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12 春告(完)

最終回です。

この後後日談が一本あります。


 パチリ、と暖炉の中で薪がはぜる。


 侯爵家の客間の一室、暖炉の前に椅子が寄せられ、毛布の塊が二つ載っている。

 女王陛下と王配陛下だ。

 暖かい室内で過ごす前提の夜会服のまま、雪の積もった夜の戸外で過ごしていたので、芯まで冷えてしまった。胸元が開くデザインのイブニングドレスの女王は尚更だ。

 毛布を肩に掛け、足を覆う膝掛けの上でホットワインのカップを両手で包むように握る。


 先程、護衛達により襲撃を鎮圧した侯爵から報告があった。

 曲者は一部は逃げられたが捕らえられた者もおり、9年前のクーデターの二番煎じを目論んだことを早々に吐いたそうだ。

 背後は、旧時代の伝統的搾取を復活させたい一部の貴族と軍部。

 勿論、鵜呑みに信じることはできないので、今後目的や背後を調査するが、彼らは本心から自分達の正義や成功を信じているため、そもそも隠しだてをする気がないようだという。

 こんな下策を仕掛けるだけあって、やはり脳筋だったらしい。

 


 女王とクラレンスは手当てを受けた。クラレンスの傷は浅いものばかりで、若いこともありすぐ治るだろうと言われた。

 女王の捻挫した右足首は見事に青黒く腫れ上がり、最早靴に収まらなくなり、包帯で分厚く固定された上で雪を入れた皮袋を当て冷やされている。

 クラレンスはその足を痛ましげに見つめ、女王に頭を下げる。


「陛下。助けて頂き心より感謝します。そして、お守りしきれず申し訳ありません。足もそんなに酷くなってしまって」

「何を言う。3人も討ち果たす大活躍で守ってくれたではないか。そんな傷まで負って。それに、私のあの策はクラレンスのお陰で思い付いたんだぞ」

 どういうことだろう。クラレンスは首を傾げる。

「クラレンスは、うちの庭で池に落ちたことがあっただろう」

 クラレンスは一瞬呆けた後、羞恥でみるみる顔に血が上り顔下半分を片手で覆う。


 クラレンスがこの国へ来て次の冬、彼が14の時、女王の目の前で王宮の庭園の池に落ちた。

 池が雪に覆われ地面と区別がつき辛かったし、クラレンスの国では真冬には氷は厚く張っているものだったので、注意が足りなかった。朝の二人の散歩を始めたばかりで、庭園の細かな配置を覚えてなかった頃だ。

 せいぜい足が膝まで濡れた程度だったが、護衛が駆けつけ大騒ぎになり、多感な年頃の彼にとって、憧れの女性の前で晒した失態は大いにプライドが傷つく黒歴史となった。

「……お役にたったなら、甲斐があったというものです…」

 クラレンスは顔を覆った手を放さず耳を赤くしたまま、絞り出すように答えた。


「それに『雪玉投げ』は、クラレンスと散々やったからあんなに上手くなったんだ」

 女王は自慢げに笑う。

 雪合戦という遊びはどこの国でも自然発生的に生まれるもので、この国にも元々ある。

 しかし基本的に平民の子供のもので、騎士団の男子寮などで年齢や身分が高い男達が羽目を外してすることもあるが、貴婦人である女王には縁がなかった。

 雪合戦も14の頃のクラレンスに知識として教えてもらい、女王が、ではやろうと持ちかけたが、流石に国王陛下に雪玉をぶつけることはできないとクラレンスが青ざめて断固拒否したため、ダーツの要領で的当てを競う形に落ち着いた。

