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後日談

 最近、王宮は微笑ましい雰囲気が流れている。

 女王がどこに行くにも、王配陛下が抱き上げて歩くのだ。

 女王の足首の捻挫は全治1ヶ月と診断され、その間は自分が運ぶと王配陛下が主張したのだ。

 女王も初めは反論したのだ。

「こうした作業はあまり王配の仕事ではない。他の者に頼んだ方が良くはないか」

「夫の権利です」

 義務と言われたら反論しようと思ったが、権利と言われてはそれ以上の追求を諦めた。

 何となく、クラレンスのネジが少し外れた気がするのは気のせいだろうか。


 もっとも、執務室と私室の朝晩の往き来を除き、当面あまり出歩かずに済むよう調整されてはいたが。


◇◆◇◆◇◆


 クラレンスは王族家族用の居室の一つにボードゲームを運び込んだ。

「うわ、義兄さん、これ凄いね」

 盤と駒の多さに驚くのは王弟エディアルド。

 現在、この王宮にいる王族家族は国王夫妻と彼だけである。そのため、長期間独占していい部屋はあるかとクラレンスが彼に相談したら、どれでも使って~と笑顔で返された。

 クラレンスが部屋を選んだので、様子を見に来たのだろう。


「これ……完全版でやってるの?」

「はい。陛下はこのゲームがお好きで」

 ボードゲームには、幼児の遊ぶものから将軍が戦略を鍛えるためのものまで、様々なものがあり、難易度も幅がある。

 この部屋に持ち込まれたゲームは、かなりの知略が必要になるものだった。


 互いに領土を持ち、官僚や兵士の駒を操り、各地で交易や事業、農業改革等を行い、領土を発展させることを競う。

 一回のゲームが終わるまで最低でも一週間、時には年単位かかるという。故に、部屋に長期間広げて置きっぱなしにする必要がある。

 このため、競う分野を交戦のみに限定しチェスに近いような競い方をするなど、短い時間で決着をつける遊び方もある。

 しかし、テーブルに置かれたのは、ボード複数枚に分割され駒や札が並ぶ完全版。

 しかもやりかけなので、クラレンスは、駒の位置がずれないように手ずからボードを運んできた。


「どうしたの、これ」

「今までも陛下の職務の後や休養日などにお相手していたのですが、陛下の気晴らしのためにも部屋を変えてみようかと。この部屋は窓が大きくて、気持ちが良さそうです」

 ワーカホリックな女王の数少ない娯楽がこのゲームだった。つくづく、頭を使うことが好きな人だ。

 幼い頃、王配の仕事とは何だろう、王妃のように王を寛がせることではないか、女王は何なら喜んでくれるだろう、と随分悩んだ。

 それで女王お気に入りのこのゲームの相手を始めた。初めはかなりハンデを貰ったが、今では大分互角に競えるようになった。


 実はこのボードゲームは、今までは夫婦の寝室に置かれていた。

 そして普通にゲームをしていた。

 護衛を気にせず寛げるという存在意義でしかない部屋だったので。

 しかし、思いが通じてしまうと、ゲームに集中できない気がしたので部屋を変えることにしたのだ。


 クラレンスは男性社会が作った前時代的な「閨教育」の世代ではない。

 性的接触において、互いの体と尊厳を尊重するという概念と、そのために必要な知識やコミュニケーションを学ぶ、女王の治世のきちんとした「性教育」を受けた世代だ。

 だから、同じ部屋にいることの同意を受けてもそれは性交渉の同意ではないし、性交渉を妻の義務と嘯き性搾取するのは夫婦間レイプだと、当然理解している。

 なので、女王と密室にいても、不当な真似をしたことはないし、そのような唾棄すべき真似をしようと思ったこともない。


 だが、女王との関係が変化したので……ゲームをするならゲームをするで、はっきり分けた環境にしたい。勿論不当な真似はしないが、気が散りそうだ。 

 先日思いが通じたばかりで、今も女王とはそういう関係ではなく、今更なのでゆっくり関係を築きたいと思っているが、不要な心の乱れは排除したい。


「この部屋、昔は育児室だったんだよね。一番上の姉さんから僕まで、きょうだい皆、ここ使ったんだ。ほんの小さい頃だから覚えてないけど」

 エディアルドが部屋を見回して言う。

 貴族の子育ては親でなく乳母等人材が雇われ別室で行われる。そのための部屋だったのだろう。

「義兄さん達の子供が生まれるまでは、ボードゲーム室だね」


「私達は子供を持つ予定はないんです」

 クラレンスはやや緊張して伝えた。

 国王夫妻としては型破りな選択なため、義弟の反応に身構えたためだ。

 女王は、内乱を避けるため自分は子を望まないものの、クラレンスは子を持ちたいのではと気にしたが、クラレンスは、女王さえいれば子は特にいなくてよかったのでそう伝えた。


 クラレンス自身、自分を駒扱いして育てた血縁の父より、女王やエディアルドの方が余程『家族』だった。

 家族とは、血や呪いではない。互いに愛情と尊重をもって人間関係を築く対象と考えている。ゆえに、世には様々な価値観があるものの自分個人としては、自分や伴侶の血を継ぐ子供という存在に特別な憧れはない。

 そして結婚や子供は、イコール、何かのゴールや幸せ検定の合格ではない。もしそうなら、王妹殿下の仕事はなくなるだろう。


「あ、そうなんだ。ごめん、妙に決めつけたこと言って」

 ケロリとした声音で言われ、クラレンスは拍子抜けする。

「……王弟殿下は認めてくださるんですか?」

「え? 二人で決めたならいいんじゃない? そういうの選べる時代っていいよね。偉い人がそういう人生も選んでくれるって、勇気付けられる人が沢山いると思うよ。家制度とか不妊で色々言われてる人とかさ」

