第十話
「旦那様。お部屋でお休みください」
「ぅう……わかった」
ノエルに促され、エルウィスは顔と服にソースをつけたまま、食堂の扉にふらふらと向かう。
ロジャードは、エルウィスの足取りの危うさに立ち上がりかけたが、ノエルに目で制され、再び椅子に座る。
ノエルはエルウィスの顔中についたソースを、持ってきた濡れタオルで拭き、肩を貸して出て行った。
「エルー大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ。執事がついているから」
そうね。とリルアーは笑みを浮かべ、彼女は食事を再開した。
「母さん、ニコが僕たちを『家族』として、話をしなくなったのはいつからだったけ」
「……そうね、家族全員の前でって考えたら、ずいぶん前ね。でもこれがニコの選んだ道なのよ。私たちは口出しできない。いいえ、してはいけないの。わかるでしょう?」
悲しげにいうリルアーに、ロジャードは、そうだね。と言葉を返した。
『なんだと?!』
突如、廊下からリビングに聞こえた、エルウィスの動揺した声。
二人は顔を見合わせ、声のした方に向かった。
そこには、王宮に使える人間を象徴する服装をした男と。
男の胸ぐらをつかんだエルウィス。
彼を落ち着かせようとするノエルがいた。
「どうしたんですか、父さん」
「?! ロイド、リルアー……」
ロジャードの問いに、エルウィスは青ざめた顔で近づいてきた。
動揺し、震える彼の片手をリルアーが両手で包む。
「エルー、落ち着いて、ね?」
「あ、あぁ、リル……。さっき、兄貴と、ルーフが毒を、盛られて、倒れた。と、報告が、来たんだ」
エルウィスの途切れと途切れの言葉に、ロジャードは固まってしまった。
そして頭で、黄昏の中。
意味深に微笑み、馬車に乗り込むルーフの姿が思い起こされた。
「二人は無事?」
「……なんとも言えません。ただ、陛下が公爵様を呼ばれておりました故」
ロジャードの問いに、申し訳なさそうに使者は答え、唇を噛んだ。
「兄貴が……俺を?」
「はい。……侍医が、呼んできておいたほうが良いと」
エルウィスの言葉に、唇を噛み、顔を歪めていた使者はそう告げた。
この報告を聞いた三人は、青ざめ、すぐに城へと馬車を走らせた。
ロジャードたちは城に着くや否や、王の部屋をめざして駆け出した。
彼らとすれ違う使用人たちは、血相を変え、廊下をかける三人を唖然として見送った。
「ロイド、お前はルーフの傍に。リルは妃殿下とアンの傍に居てやってくれ」
足を止めず、それだけをいうと、エルウィスは王がいると言われた部屋に向かった。
その後、ロジャードはリルアーにルーフの部屋を聞き、ルーフの部屋に向かう。
リルアーに聞いた通り進むと、衛兵に守られた部屋を見つけた。
彼女の説明通りならそこがルーフの部屋である。
ロジャードは衛兵に問う。
「ここがルーフ、いや、ルファネス王子の部屋か?」
「貴様、何者だ!」
「申し訳ないが、許しの無いものは入れるなと言われている」
傲慢そうな衛兵と、冷静沈着そうな衛兵がロジャードに剣を突きつける。
「チッ……邪魔だ。今すぐそこをどけ」
ルーフの様子が心配で、様子を早く確認したいロジャードは舌打ちし、威圧的に言い放った。
衛兵二人は彼の威圧感にたじろぐも、剣を下そうとしない。
ねじ伏せようにも武器を持たずに飛び出してきたロジャードは、こうしている間にルーフの命が削られている事実に苛立ちを覚えた。
「邪魔だと言ったのが聞こえないのか?」
ロジャードの纏う威圧感がより一層増し、彼は地を這う程低い声音で言った。
衛兵らは質問に答えない彼に、傲慢そうな方の衛兵がロジャードを敵とみなし、切りかかった。
彼はそれをするりと躱し、衛兵が剣を握っている方の手を思いっきり蹴り上げた。
これによって衛兵が握っていた剣が宙をまい、大理石の床にけたたましい音を立て、落ちる。
ひどく驚く衛兵二人。
彼らの驚愕の表情を見て、ロジャードの苛立ちをおさめ、冷静になる。
そして、ふと考えた。
次期国王の部屋の前に、衛兵がたった二人。
扉の奥に二人居る気配。
それ以外に、一人。
これはおそらくルーフで、それ以外に気配はない。
つまり、この二人は相当腕がたつ人物だということ。
「……安心しろ。従弟の様子を見に来ただけだ。危害は加えない」
なんとなく気まずくなったロジャードは、首をすくめ、『ルーフ』とは言わず『従弟』という。
「従弟? もしや、セメロ公爵様の……」
「あぁ。で、そこをどいてくれるか?」
「で、ですが――」
「そんなに心配ならついてくれば良い。俺が何かしそうだったら切り捨てればいい」
動揺する衛兵は、彼の言葉に二人は顔を見合わせ、冷静沈着そうな方が、わかりました。と頷き、扉の前からどいた。
ロジャードは扉を開け、前室に足を踏み入れる。
そこには二人の衛兵が居た。
「危険だと感じ次第、切り捨てます」
どうやら彼らは廊下でのやり取りを聞いていたらしく、ロジャードに言うと、剣に手をかけたまま後ろをついて来る。
(後ろをとられると、さすがに怖いな)
ロジャードは苦笑して、寝室の扉を静かに開ける。
薄暗い室内。
ルーフがいるベットに近寄った。
そこに横たわる彼は、当たり前だが、昼間のような化粧をしていないため、彼のそばかすが姿を現していた。




