第五十一話 ②
「ただ。禁忌とされる、自我を持つ古代魔法が、地下に封印されています」
「……それを解くことは…………?」
「鍵があれば可能です。が、まず無理でしょう」
「根拠はなんだ」
「これですから」
ウェルコットは微笑み、首から下げていたペンダントを取り出した。
「模造品で開くんじゃないのか?」
「そうですね、可能と言えば可能ですよ。ただ、一人で幾千もの封印されし古代魔法を、たった一日でこの水晶に封じられればの話ですけれどね」
相変わらず笑みを浮かべたままのウェルコット。
「おまけに、古代魔法を扱えるものは、選ばれた私と、私の師。他はあの男だけです」
「あの男」と言ったとき、ウェルコットは顔を勢いよくしかめた。
よほど嫌いな相手か何かなのだろう。
そう考えたシルヴィオは、苦笑した。
「何を根拠にそういうんだ。お前は……」
「古代魔法は自我を持っています。そのため、気に入らない人間が使おうとすると、その人間を食べてしまうんです」
ウェルコットは微笑みとは違う、なにやら悪い方の微笑みを浮かべた。
「……新たに気に入られた奴がいるかもしれないだろう?」
「そうですね。ですが、誰かが古代魔法を扱うと同時に、使える人間すべてが感知できますからね。…………あ……」
何かを思い出したように、口を開けてウェルコットは固まった。
シルヴィオはそんな彼の様子に、眉を寄せた。
「どうした?」
「……ぁ……ぁ、あぁああぁぁぁああああ!!」
「?! ……ウェ、ウェル? どうした……?」
いきなりウェルコットが頭を抱えて、勢いよくしゃがみこみ、シルヴィオの肩が勢いよくはねた。
「くっそ、しくじったぁぁあぁぁあ! あの男、あの男がぁあぁぁぁああ!!」
発狂したかのように絶叫し、膝をついて、こぶしで大理石の床を叩き始めた。
この様子に、シルヴィオは唖然。
「おい……。ウェル…………大丈夫か?」
ついつい見かねてかけた声。
その声にウェルコットがゆらりと、狂気をはらんだ顔を上げた。
「大丈夫な訳ないでしょう? あの男の事をすっかり忘れていたんですよ……。もしあの男に、ここに居ることが、知れたら……。わたしは、私は………………!」
そう言いながら、ウェルコットの顔は徐々に狂気じみた顔から、絶望の表情に変わった。
彼はその表情のまま、大理石の床に目を落とす。
「そうだ。今すぐここを発とう。いや、むやみに動いては、見つかる確率を上がってしまう……」
震える声でぶつぶつと言い始め、不穏な空気を出し始めたウェルコット。
彼は気づいていない。
背後に魔方陣が幾重にも重なったことでできた光の柱の存在。
そして、その中から現れた、少女の存在に……。
「あぁそうだ。命を絶とう。今すぐに。あの男に見つかって、実験台にされた揚句、殺されるくらいなら――――」
「誰に見つかる心配をしてるの? ウェル」
少女は彼の背に手を置き、鈴を転がしたような声でいう。
それと同時にウェルコットは下を向いたまま、目を見開いて固まった。
少女は彼の様子に嬉しそうに微笑んで、ウェルコットの顔を覗き込んだ。
「嬉しい。あたしにそんなに会いたかったのね!」
ガバリと首に抱き着こうとする少女に、ウェルコットは「ヒッ」と悲鳴を上げて上体を起こした。
だが、少女はそれより速く首に抱き着き、彼の胸に飛び込んだ。
「うわぁぁぁぁあぁぁ! よるな触るな近寄づくな消えろ! 後生だから消えて下さいぃぃ!!!!」
「ん~? えへへ。イ・ヤ! それに、『よる』と『近寄る』は一緒の意味だよ?」
勢いよく頭を左右に振り、取り乱すウェルコットの首に抱き着き、膝にまたがる形で座っている少女は、可愛らしく小首を傾げて嬉しそうにかつ、心から楽しそうに笑った。
「んもぉ、探したんだからね。あたし、ウェルが居なくって、寂しかったの……」
すねたように唇を尖らせ、若干目を潤ませる少女。
これにウェルコットは悲鳴を上げた。
(…………こんなにウェルの敬語が崩れたのって初めてだな……)
他人のふりをしていたシルヴィオは、そう考え頷くと、ウェルコットが必死に『助けて下さい』と叫んだ。
シルヴィオはとてもめんどくさ気にウェルコットの方を向いて言った。
「…………めんどくさ……」
「?! シルヴィオ……」
「あれぇ? 見捨てられちゃったね、ウェルぅ」
絶望するウェルコットの首に抱き着いたまま、少女は無邪気に笑って、頬にリップ音を立ててキスを落とす。
「ぅぎゃあぁぁあぁぁああぁ!!」
ウェルコットは絶叫した後。
白目をむいた彼の体は力無く後ろに傾いた。
それに気づいた少女は、彼の首から手を話し、彼の腰に抱き着いてそれを阻止すると、無邪気に声を立てて笑う。