 エディアルドはサラリと言い、クラレンスはどっと肩の力を抜いた。

 こういう固定観念への拘りのなさは、姉弟でよく似ている。


 エディアルドはボードを見下ろす。

「このゲームって、国の育成シミュレーションだよね。ぴったりじゃない? この国が二人の子供でもある訳だし。この部屋は王の子供の揺りかごなんだよ」

 エディアルドが能天気に笑う。

 彼のこの明るさに、救われる。


 その時、部屋のドアがノックされた。

 ドアは開けっ放しなので中は見えていて、マナー上ノックした案内のメイドの後ろにいるのは、深緑色のローブ姿の人物。

 魔術師のローブだ。王宮内だからフードは脱いでいる。

 こんなところに魔術師とは珍しい、とクラレンスは目を見開く。

 20歳前後の若い女性だ。化粧気はなく、きつい目元に固く一文字に結んだ口。ぱさぱさの癖のある黒髪は、一応長さはあるが伸ばしっぱなしで結ってもいない。

 女性はクラレンスに一礼すると、萎縮することなく口を開いた。


「王配陛下。女王陛下からご伝言です。今日は午後休みがとれたので迎えに来てほしいと」

「ありがとうございます。しかし魔術師の方が何故?」

「先程仕事で陛下に拝謁した際、ついでだからと頼まれました」

 そして彼女はエディアルドをギッと睨んだ。


「エディアルド!今日は雪解け水の川の氾濫の慰問だろう!何をグズグズしている!」

「もう用意はできてるよ~。このまま行ける」

「何を言っとるか!」

 王弟殿下を叱り飛ばす若い女性に、クラレンスは驚愕する。


「まだ寒いんだ!そんな薄い上着では風邪を引くだろう!あぁもう、体が弱いくせに!」

 彼女の手が光り、エディアルドの服に保温魔法が加えられる。

「もう体は丈夫になったよ~。シェインはいつも優しいなぁ」

 エディアルドが嬉しそうに目を細める。

 クラレンスは得心した。王弟殿下の婚約者は国一番の魔術師で幼馴染みと聞いている。そうか、彼女が。

 何というか……糸の切れた凧のようなところのある義弟を任せられそうな、しっかりした女性だ。


「シェインも一緒に行ってくれるの?」

「私は護岸の修復工事の仕事だ」

「でも呼びに来たってことは一緒に行ってくれるんでしょ?」

「……偉い役職用の馬車をいくつも出すのは無駄だから一緒に乗れと、陛下が。私は乗り合い馬車で十分なのに」

「姉さん、ありがとう~!」

 王配陛下を置き去りに、二人の声が廊下を遠ざかっていく。

 クラレンスは苦笑しつつ見送った。



◇◆◇◆◇◆


 久しぶりにできた余暇に、女王とクラレンスはボードゲームを挟んで向かい合う。

 女王はさっき取ったばかりの馬の形の駒を手で弄りながら笑う。

「そうか、クラレンスは会ったのは初めてか」

「はい。エディアルド殿下が幼少の頃、よく見舞いに来ている少女がいることは聞いていましたが」

「なかなかインパクトのある組み合わせだが、あれでうまくいっているらしい」

 あの二人も父王の代に大人達が形だけ婚約を決めたのだが……それとは別に、乳兄弟として一緒に育ち、本人同士で仲良くなったという方が実態に近いだろう。


 クラレンスがコインと引き換えに麦を描いた札を得て、領土に『植える』。この3回後の番で支障なく『収穫』できれば、人口と資本を増やせる。

「そこでそう来るか……。クラレンス、腕を上げたな」

