第九話
――太陽が真上に来た昼時。
レティによって、手のひらの形に左頬のを赤くしたロジャードは、二人の授業をいったん切り上げた。
そのため、こうして五人は食堂で食事をしている。
「執事。今日は父さんも母さんも見かけていないのだけど、何かあったの?」
「何か、という程ではないかと思いますが、旦那様は朝早くからお仕事に。奥様は、王妃様とのお約束があるとのことで、お迎えの馬車で宮殿へ向かわれました」
ロジャードの問いに、すぐそこに控えていたノエルは淡々と答えた。
そう。といって、ロジャードはノエルを見る。
「ありがとう。執事はまだ仕事が残っているんでしょ? ここはいいから、そっちに行っておいでよ」
「ですか、頬を――」
「平気。大丈夫だよ」
「……はい、失礼いたします」
頬を冷やそうとするノエルを制し、微笑む。
彼が遠回しに、席を外してほしいといったため、ノエルが扉に向かう。
その背に、食事が終わったらベルを鳴らすから。と、ロジャードは手元のベルを指さす。
ノエルは振り返り、畏まりました。頷き、頭を下げ、退室していった。
「で、なんだルーフ。言いたいことがあるんだろ」
いらだちを隠そうとしないロジャードに、ルーフは楽しげに笑う。
「いやぁ。ただ、二時間立つが見事に赤いままだなと思ってな」
「だまれ」
鋭くにらむ。
しかし、女性のように編まれた髪型のせいで台無しである。
「てかさ、本人の前で言っちゃ駄目じゃね? そういうことはな、影で言って笑ってやるもんだ」
ニヤニヤしながら言い、ルーフは哄笑した。
――ヒュン。
小さく空気を切る音がし、続いて金属同士がぶつかる音。
そして、床に金属が落ちる音がした。
「チッ、外したか……」
「ちょっ、レティ! フォークは投げる物じゃない、肉とかを刺して口に運ぶ物だ!」
フォークを投げたが、ルーフにはじき落とされたため、舌打ち共に悪態をついたレティ。
ルーフはそんな彼女を叱る。
しかし、彼女に反省の色は皆無。
そのかわり、黒い微笑みを浮かべていた。
「ふふ。刺す物だよねぇ」
「だ、だからって人間刺しちゃダメだろ!!」
彼はレティの底知れぬ恐ろしさに、尻込みした。
「え……? あなたのどこが人間ですって?」
「すべてだ、すべて! 俺は人間!!」
レティは、彼の言葉にひどく驚いたような表情をして見せ、それにルーフは猛反論。
二人は空が黄昏に染まるころ、ようやく機嫌を直した。
リルアーを屋敷まで送り、ルーフとアンを迎えにきた、タイミングの良い馬車。
ルーフはそれに乗る直前、ロジャードに耳打ちした。
『気をつけろ。東の国境付近で、不穏な動きが確認された』と。
いきなり言われたロジャードは困惑した。
それが何に関係があるのだろうか、と。
彼がそう考え込んでいるうちに、馬車は行ってしまった。
「ルーフは何が言いたかったのでしょう。どう思われますか、父さん」
その日、夕食前にノエルに許しをもらい、髪を下したロジャード。
彼は誰よりも先に、食事を食べ終わり、エルウィスに問う。
昨夜の考え通り、エルウィスはひどく落ち込んで、何より眠そうだった。
そうとうノエルに説教されたのだろう。
彼の目にはクマが出来ていた。
「ん~、そうらね……」
「父さん、僕の話聞いていますか?」
「ん~きいてりゅよ~」
こくりこくりと舟をこぎつつ、呂律の回らない口で返事をするエルウィス。
実は彼、一晩中ノエルに説教され、やっと終わった。と思ったころに緊急の招集で、そのまま軍に出向いたのである。
もちろん、ロジャードは知らないが、なんとなく予想はついていた。
「ロイド。エルーはお仕事で疲れているのよ。きっと」
「母さん……そうですね、父さん疲れているんですよね」
睡魔に襲われながらも食事をする、エルウィスを二人は見つめ、朗らかに笑みを浮かべる。
妻と息子に温かく見守られて、エルウィスはソースのついた最後の肉を口に入れた。
――カラン、ガチャン。
力尽きたエルウィスが手にしていたフォークが床に落ちた。
それに続いて、社交界の女性をにぎわせた整った顔が、皿に残ったソースにおちてソースまみれになった。
「…………はぁ……母さん。あれ、どうするんですか?」
「あ、あははは」
エルウィスを指さし、呆れるロジャードと笑うしかないリルアー。
執事は頭を抱え、小さくため息をついていた。
もう一枚行きます。




