第19話 答え合わせ
「やはり、置いておいて正解でしたわね」
ニールを連れてエリザが駆け寄ってきた。道具箱のふたを開け、丸い機械を両腕で抱え上げる。
ニールが差し出したタブレットに、エリザはその機械を細い線でつないだ。指が画面の上を走る。それからタブレットを頭の上の白いドローンへ向けた。エリザの配信は式典の初めから続いている。
「皆さま。これより、舞台の下に置いておいたドローンの録画を、お見せいたしますわ」
大きな画面の下の机で白石さんが顔を上げた。手もとの小さな画面とエリザを見比べる。それから机の上の機械に震える指を伸ばした。
大きな画面がぱっと切り替わった。
映ったのは薄暗い場所。低い天井の板の継ぎ目から細い光が何本も差し込んでいる。舞台の下だ。画面の隅の時刻はけさの七時すぎ。
黒い幕のすそがめくれて白い光が差し込んできた。作業灯を手にした灰色の作業着の男が、はうようにして入ってくる。一人、また一人。後ろの一人はあの見張りの男だった。
男たちの向かった先にあの木箱があった。本部の封はまだ破れていない。
一人が箱の横から太い線を引き出して舞台の電源につないだ。箱の横の小さな明かりが赤くともる。もう一人が箱の板のすき間に顔を寄せる。すき間から青白い光が細くこぼれた。
めくれた幕のすそにもう一つ、顔がのぞいていた。
目尻にしわを寄せて箱の中の光を見つめている。腕時計に目を落とし、男たちに何か言った。声は板にこもって聞き取れない。
氷室だった。
広間に残っていた人たちの目がいっせいに大きな画面の横へ向く。
氷室はそこに立っていた。いつもの笑みを顔に貼りつけたまま。
俺の肩を支えているリタの腕の画面をのぞき込む。
>氷室おるやん
>けさ温めてるの本部じゃん
>泥棒が隠したって話どこいった
>本部の箱を本部の部長が温めてて草
「白石君」
呼びかける声はいつもと同じに穏やかだった。
「画面を、切りなさい」
白石さんの肩がびくりと揺れた。機械の上で指が止まる。
隣にいた支部長が、握っていたマイクを黙って白石さんの前に置いた。
白石さんはそのマイクを両手でつかんだ。
「……切りません」
小さな声が広間じゅうのスピーカーから流れた。
「さっきの館内放送は、広報が出したものじゃありません。私、あんな放送のこと、何も聞いていません」
「卵がかえって、すぐだったわよね」
俺の肩に手を置いたままリタが声を張り上げる。
「誰も何も確かめてないうちに、無資格の名前も、隠した場所も言ったじゃない。前から、文ができてたってことでしょ!」
あの放送を聞いた時、俺の頭にも同じことが浮かんでいた。コメントもそう言っている。
>放送早すぎね?って言ってたやつ正解じゃん
>文が先に用意してあったってこと?
