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永遠のはじまり  作者:
19/26

つらい記憶 3

理由のわからない悪意は日に日に大きくなっていく。

風船のように爆発することを恐れたキヨミは、身を小さくしてこそこそと過ごすようになった。

笑うことどころか、声を出すのにも怯え、息を吸うことすら堂々とできずに。


レイナたちの嘲笑う声だけが、常にキヨミの周りに付き纏った。


当然のようにキヨミの心は病んでいった。

夏を前に食事も喉を通らなくなり、とうとう帰宅中のバスの中で倒れてしまった。


幸いすぐ近くにいたクラスメイトが助けてくれて大事にはいたらなかった。


バスを降りた先のベンチで少し休む。

学校からも家からも少しだけ離れたその場所は少しだけ息がしやすかった。


それでもクラスで見たことがある顔が心配そうに覗き込と、キヨミは息を詰まらせた。


「大丈夫?」


その言葉に小さく頷き返すだけで精一杯。そもそも問いかけてくる彼の名前も出てこなかった。


お礼を言って早く家に帰ろう。


そう思った時、目の前にいる彼がレイナたちとよく話していた事を思い出し、一気に血の気がひく。呼吸が浅くなり、手足が痺れる感覚の中、必死で逃げなきゃと思った。


「ありが、とう…も、大丈夫、だから」


とても大丈夫には聞こえない掠れた声で告げながら、キヨミは走り出した。

そして家に着くや否や、安堵と共に玄関に倒れ込んだ。




次の日、また屋上に呼び出された。

前回と同様に手紙があったのなら、きっと気付かないふりをして帰ってしまっただろう。翌日の制裁に怯えながら、朝がくることを恐れながら。


しかし今回はレイナの取り巻きに、両腕を捕まれ、半ば引き摺られるように屋上までの道を歩んだ。

途中の階段は死へ向かっているように感じた。

死刑囚が首を吊るための壇上に登らされているような、そんな恐怖でキヨミの歯はガタガタと鳴った。


その予感は無情にも当たった。


屋上で待っていたレイナは腕を組み、害虫を見るような視線をキヨミに向けた。


「あんた、本当に懲りないわね

 なんでユータに手出すのよ

 ユータは私のなの!

 ちょっとユータが優しいからって付け込まないでくれる!?」


ユータという名前に覚えはなかった。けれど昨日のクラスメイトがユータなのだろう、と思い当たり、自分の運の悪さを呪った。

よりにもよって、何でレイナのお気に入りに助けられたのか。何で同じバスに乗ってしまったのか。

自分と共にユータすら恨む。


キヨミの心の内を知らないレイナは苛立ちに足をコンクリに叩きつけた。

そして鼻で笑うととんでもない事を言い始めた。


「そんなに男に飢えてるなら、こいつら相手してやってよ」


レイナの後ろに控えていた数人の男の子たち。キヨミの知らない子ばかりだった。


ただ一様にニヤニヤと下品な笑みを貼り付けて、近づいてくる。


「へぇ、悪くねぇじゃん」

「俺はもっと胸でかいほうがいいなぁ」

「じゃ、先に俺にやらせろよ」

「おとなしそうな顔して男好きとかそそるなぁ」


口々にキヨミにいやらしい目を向け評価を下す。

その意味を瞬時に捉え、逃げ出そうとしたが、呆気なく腕と脚を掴まれ押し倒された。


「い、やっ!!

 やだっ!!

 なんでっ!!!」


手足を、頭を、必死でバタつかせるキヨミを複数の男の手が押さえつける。

ぶちぶちと制服から音がし、ボタンが飛んだ。

落ちたボタンを気にするものはいない。


コロコロと転がったボタンがゆっくり止まった時には、キヨミの上半身は露出していた。

涙で男の顔も見えない。見えたところで恐怖が和らぐわけでもない。

ギュッとつぶった目尻から溢れる涙を止める事なく、最後の力を振り絞って脚を振り上げた。


途端に男たちの手が緩んだ。一人に見事なクリーンヒットを決めたのだ。


逃げなきゃ。


ただそれだけを胸に走り出した。

どこに、とか、助けて、とか、そんな事を思う暇もなく、ガムシャラに走った。

方向感覚も視界も正常でないキヨミは気付けばコンクリの床から飛び出していた。


平衡感覚すら失ったキヨミが、あ、と思った時にはゆっくりと下へ落ちていく真っ最中だった。


緩慢な時間だった。


コンクリートの屋上から放り出された身体が舞う。

ああ、落ちるのだ。そう思っても手足は動かない。


涙が風によって乾き、視界が良好になると、見えたのは水道だった。

校庭の端に作られた至って普通に並んだ蛇口たち。その周辺は泥んこにならないようコンクリで固められている。


そこに吸い込まれる中、キヨミは自分の短い人生を思い出していた。これが俗に言う走馬灯だろう。


お父さんに優しく撫でてもらった髪。

笑いながら抱きしめてくれたお母さん。

鏡に写った髪の手入れする自分は幸せそうだ。

小学校低学年の時、自分だけが誕生日会を開けなくて、こっそり泣いていた。

多くの友達が習い事や塾に行く中、家で一人、お母さんを待つのは寂しかった。

中学校で初めて恋をした相手は、どこかお父さんに似ていたかもしれない。

ふられて悲しかった。


そして…どうしてこんな高校を選んだんだっけ?

家から近い公立ならどこでもよかったのに。


キヨミの目にまた涙が浮かんだ。


「おかあさん…助けて…」


口もろくに動かないキヨミの言葉は音になる事なく消えた。

キヨミの命と共に。

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