第1話「何もない朝」
目が覚めたのは、たぶん朝だった。
正確な時間は分からない。知る必要もない。
しばらく天井を見て、何も考えないまま横になっていたが、
その姿勢すら少し面倒になって、ゆっくり起き上がる。
外は明るい。
扉を開けると、空気が少しだけ冷たかった。
晴れているのか、曇っているのか、よく分からない色の空。
ユルはしばらくそれを見ていたが、特に何も思わなかった。
――だから、歩いた。
行き先は決まっていない。
ただ、なんとなく足が向いた先に、小さな井戸がある。
村の中央でも端でもない、中途半端な場所。
人は、あまりいない。
井戸の縁に手をかけて、少しだけ覗き込む。
水面は見えなかった。
どうでもいい。
ユルはそのまま、井戸のそばの地面に腰を下ろした。
石がいくつか転がっているが、どれも気にするほどじゃない。
背中を壁に預ける。
風がある。
何かが遠くで動いている音がするが、ここまでは届かない。
――少し、目を閉じる。
開ける理由がないから、そのままにした。
「……眠い」
言葉は、誰に向けたわけでもなかった。
返事もない。
それでいい。
少し離れた場所で、水を汲んでいた村人が、その声を聞いた。
振り返るほどではない。
ただ、耳に残る程度の小さな声。
何を言ったのかまでは、はっきりしない。
けれど、なぜかその言葉は、少しだけ気になった。
理由は分からない。
だから、すぐに考えるのをやめた。
「……またこんなところで寝てるの?」
ティアナは、ため息をついた。
井戸のそば。
昨日も、その前も、似たような場所で見かけた気がする。
声をかけても、反応は薄い。
「風邪ひくよ」
返事はない。
寝ているのか、起きているのかも分からない。
少しだけ様子を見ていたが、やがて肩をすくめて立ち去った。
どうせ言っても無駄だ、と知っている。
さらに少し離れた場所で、村長が立ち止まっていた。
井戸の方を見ている。
特に何かをしているわけではない。
ただ、座っているだけの青年。
その様子を、ほんの数秒だけ眺めてから、視線を外す。
何か引っかかるような、引っかからないような。
結局、言葉にはならないまま、村長は歩き出した。
風は、変わらず吹いている。
空の色も、さっきと同じだった。
井戸のそばで、ユルは動かない。
呼吸だけが、ゆっくり続いている。
時間は過ぎているはずだったが、
それを確かめる者はいない。
しばらくして。
特に何も起きないまま、時間だけが流れた。
ユルは、ずっと寝ていた。




