを!」
騒動の元凶は探さずともすぐに見つかった。
村人たちに被害が及ばないように、広場の中央へと相手を誘導しながら戦うサドとチユキを発見したからだ。
セシリオ達は素早くサド達と合流し、騒ぎの元である人物と対峙した。