 ……14の頃のクラレンスは、女王の好奇心や受け入れ範囲の広大さを侮っていた。


「雪の上を歩くコツも、散歩の時に教えてもらったな。だからあんなに走ることができた。沢山、クラレンスに助けられたんだ」

 女王が温かな笑みを浮かべしみじみと言う。

 クラレンスは色々突っ込みたいことも心に浮かんだが、女王はからかっているのでなく、本心からそう言っていると分かるので心にとどめる。


 彼の子供の頃のエピソードが彼女を助けたというなら、それは、ほんの子供の言うことに彼女が耳を傾けたからだ。ずっと覚えていて自分のものとする程に、寄り添ったからだ、とクラレンスは思う。

 多くの者なら、些末なことと記憶にも残さず、こうして後に生かすことはなかったろう。

 劣った者として扱われる平民や、傷ついた者を守るエレイン、14の子供からも、その声を聞き様々なことを学び、真摯に考え続けそれを生かす。そして感謝する。

 これが彼女の、賢君の素質だ。

 化粧を担当する侍女、守ってくれる護衛ーー自分と異なるスキルを磨き自分を支えてくれる者へも、その能力への敬意と感謝を忘れない。

 彼女のこの公平な視点と誠実さが、人を惹き付けるのだ。



 女王は、毛布にくるまり大きな背を丸めてカップを握り、綺麗な顔立ちに疲労を浮かべつつも安堵した表情で彼女の話を聞くクラレンスの姿に、しみじみとした喜びを噛み締めていた。

 ーー生きている。

 彼を失うかと思った。それは、足元が崩れ落ちるような喪失感だった。豪胆果敢な王には稀な、凄まじい恐怖だった。 


 女王は、クラレンスが自分を逃がすため残って剣を振るうのを、忸怩たる思いで見送るしかなかった。

 王の責務として、彼女は死ぬ訳にいかない。今死ねば国は混乱の時代へ逆戻りだ。

 そして彼女は戦闘力を持たず、丸腰で参戦しても足手まといでしかない。

 けれど、3人対1人は致命的な数字だ。それはおそらくクラレンスの死を意味する。


 彼女は必死で考えた。

 考えろ。クラレンスも自分も、救ってみせる。その最善の方法は何だ。

 自分に戦闘力はない。自分にあるのは何だ。知恵と、この侯爵家の土地勘。それを武器に何ができる?

 クラレンスの言った通り先に逃げ、助けを呼んで戻ることも考えた。しかし侯爵家の敷地は広く、門番のところまではかなり距離があり、夜会会場の騒ぎで混乱していたら対応が遅れる。

 救援をつれて戻るまでクラレンスは生きているだろうか。

 自分の助かる率は一番高いが、クラレンスが助かる率は低い。

 ならば、自分の助かる率は多少下がっても、クラレンスが助かる率を上げるには?

 ーーそして賭けに出たのだ。



 二人の目の前で、パチリと薪がはぜる。

「クラレンスは、危険なことをして、と私を怒らないな」

 クラレンスは首をかしげる。

「? 危険なことをしたとは思いますが、陛下は危険を理解しないでやるような、愚かな真似はしないでしょう。危険でもそれが必要なことで、かつ勝算があると判断したからやったのでしょう? そんな状況に追い込んでしまった自分に落ち込みはしますが、陛下を怒るようなことじゃありません」


