第8話 砕けろ
ひびが枝を伸ばすように広がっていく。
岩の板がぱらぱらと欠け落ちた。その奥で赤い光がまたたく。
子どもの頭ほどもある石だった。並の岩食いの魔石の何倍もある。内側から心臓のように脈を打って光っている。
魔石だ。
岩の板の奥で小さな目が動いた。岩の巨体がみしりと鳴る。
もう、もたない。
「今よ!」
リタが女王の首から跳びのいた。
俺は赤い光だけを見た。
「砕けろ」
赤い石の表面にひびが一筋走る。
一拍おいて赤い石はガラスのように砕け散った。
光が、消えた。
同時に体の芯から最後の熱が引きずり出されていく。大きな石だった。俺の中に残っていたものを根こそぎ持っていかれる。
女王の体から力が抜けた。前足が折れ、巨体がゆっくりと横に傾いていく。岩の鎧が継ぎ目からはがれて、がらがらと崩れ落ちる。
ずうんと。
最後の地響きのあと岩場はしんと静まり返った。
土ぼこりがゆっくりと晴れていく。崩れた岩の鎧の中で女王はもう動かない。はがれた鎧の下からのぞく体は二階の岩食いと同じ、くすんだ灰色だった。
少し離れたところにリタのドローンが浮かんでいる。赤いランプはついたままだ。今のも全部映っていたのだろう。
……終わったのか。
そう思った時にはもう地面が近づいていた。
膝が体を支えていない。指の先まで氷のように冷たい。魔力を最後のひとしずくまで持っていかれたらしい。
倒れる――その寸前で肩をつかまれた。
「ちょっと!」
リタだった。前のめりに倒れかけた俺を正面から受け止めている。
「……悪い」
「重いのよ、あんた」
そう言いながらリタは俺を離さない。俺の肩をつかむ指が小さく震えていた。
「……無茶しすぎなのよ、バカ」
声まで震えている。
怖くなかったわけが、ない。女王の頭に跳び乗った時も、こいつの指はきっと同じだったはずだ。
「お前もな」
言い返すとリタはふんと鼻を鳴らした。それから俺を岩の床にそっと座らせて横から背中を支える。
そのままふと、崩れた女王のほうを振り返った。
「……って、魔石、粉々じゃない! 女王の魔石よ⁉ いくらになったと思ってんの!」
「……ほかに、手があったかよ」
「……ないわね」
リタが吹き出した。つられて俺も少しだけ笑う。
笑いがおさまるとリタはちらりと自分のドローンを見上げた。
「……撮れてるわよね、今の」
そこを気にするのか。女王の首の上で命がけで重さをかけていた、そのすぐあとに。まあ、こいつらしいといえば、こいつらしい。
それにしても、と思う。
二人で同時に言えばあんな化け物でも止まる。俺一人の言葉ならひと息ももたなかったのに。あれは一体何なんだ。
リタもさっき「なんで消えるのよ」と叫んでいた。分からないのは俺だけじゃない。
岩場の奥の岩陰からニールが出てきた。女王が入り口の側へ回ったすきに、盾を背負い、エリザを抱えてあそこまで下がっていたらしい。今はエリザに肩を貸してこちらへ歩いてくる。
エリザは右の足を引きずっていた。額には血がにじんでいる。金色の髪も砂まみれ。それでも背筋だけはぴんと伸ばしていた。頭の上には白いドローンが浮かんでいる。こちらも赤いランプがついたままだ。
エリザは、崩れた女王を見上げた。それからリタと、リタに支えられた俺を見る。
「……歴史に残るわ、これ」
「当たり前でしょ!」
リタが俺の背中を支えたまま胸を張った。
「これで、貸し一つね」
エリザの眉がぴくりと動いた。
「……すぐに、お返ししますわ」
ニールがエリザを支えたまま深く頭を下げる。
「ありがとうございました。本当に」
その背中の丸い盾には女王の前歯の跡が何本も白く刻まれていた。あと少し遅れていたらと思うとぞっとする。
下の階へ続く通路のほうが、にわかに騒がしくなった。
オレンジ色の上着を着た一団が岩場になだれ込んでくる。救助隊だ。思ったより早い。
先頭の隊員が女王の残骸の前で足を止めた。後ろの隊員たちも次々に立ち止まる。
隊員の目がエリザとニールに向いた。
「これを……お二人で……?」
「私と、私の補助でね」
リタが得意げに言う。隊員は我に返ったように声を張り上げた。
「……けが人は!」
「こちらですわ。わたくしと――」
エリザがちらりと俺を見た。
「そちらの、補助の方も」
隊員の一人が肩の無線に口を寄せた。
「三階の岩場、イレギュラーの討伐を確認。……岩食いの、女王です」
別の隊員が俺の前にしゃがみ込んだ。顔をのぞき込んで、すぐに後ろを振り返る。
「魔力切れだ! 担架を回せ!」
リタの腕が俺の顔のすぐ前にあった。画面の中をコメントが滝のように流れている。
画面の端の数字が目に入った。
同接、五十二万。
>勝った
>女王倒した⁉
>補助と二人で⁉
>エリザ様の配信、反対側から全部映ってたぞ
>作り物とか言ってたやつ息してる?
>疑ってすまんかった
>手のひら返しで草
>歴史に残るわ(エリザ様公認)
目立たずに一年を終わらせるはずが、補助になって三日目でこれだ。
リタが何か言っている。
聞き取ろうとしたが声が遠い。目の前の赤い髪がにじんでいく。
そこで、俺の意識は途切れた。
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