↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第二部開始!】わたしの特技ですか? 整理整頓です。 ~なんでかお城のお偉いさんがたくさん相談しに来るけど、角を揃えただけなので~  作者: 絹田屋
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/43

第三十三話 お城と街でのお仕事


 目が覚めて、天井を見た。

 石でできた天井。お城の控室で、わたしは寝起きしている。継ぎ目の位置は昨日と同じ。


 寝台から足を下ろす。床は冷たいが、足の裏に貼りつく冷たさではない。触れたときだけ冷たいけれど、すぐに温まった。


 春は一日ずつ進んでいる。


 棚を確認した。水差し。壁際、机の端から五センチ。今日も合っている。


 窓を開けた。庭木を数える。十二本。昨日は硬かった芽が、先のほうだけほどけかけている。十二本とも、同じ日にほどけ始めた。


 顔を洗うとさっぱりとする。リーゼ様からもらったクリームを顔と手に塗った。リーゼ様が、仕事を始めるときと、外から戻ったときに塗るのだと教えてくれた。若草を思わせる、自然な香り。


 ……前いたところでは、こういうものを自分でまとうことはあまりなかった。けれどこの香りはとてもいいなと思う。


 棚の上に薄い青の巾着。口を開けてリボンを出し、髪を一本にまとめて巻いた。蝶結び。結び目の左右が揃うまでに、ひと呼吸かかった。


 よし。


 食堂へ下りる。下りるにつれて汁物の匂いが濃くなる。今朝は菜っ葉と豆だった。ブルーノさんが鍋を持って回っている。


「起きたか。まだ冷える日が続くからな。しっかり食え」

「おはようございます。いただきます」


 席を見渡すと、住み込みの人たちで賑わっていた。空いているところに座って、さっそくスープから食べる。

 うん。おいし。豆が柔らかい。パンもふかふかだ。


 食べ終えて、財務官の執務室に帳簿を届けた。

 テルナー様が受け取って、革紐の結び目を見てから机の左に置いた。


「ミーナ殿。今日は街に行く日だったな」

「はい。行ってきます。カティさんのところなので、昼食はご一緒できると思います」

「うむ。妻が待っている。帳簿はこちらで見ておく。それから、内務官のことだが」

「決まったのですか」

「昨日の夕方、城主が面談した。女性だそうだ。よその領地で長く内務をしていたと聞いている」

「お名前は」

「まだ聞いていない。今月のうちに来る」


 内務官の部屋は、年明けから空いている。棚は前の内務官のケスラー様が並べたままだ。


「今は埃だけ払っています。並びは触っていません」

「着任するまでは、そのままでいい。門にヴォルフがいるはずだ。送ってもらいなさい」


 門へ向かっていくと、テルナー様が言っていたとおりヴォルフさんが待っていた。

 剣を腰に、いつもの姿勢で立っている。わたしの顔を見て、顎を城下町のほうへ向けた。


「カティさんのところ、だな」

「はい」


 二人で坂を下りる。

 城から城下町までは歩いて二十分かからないくらい。ヴォルフさんは前を見たまま歩く。話さない。


 仕立屋の角で、ヴォルフさんが足を止める。


「昼までか」

「はい」

「迎えに来る」

「……通り道、なんですか」

「……ああ」


 少し間があった。わたしは笑わないようにした。笑うと、次から来てくれなくなる気がする。


-----


 カティさんは店の前に出ていた。三十過ぎの、腕のいい仕立屋さん。目の下に隈はない。去年の秋とは大違いだった。あの時よりもずっと元気そうに見えた。


「ミーナちゃん。来てくれたわね!」

「はい。衣替えのお手伝いですね」

「そう。裏、見て。ミーナちゃんが整えてくれたときのまま使ってるの。使ってるんだけど……」


 裏の作業部屋に入った。


 左手に裁断台。右手に棚。奥に作業机と椅子。壁に型紙の釘。去年の秋にわたしが決めた並びがそのまま残っている。反物は軸をこちらに向けて下の三段。床から数えて、一段目が厚い布。二段目がこれから裁つ布。三段目が薄い布。その三段の上が中段で、注文の布を木箱に入れてある。いちばん上が上段で、道具。


 仕組みは種だ。人が続けやすい仕組みがあれば、維持しやすい。

 ただ、冬のあいだに反物が増えたみたいだ。厚い冬の反物が三段に溢れて、春の薄い反物が一段目の奥へ押し込まれている。手前は冬の反物でふさがっている。膝をついて奥へ手を入れなければ、春の布が取れない。糸巻きも同じだった。濃い色が前に出て、薄い色が後ろに下がっている。冬の型紙が釘を全部ふさいでいる。