 本心から不思議そうに言う彼の言葉に、染みいるような温かさが湧き上がってくる。

 彼は私を理解し受け止めてくれる。

 老害達のように、一方的な歪んだ価値観で殴って貶め枠にはめ、彼女の持つ意思や力を奪ったりしない。

 彼がこんな人だから、女王は思うままに生きられるのだ。


「クラレンス。頼みがあるんだが」

「なんでしょう」

「私の伴侶として、生きてくれないか」

 クラレンスが目を見開く。

 その目の水色を、あぁ綺麗だなと女王は思う。


「私は、クラレンスを人間契約書にした加害者でーーとてもそんな資格がないと思っていた。長年、クラレンスを解放しなきゃいけないと、そればかり考えていたんだ。

だけどーー私はどうにも、クラレンスが大好きで仕方ないようなんだ」

 困ったように眉尻を下げていう女王。

 クラレンスは、彼女はそんなことに心悩ませていたのか、と驚くと共にーー何より、最強無敵の女王が最高に可愛いくてクラクラした。

「……嫌か?」

「陛下……凄く可愛いです」

「突然何の話だ。大体、私は可愛いとは対極だろう」

 ムスッとする女王。

 これが計算でなく直球だから凄い。直球怖い。


「私はずっと前から、解放されていますよ。

王族は駒だと教える父の元から引き離して、外の世界に触れさせ、沢山の知識や経験を与えてくれたのは陛下です。

陛下のお陰で、私は私自身になることができた。そして、私自身があなた自身を好きになったのです。

伴侶にと、先にお願いしたのは私です。陛下も望んで下さるなら、形だけの王配でなく、一生共に生きさせて下さい」

 クラレンスは手に持っていたホットワインのカップをマントルピースに置くと、女王の手を取り、額に押し当てた。


「ありがとう……」

 女王は喜びを噛み締めると共に、自分の中の罪悪感は一生消えないだろうし、消してはいけないんだろう、と心に刻む。

 それと引き換えにしても、クラレンスと生きたいと思ったのだから仕方ない。腹は括った。

 括ったからには、彼を幸せにする。そこは譲れない。女王は心の中で拳を握る。覚悟を決めた果断の女王は前向きなのだ。


「エレインから言われた。私達が上手くいっても、それをもって政略結婚がいいものだとは言うなと」

「的確ですね。政略結婚でなければ、陛下にもっと早く振り向いてもられたかもしれないと思うと、私も否定的です」

 クラレンスはわざと少し拗ねたように言って笑ってみせる。

 女王も笑う。こんな呪いは自分達の代で終わらせる。

 クラレンスと一緒に、人が搾取されず、自分自身のままに生きていける国を作るのだ。


 

「それにしても、クラレンスの実戦は初めて見たが、凄かったな。雪を味方につけて戦う様は本当に見事だった。流石『雪の貴公子』」

「は?! 何ですかその名前は?」

「知らんのか?皆そう呼んでるぞ。銀髪や氷色の瞳と、清廉なイメージかららしいが」

 勿論、戦闘を目の前にした時点では女王もそれどころでなかったが、後から光景を思い出すと、闇に雪と白い夜会服と銀髪が舞う姿は、はっとするほど美しかった。


「それを言うなら、林の中で見た陛下は、月の光を浴びたスノードロップの女王のようでした」

 クラレンスは反撃する。

「スノードロップ?まぁ今日のドレスはそんな色だな」

 女王はポイントに白い色を配した緑のドレスを見下ろす。

 スノードロップは掌程の大きさの草花で、地面から伸びる緑の剣状の葉に囲まれ小さな白い花をつける。

「私の故郷では特別な花なんです。

スノードロップは冬の終わりから雪を割って咲き始めて、春を告げます。人はその姿で春の到来を知り、その力強さや希望に力付けられる。

私の故郷は雪深いので、春への憧れが特に強い。陛下は私にとってそんな存在なんです。

憧れずにいられない」


 クラレンスが、少し肩から落ちた女王の毛布を直してやる。そしてその手は少し空を迷った後、そっと女王の肩を抱いた。

 女王はクラレンスの肩にことりと首の重さを預ける。


 女王はふと思いを馳せる。

 雪国の草花には、雪に守られるものがある。雪が積もることで、むき出しの土よりも温度や湿度が一定に保たれ、厳しい冬から草花が守られるのだ。

 自分がスノードロップだとしたら、雪の貴公子がそばにいてくれるから、持てる力を存分に発揮し自由に伸びることができるのだろう。

 ーー柄にもなく詩的なことを思い付いたじゃないか、と女王は笑みを浮かべた。



 屋敷の外では日が昇り始めていた。

 庭園では雪の間でスノードロップが朝日を浴びていた。

本編完結です。この後、後日談を1本あげます。

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