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人生は何が起こるかわからない。
今日と同じ明日が来る保証なんて、どこにもない。
そんな事はこのロワイスの村に住む者なら、誰もが知っているだろう。
何しろここは、竜の棲む山のふもとにある開拓村だからだ。
我々は、竜の気まぐれに生かされている。
もし竜が何かの拍子に我々の存在を邪魔に思えば、あっという間に消し炭にされてしまう。
だがそれでも、我々はここで生きるしかない。
明日が平穏であると信じて、今日を懸命に頑張るしかないのだ。
この場所を切り開いて村を創ったその日から、覚悟を胸に生きてきた。
もちろん、この場所に住む事のメリットもある。
例えば、竜の存在を恐れてこの辺りには強い魔物が現れない。
強い魔物がいない事で、それらに捕食されずに済む弱い魔物は寧ろ多いが、それらは人間にとって深刻な脅威にはならないし、寧ろ狩りの獲物として手頃でもあった。
また竜を恐れて近付かないと言えば、人間の税務官も同じくだ。
一応は税を取り立てに来るが、竜の怒りを恐れ、あまり念入りな調査には来ない。
故にこっそりと田畑を広げておけば、収穫量を誤魔化すのは容易かった。
尤も商人すら村にやって来ないので、その収穫を売って物を買うには、自分達で町までそれを運ぶ必要があるのだけれども。
まぁ、それだけ竜は誰にとっても恐ろしい存在だという事である。
だからロワイスの村の誰もが、当然ながら村長である私も含めて、竜の気まぐれが今日も、明日も、我々を見逃してくれるように願いながら生きていた。
けれども、まさか、こんな事になるなんて。
それは小麦の収穫を終えたばかりの日の事だった。
ロワイス村では小麦は、税の支払いと、町へと売る為に育てて収穫をしている。
この辺りは比較的温暖な気候の為、冬の始まりに種をまき、夏の始まり頃に麦刈りを行う。
村で主食となるのは大麦で、こちらの収穫は翌月頃だ。
村人が総出で小麦の実を落とし、袋詰めにする脱穀作業の最中に、村を大きな影が覆った。
それは空を飛ぶ竜が地に落とした影で、竜は村の上空をぐるりと一周すると、村の中央へと降り立つ。
収穫の喜びは、竜の襲来という恐怖に一瞬で塗り潰されてしまう。
……だが不思議な事に、私も含めて、村の誰もが我先に逃げ出したりはしなかった。
空を飛ぶ竜を相手に逃げても無駄だというのもある。
また仮に逃げ延びたとしても、どこに行けばいいというのか。
他に行く当てがないから、我々はここを開拓して住んでいるのだ。
ましてや、収穫したばかりの小麦を置いて逃げたところで、遠からず飢え死にが待っている。
ならば万に一つ、竜に話が通じる事を願って、命乞いをした方がマシだろう。
仮に話が通じなかったとしても、竜の炎に焼かれて一瞬で死ぬ方が、飢えて死ぬよりも苦しみは少ないように思うし。
我々は、或いはいつかこの日が来るかもしれないと、そう覚悟してここで生きてきたから。
「山に棲む偉大な赤き竜よ。何の御用でこの小さな村に参られたのでしょうか」
私は村長としての責任を果たす為、皆よりも一歩、竜へと近づいて、そう問いかける。
もちろん恐怖は感じてた。
だが、これでも40年は生きた身だ。
少なくとも女子供や、若い衆より後に死ぬ訳にはいかない。
すると竜は大きくて長い首をググっと私に近付けて、マジマジと私を見てから
「はっはっはっ、そう、俺は偉大な竜、グラファールだ。この辺りは俺の縄張りであるが故、この村は俺の領地である。今日より領主として、この村とお前らを治めよう」
カラカラと笑って、我々に向かってそう宣言した。
……は?
竜が我々の領主になる?
一瞬、私には竜が何を言っているのかわからなかった。
いや、まぁ、ありがたい事に竜は話が通じるようだから、言葉自体はわかるのだけれど、予想外過ぎて理解が追い付かなかったというのが正しいだろうか。
だがそれでも、理解しなければいけない。
今、この村がどうなるかは、竜の気持ち次第である。
もちろんそれはこれまでもそうだったが、それは単に生き死にのみの問題だったし、その竜の気まぐれに干渉する手立てはなかった。
しかし今は、単なる生き死にの枠を超えて竜は我々に関わろうとしていて、私は言葉によって竜の気持ちに僅かであっても干渉する事ができそうだったから。
「一つ、確認をしたいのですが、グラファール様は領主と仰いましたが、それは貴族の領主という意味でしょうか。それともこの地を治める王になられるのでしょうか」
私は竜に問い掛ける。
領主になるの一言だけでは、この竜を理解するには全く足りない。
「……ふむ、その違いがよく分からんが、俺はどっちでもいいぞ。ならお前が選んでいい。お前は貴族か、王、俺のどちらになって欲しい?」
けれども竜の答えは、私の想像を簡単に超える。
どちらでもいいから、私に選べだと?