「冬のものも使ってはいるのよ。でも、季節が変わったら上と下が逆になっちゃって」

「そしたら、シンプルに逆に並べ替えてみましょうか」


 ふと、部屋の隅に女の子が立っていることに気づいた。十四歳くらい。わたしと目が合って、ぱっと頭を下げた。


「ああ、そうだ。紹介したいと思ってたのよ。この春から来たの。ロッテというの。仕立ての見習い」

「ミーナです」

「あの、よろしくお願いいたします。話は聞いています。この部屋を片付けた人だって」

「使いやすく並べただけですよ」


 ロッテさんの目が少し丸くなった。


「それじゃあ、まず反物を全部部屋から出しましょうか」

「ぜ、全部ですか!?」

「全部です」


 手順を言いながら。三人で動かしていく。


 反物を全部出したら、廊下に厚いものと薄いものを分けて置く。

 冬の反物が八本。春の反物が五本。冬の八本は一段目へ。春の五本は三段目へ。どれも巻きの端の色が見えるように。二段目が空いた。


 空いた段に手を置いて、カティさんのほうを見た。


「ここは、これから裁断する分でいいですか」


 カティさんが裁断台のほうへ目をやった。


「そうね。今週裁つのは三本だから。入れ替えやすいと助かるわね」


 春の五本のうち三本を、三段目から二段目へ移した。残りは二本。膝をつかなくても、どちらも手が届く。二段目と三段目が薄い色ばかりになったので、それだけで棚が明るくなった。


 次に糸巻き。上段の糸巻きを三列に並べ直す。薄い色を前列に、濃い色を後列に。中列は季節に関わらず使う糸。白と黒と、生成り。


 型紙は釘から全部外す。冬物の型紙は重ねて紐で括り、上段の端に立てる。釘には春物の型紙だけを戻す。釘が半分空いた。


 仕上がった物を入れる箱は六つあった。納める日を一つずつ聞いて、その順に並べ直す。今日が一つ。明日が二つ。明後日が一つ。残りの二つは、まだ日が決まっていないので奥へ回した。一番早いものが手前。


「これ、今日届けるんです。わたしが袖を仕上げました」


 ロッテさんが嬉しそうに手前の箱を指した。小さな上着が畳んで入っている。子供の上着だ。薄い緑。裾と袖に折り返しがある。


「青果屋のおばさんのお孫さんの。春の分なんです」

「いい色ですね」


 最後に道具の筒を持ち上げた。はさみと針を立てて入れてある布の筒。針の頭が並んでいる。


 十一本。それがなんだか引っかかった。


「カティさん。針は、いくつで買うものですか」

「十二本ひと組。立てておく時もそうしているけど、それがどうかした?」

「これ、十一本しかないです」


 カティさんがロッテさんを見た。ロッテさんの顔から、色が引いた。

 ロッテさんが慌てて数えなおす。やはり十一本しかない。


「朝、確かめました。数えたんです。十二本ありました。仕上げのあとも戻して、数えました。十二本だと思っていました」

「戻したつもりの一本が、戻っていないってことね」


 カティさんが作業机の引き出しを開けて、黒い石を出した。親指ほどの大きさで、木の柄がついている。


「針探し。鉄を吸いよせる石よ。これで探しましょう」


 カティさんが手前の箱から緑の上着を出して、裁断台に広げた。石を縫い目に沿って滑らせる。襟。前身頃。裾の折り返し。右の袖。左の袖の折り返しに来たところで、石が布の上で止まった。


