03 ジョディ02
真田が煮込みハンバーグ定食を食べている間、ジョディはエマ・ワトソン主演の新作映画とサッカーワールドカップのヨーロッパ予選の話題を振ってきた。
真田が最後の一口を食べ終わったのを見計らってジョディが質問をする。
「いかがでしたかトロトロ煮込みハンバーグ定食よろしければご感想をお聞かせ頂けますか今後の参考にさせて頂きたいと思います」
「とても美味しかったです。ハンバーグはふわふわに柔らかくて、これならお代わり行けるかもしれません」
「ご満足頂けたようで嬉しいです食後のコーヒーをお出ししますね」
ジョディは横の引き戸を開けてコーヒーを取り出して真田の前に置き、少しかしこまった口調で質問をする。
「そう言えば先日の受入れテストの時に真田さんと一緒にいらっしゃった河合春菜さん今隣のブースでお話しさせて頂いていますがとても楽しい方ですね」
確かに彼女は真田のすぐ横にいるはずだったが、話し声は全く聞こえなかった。ノイズキャンセラーがしっかりと遮音をしているらしい。
「あいつ、何か困らせていませんか?」
「いえ大丈夫ですとても楽しく会話させて頂いています・・・ところで真田さんと春菜さん・・・お二人の関係っ・・・て・・・」
ジョディが急に口ごもった。不自然に感じて真田が見るとアンドロイドの顔が無表情に固まっている、と言うか全身の動きが止まっていた。
「ジョディ?」真田は不審に感じて名前を呼ぶ。
返事は無かった。何かを言いかけた口が半開きで止まっており、生気を失った目が虚に空中を見つめている。先ほどまでの人間らしさが完全に失われ、まるで子供の頃に見た蝋人形のような、異様な不気味さだった。
『障害?』
真田はとっさに異変を感じ、携帯で電話をかける。
相手は丼玉ホールディングス本社のシステム課長の坂本だ。彼は今回の接客システムの開発責任者で、真田とは仕事の付き合いだけでなく、時々飲みに行ったりする間柄だった。今日は真田たちの店舗視察の後に本社で打ち合わせをする予定が入っているので出社しているはずだった。
『あ、真田さん、お疲れさまです』
課長の坂本が慌ただしく電話に出る。
「今、秋葉店にお邪魔しているのですが、ちょっとジョディの様子がおかしくなったものですから」
『やっぱりですか、彼女は今どんな感じですか』
「一言で言うと、フリーズしてます」
『三分くらい前にサーバのメモリが閾値を超えてアラートが出ました。今はCPU使用率が百パーセントに張り付いていて、各ブースのアンドロイドの制御が間に合わず接客に影響が出ています』
「原因は何ですか」
『今、ログを解析中ですが、どうも一人のお客様との接客で難しい対応が発生したらしく、処理が無限ループに入ってしまったようです。これは再起動するしかないですね』
「もし処理が課題解決処理の途中でしたら、再起動してもまた同じポイントから処理が再開されて、またすぐに同じ状態に陥る可能性が高いです。とりあえず、思考ルーチンのデバッグ用のタイムアウト制約を有効化してみましょうか。5秒くらいでどうでしょう」
『やってみます』坂本は早口で答えて電話を切った。
その時、止まっていたアンドロイドが突然動き出した。両腕を胸の前で交差して胸元を隠すような姿勢になっている。
虚ろだった目には生気が戻っていた。そして真田を見つめ微笑みながら言った。
「真田さんたいへん失礼しましたどうぞコーヒーを召し上がれ」
なんと、ジョディは男性の声に変わっていた。