第22話 一番ダンジョン
「特別班の決まりは、三つだ」
ゆうべ本部の建物の前で待っていた九条は俺の顔を見るなり、そう言った。
「命令に従え。考えるな。配信の前では、黙っていろ。口を開いていいのは、私が命じた時だけだ」
ここへ来るまでに電車を二本乗り継いだ。腕を前に引かれたまま、つり革にもつかまらずに立つ男を、乗り合わせた客が気味悪そうに見ていた。九条の前に着いたとたん腕を引く力はふっと消えた。
「……俺は、何をすればいいんですか」
「考えるな、と言った」
それで話は終わりだった。
協会本部は都心の大通りに面した見上げるほど高い建物だ。通されたのは上のほうの階の小さな部屋。ベッドと机が一つずつ。窓はあるがはめ殺しで開かない。
横になっても、アパートで聞いたリタの声が耳から離れなかった。十日で、うちの無資格を取り返す――物じゃないんだぞと、コメントと同じことを思った。少しだけ、笑えた。
~~
けさは九条のあとについて、その建物の昇降機で地下へ下りた。
扉が開くとそこはもう、一番ダンジョンの広間だった。
広さは七番の広間と変わらない。だがどこにも岩肌が見えなかった。壁も天井も白く塗り固められ、床は平らにならしてある。天井の明かりは一つも欠けずに並んでいた。「受付」「昇降機 二階から下」と案内板があちこちに立っている。
作業員が岩を削ってつないだ七番の道とはまるで違う。二十年かけて本部が整えたダンジョンだ。
つい壁に指の節を当てていた。岩の上に分厚い層が塗り重ねてある。継ぎ目も見えない。金も手間も惜しまない仕事で、七番の現場では見たこともなかった。
「おはようございます、黒瀬迅さん」
広間の奥で白石さんが待っていた。胸の前にタブレットを抱え、そばでは広報の若い男が二人、紺色のドローンを浮かべている。九条の後ろには黒い装備の隊員が三人。
式典の日に比べて白石さんの声は小さかった。
「今日から、特別班のお仕事は、私たち広報が配信します。一番ダンジョンの中で配信できるのは、本部の公式配信だけなので」
白石さんは昇降機のほうへ目をやった。
「深い階は、特別班だけが入れる区域です。今日のお仕事は、浅い階ですけど」
白石さんのタブレットに配信の題が出ていた。
『【本部公式】特別班の切り札、初出動 一番ダンジョン二階』
切り札。俺のことらしい。
思わず白石さんの顔を見た。
「……題は、上からの言いつけで」
白石さんが目を伏せて言った。
昇降機で下りた二階の通路も、白い壁が続いていた。九条は一度も振り返らない。俺はその三歩後ろを歩く。端末から十メートルより離れれば、俺の言葉には何の力もなくなる。
通路の先の広くなったところで九条が足を止めた。
白い壁に灰色の影が三つ張りついていた。
トカゲに似た魔物だ。頭から尾の先まで俺の背丈の半分ほど。背中にはのこぎりの歯のような背びれが並んでいる。七番では見たことがない。
「補助。止めろ」
三つの影をまとめて目に収める。
「止まれ」
三匹が壁に張りついたまま固まった。体の芯がすっと冷える。
九条が腰の剣を抜いた。柄まで黒い剣だ。刃のまわりで空気が低くうなりはじめる。
九条はその場で剣を横に振り抜いた。
風が、刃の形のまま飛んだ。十歩は先の壁で三匹の魔物が胴からまとめて斬り分けられる。
隊員たちが黙って死骸の片づけにかかった。
九条が剣を腰に戻す。こちらは見もしない。
「それでいい。補助は、止めるだけでいい」
ほめられたのでは、ないのだろう。よく切れる刃物を確かめただけの声だった。
「九条班長の剣が、魔物三体を、一振りで斬り伏せました!」
ドローンに向かって白石さんが声を張った。用意された文を読み上げる声がどこか硬い。
止めたのは俺で、斬ったのは九条だ。手柄は監督のものになる。最初の審判のあと廊下でリタが言っていたとおりに。
俺の言葉は九条の剣の下ごしらえにすぎない。
白石さんがタブレットを抱え直した。画面がちょうど俺に見える向きになる。
公式配信の映像の下の三分の一ほどをコメントが埋めていた。
>今止めたのニキだろ
>止まってから斬ってるよな
>手柄の付け替えで草
>九条さんは普通に強い
>ニキ返せ
……見ている連中はちゃんと見ている。
「広報」
九条の声が白石さんの背中を打った。
「余計なものを、補助に見せるな」
白石さんの肩が小さくはねた。タブレットが胸のほうへ引き寄せられる。
~~
昼すぎに広間へ戻ると、九条が昇降機の横の掲示板の前で足を止めた。
「見ろ」
あごで示された紙は真新しかった。
特別班、公開の討伐。一番ダンジョンの深い階で大物を討つ。招かれた配信者は特別班の付き添いで深い階に入り、その日に限ってその場で配信してよいとある。日付は六日後だった。
招く配信者の名が並んでいた。エリザとニールの名もある。
その中に、赤城リタ。
どこのダンジョンでも深い階に入れるのはAランクからだ。まして一番ダンジョンの深い階は特別班だけの区域になる。Bランクのリタが入れるのは、特別班の付き添いがあるその日だけだ。
「元の監督も、呼んである」
九条は紙から目を離さずに言った。
「補助が誰の手の中にあるか、自分の目で見ればいい」
補助を取り上げられた元の監督を生配信の前に呼びつける。本部はリタを見せ物にする気だ。
公開の討伐は六日後。
審判まで、あと九日。
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