第十一話
「ルーフ、無事か?」
「ぅう。ろ、いど……?」
「あぁ、無理をするな。今、医者たちがお前を救うために奮闘しているからな」
ルーフは、薄暗い室内でも顔色が悪いことが良くわかり、ひどく汗をかいていた。
ロジャードはベットの端に腰かけ、彼の額にあるタオルをとり、かわりに手を置いて優しく微笑んだ。
それにつられてルーフは笑みを作ろうとして、再び呻いた。
ロジャードはふと、ほのかに甘い刺激臭に気づいた。
(甘い匂い? あぁ、部屋に置いてある花か。それにしても。俺はルーフが苦しんでいるのに、何もしてやれないんだな)
ロジャードは立ち上がり、部屋の端にある花を見詰める。
そして手にあるタオルを、傍にある水の張った桶に浸して絞り、再び彼の額に乗せた。
ベットの傍らに立っていたロジャード。
さすがに見下しているみたいに感じたので、直ぐ近くにあった一人掛けのソファーをベットの近くに動かした。
(俺に、毒に対する膨大な知識があれば……)
唇をかみしめ、ルーフの手を握る。
――が……いか?
どこからか声が聞こえ、バッと顔を上げ、あたりを見渡す。
辺りには、急に顔を上げた彼を不審そうに見つめる、四人の衛兵がいるだけだった。
気のせいだろうと、再び、ルーフを見る。
――知識がほしいか?
今度ははっきりと聞こえた女の声。
それなのに衛兵たちに変化はない。
(どういうことだ? こいつらには聞こえないのか?)
――お前以外には聞こえない。それより良いのか? このままではその者は死ぬぞ?
再び聞こえた声にロジャードは目を見開く。
(なんだと、ルーフが……死ぬ?)
――あぁ、間違いなく死ぬ。
(……どうすればいい。どうすればルーフは死なずに済む!)
――簡単だ、お前が記憶が戻ることを望めばいい。
女の声は淡々とロジャードに告げる。
ロジャードは記憶を取り戻したくない訳では無い。
ただ、取り戻してはいけないような気がするのだ。
それに、記憶が戻れば、今の知っている人たちに、別れを告げなくてはならない。
そんな気がしていた。
(……俺は、ルーフを助けることだけの知識がほしい。記憶などいらない)
――なぜ? 記憶を取り戻したくはないのか?
(昔の記憶なんぞに未練などない)
――しかし、知識だけでは与えられない。
(……わかった。では、その知識にまつわる記憶を少しだけつけて俺にくれ)
――……良いのか? その記憶がいつ引き金になって記憶が戻るか解らんぞ?
(ルーフが助かるなら、構うものか)
自嘲気味にロジャードは言うと、始終淡々としていた声は、了解した。というと声でがして聞こえなくなった。
そして、甘い刺激臭が彼の吐息からしていることに気づき、彼の表情から、盛られたであろう毒が解った。
「すまないルーフ。ちょっと医師に聞いてくることができた」
ロジャードはルーフの手を離し、彼の頭を一撫でし、扉に向かう。
「衛兵。前室は一人で守り、二人は廊下の扉を守れ。そして、この四人の中で一番腕の立つ奴が寝室に残れ」
「「「「?!」」」」
ロジャードの命令に、四人がそれぞれ驚きを露わにする。
それに構わず、扉を開けた。
「お前らが俺を信用していないように、俺もお前らを信用などしていない。ルーフに何かあったら命はないと思え」
ロジャードが扉を開けたまま、首をひねって振り返り、低く言い、扉をくぐって出て行った。