>最初から仕組まれてたのかよ
「標本は、けさ、舞台の下で見つかったのですよ」
氷室の声は少しも乱れていなかった。
「冷えれば死んでしまう、大事な研究用の標本です。ですから、温めておくよう命じました。それだけのことでございます」
「じゃあ、なんで無資格が隠したなんて放送したのよ!」
「黒瀬さんがあの部屋にいたと言ったのは、権藤君です」
氷室はほほえんだまま首を少しだけかしげた。
「私は、権藤君の話をもとに、判断したまでで――」
「言いました」
低い声が氷室の言葉を断ち切った。
舞台の袖から権藤が歩いてくる。紺の制服が土ぼこりで白くなっていた。
「黒瀬と赤城があの部屋にいたとは、確かに申し上げました。ですが、盗んだとは、一言も申し上げておりません」
権藤は氷室の前で足を止めた。
「二人は、手に何も持たずに部屋を出ました。私があとから出た時も、石は並んでいました。支部長室で、そうお話ししたはずです」
「私も、その場で聞いています」
大きな画面の下から支部長が言い添えた。
「それに、けさ見つかった、だと?」
班長が道具箱の横から一歩出た。
「盗みがあったっていう晩、俺たちが仕事をしまう時には、その箱は影も形もなかった。それが次の朝には、もう舞台の下にあった。持ち上げかけたら、温かかった」
太い指が氷室に向けられる。
「触るなと俺を追い払ったのは、あんたのとこの連中だぞ」
氷室の目尻のしわが、ほんのわずかに浅くなった。
「……いずれにせよ、その録画は、本部で預からせていただきます」
氷室がエリザのほうへ一歩踏み出す。
その前に、支部長が立った。
「お断りします、氷室部長」
眼鏡の奥の目がまっすぐ氷室を見すえている。
「その録画は、エリザ君の持ち物です。それに、今も何百万という人が見ています。続きは、本部の調べでお話しください」
氷室の口はもう開かなかった。笑みだけが顔に残っている。
リタの腕の画面がまた勢いよく流れた。
>支部長つよい
>何百万人見てると思ってんだ
>笑顔のまま固まってて草
権藤がこちらを向いた。
床に座り込んだ俺と、肩を支えるリタをしばらく黙って見下ろしている。
「……あの枠を浮かせたのは、お前か」
「赤城と、二人でです」
権藤の目が沈んだ舞台に移った。割れた板の間に測定器の白い台が斜めに沈んでいる。その目がまた俺に戻ってきた。
「……仕掛けは、なかったな」
ぼそりと言う。
「お前の力が本物だということは、認める」
俺の肩の上でリタの手がこわばった。
「だが、測定値はゼロだ。値に届かん者を、実技には進ません。規則は規則だ」
「知ってますよ。十二回、聞きましたから」
権藤の返事はなかった。背を向けて入り口のほうへ歩いていく。
「何なのよ、あれ! 助けてもらっといて!」
リタが紺の背中に向かって声をとがらせた。
その入り口のほうが急にざわついた。
人の流れがようやく引いたのだろう。黒い装備の一団が広間に入ってくる。本部の特別班だ。先頭を、腰に長い剣を下げた男が歩いていた。
だが動いている子はもう一匹もいなかった。床に転がった死骸のほかにまだ息のある何匹かを、残った探索者たちが上着でくるんで押さえている。
隊員たちが構えたものの下ろしどころに困ったように足を止めた。先頭の男が手を一振りすると、散って死骸の片づけにかかる。男だけが、倒れた枠も沈んだ舞台も、足を止めずに見て回っていた。歩き方だけで分かった。リタやエリザよりずっと上の探索者だ。
リタの腕の画面にもすぐにコメントが流れる。
>特別班いまさら
>全部終わってるが
>特別班がまもなく当たります(終わってる)
「ちょっと、見て!」
リタが俺の目の前に左腕を突き出した。
画面の隅で同接の数字が跳ね上がっていた。百五十万。
>一位
>料理ニキ抜いた!
>同接一位おめでとう!
>目標達成
>20年式典で一位は歴史に残るわ
顔を上げると大きな画面の端の順位でも、一番上の行に赤城リタの名前があった。
「一位よ、一位!」
リタが俺の肩を揺さぶる。体じゅうがきしんだ。
「……わたくしの録画ですのに」
エリザがぷいと横を向いた。その後ろでニールが小さく笑っている。
ふと目の前に影が差した。
あの剣の男が俺を見下ろしていた。黒い装備に本部の腕章。腰の剣は柄まで黒い。
男の目が俺の顔から左の手首へ動く。腕輪の上で止まった。
「測定ゼロの、補助か」
低いよく通る声だった。
「うちの無資格に、何か用?」
リタが俺の前に半歩出る。男の目は腕輪から動かなかった。
「……もったいないな」
男はそれきり背を向けた。大きな画面の横の氷室のほうは見もしない。黒い背中が入り口のほうへ遠ざかっていく。
もったいない――あの声が、耳の奥に残っていた。
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