第27話「勇者」
村の外に、ひとり立っていた。
鎧は手入れされている。
剣は磨かれている。
姿勢も、隙がない。
勇者だった。
風が吹く。
草が揺れる。
目の前には、静かな村。
「……ここか」
小さく言う。
噂は聞いていた。
静かな村。
戦わない場所。
何もしない中心。
意味は分からなかった。
だが、無視はできなかった。
勇者は一歩踏み出す。
村に入る。
人がいる。
動いている。
だが。
緊張がない。
誰も警戒していない。
誰も構えない。
勇者を見る者もいる。
けれど、特別な反応はない。
軽く頭を下げる者もいる。
それだけ。
勇者は歩く。
音が、少し大きい。
自分の足音だけが、目立つ。
井戸が見える。
その周りに人がいる。
間がある。
空いている場所。
その中心に、ひとり。
座っている。
動かない。
話さない。
ただ、いる。
勇者の足が止まる。
「……あれが」
小さく呟く。
近くにいた村人に視線を向ける。
「あの人が、そうなのか?」
村人は少し考える。
「まあ……なんか……」
曖昧に答える。
はっきりとは言えない。
だが、違うとも言えない。
勇者は、もう一度ユルを見る。
何もしていない。
構えもない。
力の気配もない。
それでも。
近づきにくい。
理由は分からない。
勇者は一歩進む。
足が、少しだけ止まる。
さらに一歩。
距離が縮まる。
ユルは、目を閉じている。
勇者は口を開く。
「……戦わなくていいのか?」
問いは、真っ直ぐだった。
世界には敵がいる。
倒すべきものがある。
それが前提だった。
村人が、その言葉を聞く。
「別に」
短く答える。
否定でも、肯定でもない。
勇者は言葉を失う。
「だが……」
続けようとする。
言葉が、うまく出てこない。
戦う理由。
守る理由。
進む理由。
どれも、正しかったはずだ。
それでも。
目の前の光景と、噛み合わない。
誰も困っていない。
誰も焦っていない。
それでも、回っている。
勇者は立ったまま、動かない。
剣の重さを感じる。
鎧の硬さを感じる。
それが、少しだけ浮いている。
場に合っていない。
ユルは、何も言わない。
何も否定しない。
何も肯定しない。
それでも。
問いだけが、宙に残る。
戦わなくていいのか。
答えは、ない。
勇者は、ゆっくりと息を吐く。
肩の力が抜ける。
剣に手をかける。
抜かない。
そのまま、手を離す。
少し迷う。
そして。
その場に、腰を下ろす。
何も言わずに。
ただ、座る。
周りの空気と、同じ高さになる。
音が少しだけ減る。
勇者は、何もしていなかった。




