心の闇と決意
セシリオとサクリーシャは、ラルメルとの別れから数分経った今も動けずにいた。
「…ラルメルおじさまの息子さん……サイファスって言ってた…よね……?」
聞き間違いかとわずかながら思っていたセシリオだったが、サクリーシャのその言葉を聞き、やはり間違いではなかったと思った。
「…サイファス…この辺りではわりとよくある名なのか…?」
「…いやどうだろ……でも言われてみれば垂れ目の感じとか似てたかも…年も私より少し上くらいだったはずだし…」
王国のガーディアン本部で大神官を務める穏やかなラルメルの息子が、セシリオ達を死に至らしめようとしたあの冷酷な刺客、サイファスだとはにわかには信じ難い。
しかしそう考えるとサイファスの溢れ出る魔力や、術発動までの異様なスピードなど、大神官の血を引いている証とも言える…
「…言った方が良かったのかな…呼び止めてでも…今からでも…」
サクリーシャはかなり迷っているようだ…しかしセシリオも同じく迷っていた。
息子の帰りを待つラルメルに、貴方の息子は目的は分からないが私達を襲って来ました。その戦いの末、現在は消息不明です…などと言える訳がない。それに―
「…俺たちのせいで生死すら不明なのだからな…」
理由はどうあれ自分たちが殺してしまったかもしれないと父親に告げるのはかなり酷なことだ……
「…すべてを正直に話しても、必ずしも良いとは限らない…とは思うけど……」
そこまで言うとサクリーシャは唸りながら机に突っ伏してしまった。セシリオもどうするのが正解か、良案は思い浮かばない…
「…そもそもどうして私たちを狙ってるの……?」
ぽつりとサクリーシャが呟いた。確かに、勇者と王子が一緒に旅をしている…そこだけ切り取ればあたかもファンタジー小説のような話だが、実際は自身の呪いを解くという個人的な理由での地味な旅だ。
魔王を倒すという目的も一応掲げてはいるが、それもサクリーシャ一人が抱いているだけな上に各地で宣言している訳でもない……
(…となると……サクリーシャが旅に出る=魔王退治が目的だと知る人間…?)
ピナシェにはサクリーシャが魔王を退治して世界を平和にしたいと願うことを知る人間はいくらでも…否、住人であれば誰でも知っていることだろう…
だがそれを刺客を使ってまでそれを妨害しようとする人間は――
「やっぱり私たちは魔王を倒そうとしてるわけだから、それを邪魔するってことは魔王の仲間だよね……」
魔王退治が全員の目的になっていることに関してはもう訂正する気にもならなかった。それよりもサクリーシャの言う通り、サイファスはやはり魔王の手先なのかというところに意識が向いていた。
「…現時点では分からないことが多すぎるな…行く先々に刺客が現れることに関してもだ…」
刺客の登場タイミングが毎回絶妙だということは、物語の展開的に仕方ないかという気もするが、それにしてもこちらの行動が読まれ過ぎている…
「確かにそうだよねぇ…全部知っているみたい……」
そう言うとサクリーシャは突然キョロキョロと周りを見回し始めた。これまでに見張られている気配がしたことは特に無かったが、もう少し慎重になるべきか…などとセシリオが考えている間に、サクリーシャは首を変に捻ったようで痛みに顔を歪めていた。
―――
「そういえば神官の方々に耳寄り情報聞いたんだけど…」
淀んだ空気を破るように突然サクリーシャが口を開いた。
「…そもそも何故神官の所にいたんだ…?」
「……まぁまぁ、それは良いの!」
…実はサクリーシャはある日突然『悪霊の恋人』が消えていないか、職業が勇者になっていないかを確認するために単独行動出来る今日のタイミングで神官のもとへと向かっていたのだが、それはセシリオに対してであってもなんとなく黙っていた。
セシリオの方は、色々と知られたくないこともあるだろうに立ち入ったことを聞いてしまったことを反省しつつも、実際に教えてもらえなかったことに少しショックを受けていた。
「この大陸の最北端にジャジュっていう村があるらしいんだけど…そこは呪術が盛んな村なんだって!」
「なんだと…!」
“呪術の盛んな村”というとても魅力的なワードにセシリオも思わず前のめりになった。
