第六十四話
彼が今いる場所は一階の廊下。
そして、この建物。
王宮からそう遠くはない上、徒歩で行ける位置にある。
もしものことが起こった際。
すぐさま駆けつけることができるよう建てられた。
(さて、適当に見て回って帰るか)
シルヴィオは歩き始め、見えた扉を開けた。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
目の下を真っ黒にして、鬼のような形相で書類を片付ける、銀の髪を左肩で緩く結んだ男を発見。
シルヴィオは静かかつ、速やかに扉を閉めた。
(なんか居た。…………気のせいだ……)
自分を納得させるよう、一つ頷いて扉から手を離す。
と、同時に閉めたはずの扉が開いた。
「何の用だ……?」
もちろん出て来たのは、先ほど「死ね」と連呼していた病んでいそうな男。
目つきがとても鋭い。
「……………………………………いえ、何も…………」
やっと出た言葉を言ったシルヴィオに、男は口元に笑みを浮かべた。
「暇だな……?」
(え、ちょ、なんでこの人俺の手首握ってんの? てかそこは『暇か?』だろ。何断言してんの?)
「おい、暇だよな?」
酷く黒い笑みを浮かべ、握っているシルヴィオの手首に爪を立て、すごい圧力でギリギリと握りつぶそうとして来る男。
これにシルヴィオの顔が引きつる。
(……このままだと、俺の手首が粉々。だな…………)
流れ出した血、みしみしと嫌な音。
おまけにすさまじい痛みを感じる手首。
これにシルヴィオは顔をしかめた。
「どうした……?」
楽しげに口角を上げる男。
(こいつ、確信犯か……。おそらく、俺が『暇だ』と言うまで、離さないだろうな…………)
「はぁ……。暇だ。だから手を離せ」
ぶっきらぼうに答えたシルヴィオに、男の眼光が鋭くなり、手首にかかる負荷が増した。
「手伝え。お前に拒否権はない。お前の仕事だからなぁ……。第三皇子」
「……その位は放棄したが?」
「そんな連絡は来ていない。来たものは、お前が軍の最高司令と言うことのみ」
「…………陛下のもとに行ってくる」
「馬鹿か? んなもん仕事の後に決まっているだろうが……」
男はそう言うと、掴んだままの手を引いて、書類が山積みの机の前に座らせる。
そして、腕を組んでシルヴィオを見下ろすというよりも、見下してきた。
「今日中に終わらせろ。俺はお前が皇子だろうがなんだろうが関係ない。殺されたくなければさっさと終わらせることだな」
男は吐き捨てるように言うと、先ほど座っていたところに戻って書類を片づけ始めた。