「陛下に鍛えられてますから」

 クラレンスは笑う。


「思うんだが……」

「何ですか、陛下?」

 珍しく女王が口ごもっている。

「……二人の時は、陛下、でなく名前を呼ぶというのはどうだろう」

 女王が目を逸らしたまま言う。

 クラレンスは息を飲む。

 ーーなんだ、この可愛い生き物は!


「……ジェラルディン?」

 女王は何かに耐えるように口をへの字に曲げて頷く。

「……うむ。……なんだか、もぞもぞするな」

 クラレンスは、にやけて口許がムズムズしてきてしまう。

「ジェラルディン。可愛いです」

「どこが! それに適応が早すぎる!」

 ボード越しに伸ばした拳には、甘んじて殴られておく。勿論、痛くないようにしか殴ってこないのだ。


 クラレンスはお詫びにと、女王にお茶を淹れた。

 本来メイドの仕事だが、王配として王妃のように貴族女性をもてなすお茶会を主催したので、勉強したのだ。


 女王は美味いお茶を一口飲み頭を切り替え言った。

「今回大活躍の王配陛下に、私から何か贈りたいんだが、欲しいものはないか?」

「特には…。あ、剣の訓練をする許可を下さい。もっと鍛えなければ、と痛感しました」

「却下だ。傷が治ってないくせに。そうだ、私も剣を習うぞ。少しは戦力になった方がいい」

「それこそ却下です!何言ってるんですか!それに、私より怪我が酷いでしょう。関節の怪我は下手すると一生引きずりますよ」

「無論、治ってからだ。うん、面白そうだ」

 女王陛下はワクワクしたように笑う。

 女王の好奇心と受け入れ範囲の広大さを侮っていた、とクラレンスは14の頃と同じ失敗に頭を抱えるのだった。

 お読みくださり誠にありがとうございました。


 女王の名は強く頼りがいがある感じにしたくて、いっそヴィクトリア(『勝利』の意味)にしようかと血迷いましたが、歴史上の同名女王の威光が凄すぎるのでジェラルディンに。『強い槍』という意味です(諸説あり)。

 クラレンスは氷細工のように透明感と繊細さを感じさせる響きにと選びました。

 なお、王配や王妃の敬称は『殿下』の方がよく使われますが、『陛下』の例も見かけたので本作では陛下を使っています。


 襲撃エピソードは全くの創作ですが、2021年1月の米国議会議事堂襲撃事件や同年2月からのミャンマークーデターを思い出さずにいられませんでした。こんな浅い思慮でこんな真似を?という意味でも衝撃的な事件でした。


 本作はテーマ的に書きたいことが沢山あり、これでも大量に削りました。構成も散々悩み、第2話は3パターン書いたという…。

 作中で書いた概念や知識等は、この時代には獲得されていないものを多く含みますのでご了承ください。


 なお、シェインとエディアルドの話は『月と雪と温泉と~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~』になります。よろしければそちらもご覧ください。

 また、明日から『理系屋さん~理系女子とオカン騎士の事件簿~』の連載を開始しますので、そちらもよろしくお願いします。


 お付き合い頂き本当にありがとうございました。☆評価、いいね、ブックマーク等頂けますと大変励みになります。

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