「シントライデルを出た後の目標ってとりあえず無いから、次はそこに行ってみるのはどうかな?」
「…確かに行ってみる価値はありそうだな」
ジャジュ村については聞いたこともなかったが、呪術に特化した土地であれば何らかの手がかりが掴める可能性はある。やみくもだった旅に少しの光が見えた気がした。
「…もしも呪いが解けたら……」
サクリーシャは何かを言いかけたがすぐに口を閉じ、そのまま考え込んでしまった。
とうとう呪いが解けるかもしれないということに期待せずにはいられない。だがこれまでも幾度なく期待しては裏切られ、希望を持つこと自体が怖くなってしまっている…そんな状態なのだろう。
セシリオにはそんな気持ちが痛いほど分かった。なぜなら自分自身がそうだからだ。
「俺はセルディアに戻って、民やキサ達に礼を言おうと思う。…自分の声で」
自身の中途半端な問いかけにセシリオが答えたことで、サクリーシャは驚いた様子であった。
セシリオは気にせず続ける。
「…それと…失ってしまった大事な時を取り戻そうと思っている」
これはセシリオの偽りない気持ちであった。他人に対して打ち明けるのも、きちんと言葉にしたことすら初めてであった。
サクリーシャが何を考えているかは分からないが、セシリオの言葉をしっかりと聞いてくれているようだ。じっとセシリオを見つめ、そのまま目を離さない。
「呪いと心中する気はない。おまえもそうだろう?」
セシリオはきっぱりと言い放った。サクリーシャはその言葉に目を見開いた。
「…ありがとう…セシリオは強いね。…うん、私も呪いとずっと付き合うつもりはないよ」
そう言うとサクリーシャは少し寂しそうに微笑んだ。
「だけどね…呪いが無くなってどうなるか…」
「それも怖いの……」
セシリオから見たこれまでのサクリーシャは、非常に勇気に溢れていてとても強い人間だという印象だった。平和のためであれば命さえ投げ打つその姿勢は、呪いさえなければまさしく勇者そのものだ。
だがこの時のサクリーシャの表情は、彼女がこれまでに見せたどんな表情よりもずっと脆いものに感じ、同時にこれがサクリーシャの本当の姿なのではないかとセシリオは思った。
勇者として努力している。血筋もあって期待されている。もし本当に魔王が復活しようものなら、真っ先に民の希望を背負うことになるだろう。
今は呪いのせいで真の力が出せていないだけ……だが本当にそうだろうか?呪いが解けたとしてももし、自分に勇者としての素質が無かったら――?
“呪いさえ無ければ、勇者の力に目覚めて魔王も倒せるさ”
それは実際にセシリオの本心であったが、その言葉を彼女にかけることは憚られた。
ほんの少し垣間見えた彼女の闇に、どんな言葉をかけるべきかセシリオは知らなかったが、このまま黙って時が過ぎるのを待つということはしたくなかった。
「…サクリーシャ、何も心配いらない。自分の思う通りにしたら良い。俺も最後まで付き合おう」
セシリオはこの時、魔王退治を行うことを決意した。魔王が復活するまで待ち、絶対に退治までしてやるという決意だ。
サクリーシャを慰めるためだけに言った訳ではない。口先だけで都合の良いことを言うというのは彼には出来ないことだった。こうなったら後には引けない。
セシリオの言葉を聞いたサクリーシャは、それが冗談や軽い気持ちで言ったことではないと取ったようで心から嬉しそうに笑った。
そこにはとてつもない重圧をたった一人で背負う少女の姿は既になく、いつも通りの晴れやかな笑顔のサクリーシャがいた。
―――
元気を取り戻したサクリーシャは、今夜の試験に向けて特訓するため宿屋へ戻ると言う。本当は実戦でしっかり鍛えたいが、死んでしまうわけにいかないので町からは出ないという判断に至ったそうだ。
それを聞いたセシリオは、依頼を二つも受けていることをここでやっと思い出し、慌てて目的地へ向かった。
こなした依頼についてはあまりにも楽勝だったため鍛練という点においてはほぼ無意味であった。
少しは旅の資金の足しになるだろうかという報酬を受け取ると、仲間達のもとへ戻り試験の時を待った。
当初の予定とは大きく狂ったが、とても充実した1日であった。