 カティさんが折り返しをめくる。針が一本、布の中に潜っていた。頭だけが糸のあいだから覗いている。


 ロッテさんが両手で口を押さえた。身体も震えて、ぽろぽろと涙を落とした。


「わたし……。た、確かめたのに」

「確かめても出るの。だから、これがある」


 カティさんが石をロッテさんの手に渡した。


「届ける前に、縫い目を全部なぞる。今日からあなたの仕事。数えるのと、なぞるの。両方やるのよ」

「はい」

「泣かないの。幸い、まだ誰も怪我をしていないんだから」


 ロッテさんがわたしのほうを向いた。それから、頭を下げた。深く。


「危うく、お客さんに怪我をさせるところでした。しかも子供に……。本当に、ありがとうございます」

「どういたしまして。数が合わなかったことに気づいただけですから」

「合わなかったって、分かる人がいなかったんです」


 言われて、困った。わたしは筒を持ち上げただけだ。もちろん怪我を未然に防げたことはいいことだとわかるけれど。


 カティさんが針を筒に戻して、十二本にした。


「ミーナちゃんは、もっと胸を張っていいんだからね」

「胸、ですか」

「あなたが来なかったら、この上着は昼さがりに届いてた。分かってる?」

「……はい。ええと、どういたしまして」


 今度の返事はちゃんとできたと思う。棚が明るくなったことのほうが、わたしには大きい。


 部屋を出るとき、ロッテさんが棚の前で足を止めた。


「同じ物しか入ってないのに。わたしも運んだのに、朝と全然違う」

「角を揃えただけなのですが」

「角……」


 ロッテさんが棚を見て、わたしを見た。それから、もう一度棚を見た。


 店先で、カティさんが銀貨を一枚くれた。それから、薄い青の反物を一本。春の薄い布だった。


「日当よ。反物も受け取ってほしいわ。夏まで着れる布だから、新しい服にもできるわ」

「今は城でお給金をいただいていますから」

「関係ないの。仕事は仕事」


 受け取った。銀貨一枚。去年の秋の値なら、かぶが二十個。これだけでひと月越せてしまう気がする。今は城の食堂があるので、かぶは自分で煮なくていいけれど考えてしまう。


 少し、もったいない気がした。かぶで数えなくていいお金は、何で数えればいいのだろう。


「では、また何かあったら呼んでください」

「助かったわ。ありがとうね!」


 戸を出るとき、中からロッテさんの声が聞こえた。


「カティさん、あの……。ミーナさんて、ちょっと変わった人ですね」

「そうねぇ。あの子は何でも数えちゃうからね」


 カティさんの声は笑っていた。


-----


 仕立屋の角に、ヴォルフさんが立っていた。


「予定より早そうだな」

「はい。ちょっとだけ早く終わりました」


 二人で市場を抜ける。通りの荷車が、冬より多い。青果屋の台に、かぶが山になっている。値札は冬の半分。おばさんが台の奥から、かぶを二つ取って寄越した。


「ミーナちゃん。今週から北の荷が入るようになってね。かぶも安くなった」

「山のようですね。かぶは美味しいので、何だか嬉しいです」

「お城にもきっとたくさんはいってくるよ」


 たくさんのかぶ……! ブルーノさんのかぶ料理はレパートリーがたくさんあって飽きない。

 もしかしたら新作がでちゃうかも。


 ふと、おばさんが鼻歌まじりになった。


「おばさん、今日なんだか嬉しそうですね」

「おや、分かるかい? 孫の上着が今日届くんだよ。カティのとこから。春物でね。あの子、袖をすぐ汚すからねえ」


 かぶ二つは、去年の秋に売り台の脚を直した礼だと言う。もう何度目かの礼だ。厨房に持っていけば、夕食のスープに入れてもらえるかも。ヴォルフさんは荷車の脇で待っていた。


「では、テルナー様のところだな」

「はい。お待たせしました」


 テルナー様の家は、東寄りの静かな通りにある。玄関脇の花壇に、春の球根が等間隔に並んでいた。


「俺はここまでだ」

「はい、ありがとうございました」

「……荷物を預かる。ニクラスに渡して、控室に入れておく」

「え、あっ」


 返事を待たずに、かぶと反物がヴォルフさんの手に渡って、そのまま城へ戻っていってしまった。

 何も言えないままでいると、戸が開いた。ふわっとパンの匂いがした。焼きたてだ。


「ミーナちゃん。いらっしゃい。そろそろ来るかしらと思って」

「奥様。こんにちは。今日もごちそうになります」


 この人からはいつもあたたかな料理の香りがする。甘いものが焼けるときのような、やさしい香りだ。


-----


 食堂の卓に、皿が二枚出ていた。奥様が三枚目を持って、台所から出てきた。三つ目の椅子は、初めて来た日と同じところにあった。


「ちょっと早かったのね。あの人は昼に城を出るから、あと少しよ」

「手伝います」

「じゃあ、これをお願い」


 匙を三本、渡された。皿の右に一本ずつ置く。お皿の柄の向きを揃える。奥様がパンの籠を卓の真ん中に置いた。布がかけてある。鶏肉を香辛料と香草で煮込んだ料理と、それからスープ。


 戸の音がした。足音が廊下を来る。テルナー様だ。

 食堂の戸口に立って、上着を脱いだ。壁の釘に掛ける。お城で見る姿はいつも上着を着たままだからなんだか新鮮だ。糊のきいたシャツが顔をだす。椅子を引いて、わたしの向かいに座った。


「手伝わせたか」

「匙を三本、並べただけです」


 奥様が笑って、布を取った。


「さっき焼けたところよ。おかえりなさい」

「うむ。食べたらまた行くが、こういうのもたまにはな」


 パンを割った。湯気が立ち上る。

 ふわふわとしておいしい。ブルーノさんのはしっとりもしているけど、奥様のはなんだかわたあめみたいに消えていく。

 ……わたあめ、ってなんだったっけ。とにかく甘くて、優しい食べ物だ。


 テルナー様が自分のパンを割りながら言った。


「毎日では、お前も私も仕事の途中で城を出ることになってしまうが……」

「はい」

「今日は別だ。それに休みの日の昼も、この椅子に座ってくれ。うちのが喜ぶ」

「ふふ、そうね。毎日来てくれてもいいんだから」

「ありがとうございます」


 パンを置いて、頷いた。


 懐の銀貨一枚。城のお給金以外でもらったものをどう使おうかなと思っていた。

 例えば奥様に。例えばこの食卓に。例えば来るときの花壇に。


 何か自分ができることはあるのかな、と思いをはせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。