第十話
「まぁ。『創った』といっても、器だけだ」
シルヴィオはそういうと、屋根を支えている柱に腕を組んでもたれる。
「それはどういうことですか?」
「そのままの意味だ。俺はあいつの体までは創ったが、自我を創っていない」
怪訝な顔をしているウェルコットに、シルヴィオが相変わらずめんどくさげに言うと、彼は考え込んでいるのか沈黙した。
「……つまり、魂がないと?」
しばらくして、まさかと言うような顔で問う彼に、シルヴィオはただひたすらめんどくさいと思いつつも、返事を返す。
「いや。勝手に入りやがった」
「……………………はぁ……?」
納得していない様子のウェルコット。
シルヴィオは彼の反応にため息が出た。
「だからな……。そこら辺を彷徨ってたのが勝手に入り込んだんだ」
「……では、彼女の人格は殿下が創っていないのですね?」
「あぁ。さっきからそういってるだろうが……。もうお前仕事戻れ」
「なんですか、その迷惑だと言わんばかりの顔は」
「……………………」
「殿下。顔に『わかったなら帰れ』と出ていますよ」
「気のせいだろ。わかったら仕事に戻れ」
シルヴィオはそういって、シッシと手を振る。
その様子にウェルコットは頭を抱えた。
「やっぱり思っていたんですね……。私は悲しいですよ。昔はあんなに素直で良い子で、優しい子だったのに……」
「…………お前は俺がひねくれていると言いたいのか?」
そういったシルヴィオの頭の中は、彼に対する罵詈雑言でいっぱいだ。
ウェルコットはゆっくり頭を振りながら言う。
「はぁ。嘆かわしい…………」
「俺はお前の頭の中が悲惨過ぎて嘆かわしいわ! さっさと戻れ!!」
声を顰めたままシルヴィオが怒鳴ると、ウェルコットはため息をついた。
「そんなこと言わなくても良いじゃないですか……。あぁ、昔はあんなに――」
「知ってるか。お前言ってることが爺みたいだってこと」
「……………………もういいです……」
ウェルコットはモソモソといって、足元に魔方陣を展開し、消えた。
と。ここで視線を感じた。
シルヴィオはまさかと、若干強張った笑みを浮かべてそちらを向く。
視線の主は、花壇の奥。
先ほど見た少年だった。
少年は目があったとき、一瞬嬉しそうな顔をした後。
ハッとして顔を歪めたが、すぐに表情を消した。
(うわ……。この餓鬼絶対めんどくさそうだな…………)
そんなことを思っているシルヴィオの顔は、相変わらず引きつっていた。
少年は無言を貫き、シルヴィオも同じく沈黙。
二人はとてもよく似ている。
違うものはと言えば、瞳の色。
少年の瞳の色は空色。
シルヴィオは鮮血のような真紅だ。
(……相手の動きを待つか…………)
こう考えたシルヴィオは、少年が口を開くのを待つことを選んだ。
――五分後。
少年は口はおろか指すら動かしていない。
ただ無表情でこちらを凝視してる。
シルヴィオは自身の幼いころの姿に良く似ている少年の、瞳にありありと浮かぶ、すべてを諦め、拒絶している色に軽く恐怖を覚えた。
だが、負けじと口を開かない。
――十分後。
両者動かない。
ただ立っているだけだ。
――三十分後。
いまだ動きはない。
二人はただ無言と無表情で向き合っている。
――一時間がたとうとしたとき。
少年が口を開いた。
「なんでおじちゃん動かないの」
無表情で、平坦な声音。
とても五つの子供が発することがない声だった。
「……お前が話すのを待ってみただけだ」
シルヴィオはいつの間にか、皇子に近いキャラのスイッチが入った。
「……………………変な人……」
ぽつりと静かに言った少年。
その言葉は軽くシルヴィオの心を傷つけた。
(おい。それは『変な人』=『変人』=『セメロ公爵』と言うことか? 俺はあの人とは違う。いや、あれは変人じゃないな。【愛妻家】? いや違う。そうだ、【家族思いの父親】だ。きっとそうだ。そうに違いない!)




