第17話「中心」
午後だった。
日差しは傾き始めている。
井戸の周りには、いつものように人がいる。
少し間を空けて、それぞれが動いている。
旅人は、その外側に立っていた。
視線は、ゆっくりと周囲をなぞる。
人の動き。
声の小ささ。
空いている場所。
そして、ひとつの点で止まる。
井戸の少し手前。
誰も近づかない位置。
その中心に、ひとり座っている。
動かない。
話さない。
ただ、そこにいる。
「……この人が…?」
旅人が小さく言った。
誰に聞かせるでもなく。
近くにいた村人が、そちらを見る。
ユルの方。
「まあ……なんか……」
曖昧な返事だった。
説明はできない。
否定もできない。
「中心、みたいな?」
旅人が続ける。
「……そう、なのかもな」
村人は少しだけ考えて、頷く。
自信はない。
けれど、違うとも言えない。
言葉が、そのまま残る。
中心。
誰も決めていない。
けれど、否定されない。
旅人は、もう一度ユルを見る。
特別なことは何もしていない。
視線も動かない。
それでも。
周囲の空気が、そこを避けている。
自然に、流れが分かれている。
人の動きが、その位置を基準にしているように見える。
近づこうと思えば、近づける。
けれど、少しだけ躊躇う。
理由は分からない。
子供が石を持って近づく。
途中で足を止める。
少し考えて、別の場所に回る。
誰も指示していない。
旅人は、一歩だけ踏み出す。
空いている場所へ。
足が止まる。
何も起きない。
誰も見ていない。
それでも、もう一歩が出ない。
少しして、足を引く。
元の位置に戻る。
「……まあ、いいか」
小さく言う。
納得したわけではない。
ただ、それで済ませた。
ユルは、目を閉じている。
何も聞いていない。
何も見ていない。
風が通る。
音は小さい。
井戸の周りは、変わらず動いている。
ただ、その中心だけが、動かない。
そこに意味があるのかどうかは、誰にも分からない。
それでも。
誰もそこに入らない。
ユルは、何も反応しなかった。