竜は思った以上に私の話に聞く耳を持っていて、そして人間の世界の事はあまり知らないらしい。
「王となる道を選ばれると、恐らく王国と揉めましょう。この村に王国と戦う力はありませんし、それどころかグラファール様が王国と戦う巻き沿いで、簡単に滅びてしまうでしょう」
恐らく竜は理性的だった。
なので私は、王になった場合のデメリットを説いてみる。
正直、メリットはわからない。
何しろまだ、竜が何を重視しているのかがわからないからだ。
すると竜はグルグルと唸ってから、
「そうか、それは困るな。ならば貴族になる事を選ぼうか」
私の言葉一つであっさりと貴族になる事を選ぶ。
どうしてだかは知らないが、この村に一定の価値も見出してくれている様子。
ならば或いは、この竜を人の枠に嵌める事ができるのではなかろうか。
「貴族として領主になるなら、王国に爵位を与えて貰い、この地の統治権を得る必要があります。今もこの村は王国から統治を任された領主に税を納めておりますので、グラファール様が統治権を得て下さらなければ、二重に税を納める事になります。そんな余裕は、この村にはありません」
竜が人の枠に嵌ってくれるなら、私も竜を理解しやすくなる。
人の枠の中でなら、何が利を生み、何が不利益となるのかもわかり易い。
例えば竜が領主であろうと望むなら、その一つにはこの村から税収を得るというのも含まれるだろう。
実際、この村から竜が満足するような何かが得られるとは思えないが、或いは税を得るという事そのものに意味があるのかもしれない。
それこそ、子供がままごとで泥団子を作って喜ぶように、領主の真似事に価値を見出しているんじゃないかと、そんな風に思えたのだ。
「わかった。ではひと飛びして、王国から爵位とやらを貰って来よう。もしも俺の領民になるのが嫌な奴がいたら、その間に逃げていいぞ。そこの麦があれば、他所の土地に行くまでは生き延びられるのだろう?」
やはりあっさりとこちらの言葉を受け入れる竜。
しかも希望者はここから逃げ出していいとさえ口にする。
尤もそれは、どこに行っても生きていける強さを持つ竜らしい物言いで、他の土地に行ったところで生きる術のない人間を理解しているとはとても思えない物だったが。
いいやそれでも、竜が示したのは間違いなく寛容さ、優しさと呼べるものだろう。
「あぁ、但し、さっきから俺と話していたお前、お前は駄目だ。俺はお前が気に入ったからな。お前は俺の家令にするぞ。今日からお前はセバスチャンを名乗れ」
ただその逃げていい者の中に、私は含まれてないらしい。
私は村長として、村を代表して話していただけなのだけれど……、それの一体どこが竜のお気に召したのか。
とはいえ、どうせ逃げる気はなかったのだから、私を気に入ってその言葉を聞き入れてもらい易くなるなら、それは好都合というものだった。
「……セバスチャンですか。かしこまりました。では旦那様、どうか、王国との話し合いの際には、村の開発の支援を要求してきてください。今後の役に立ちますので」
私が不器用ながらも一礼してそう言えば、竜は何とも満足気に頷き、ばさりと翼をはためかせ、王都の方へと飛び去った。
この後どうなるかは王国の対応次第だが……、最初の接触時に争いが起きなければ、恐らく話し合いは上手く行き、王国はこの村を竜が統治する事を認めるだろう。
王国にとっても、竜の存在は長く脅威として認識されている。
その脅威が村一つを与えるだけで王国に恭順するなら、場合によっては味方として使える可能性すらあるのなら、認めない理由がない筈だから。
にしても、セバスチャンか。
まさか竜から名を与えられるなんて思いもしなかった。
話してる間はずっと生きた心地がしなかったけれど……、それでも竜が村を無碍に扱わず、きちんと統治してくれるなら、家令として仕えるくらいは悪くないかもしれない。
竜が一体、家令をどういうものだと考えているのかが不明な辺りは少し怖いが、それでもまずは家令として、主の無事の帰還を祈るとしよう。
万一、竜が王国に討ち取られてしまえば、竜という脅威のなくなったこの村からは、間違いなく以前よりも税が取られるようになるだろうし。
私はパンパンと手を叩き、逃げたい者以外は脱穀作業を続けるようにと促した。
我々は、領主が誰に、何になろうとも、働かねば食べてはいけないのだから。
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