1 友だち
三田レイナは普通の少女だ。ただ家庭環境に恵まれなかった。
父親を知らない母子家庭で生まれ、安アパートのゴミの散らかった部屋に住み、夕方から仕事に出かける母親は育児放棄ぎみで食事は机に置かれた500円玉であった。
幼い頃には今の環境に疑問を持たなかったが、小学校に入ると周りの同級生の話から自分の家庭が普通ではないことに気づいた。
学年が上がるごとに同級生たちもレイナとの格差に気付き、次第にいじめられるようになっていた。
レイナが小学生最終学年になる頃には、一人でいることが多い事態に陥っていた。
レイナは決して容姿を貶される少女ではない。むしろ夜の仕事をしている母親に似て綺麗な容姿をしている。
しかし、嫉妬する女子に安直な男子によって無視や仲間外れ、揶揄や罵倒を受けていた。
レイナは授業が終わると生徒の少ない学校の図書室にいることが多い。
図書室の一角にある棚に囲まれソファが置かれた場所がお気に入りだ。
革製のひんやりしたソファに身を沈めて、窓からの日射しを受けながら本を読むのが彼女の癒しだった。
窓の外からは生徒の掛け声が遠く聞こえるが、ここではレイナを気にする人はおらず、家よりも解放感と温かさを与えてくれた。
しかし、図書室が開いている時間は短く、一時間もすれば先生は図書室を締めて帰ってしまう。
レイナは毎度残念に思いながら帰路に着いていた。だが、真っすぐ家に帰りたくない。
早く帰ると仕事に行く前の母親がおり、下手すると男が一緒の場合もあった。
母親が連れて来る男はレイナをいないかのように無視したり、気まぐれに声を掛けて触ってきたりして苦手だった。
なので、レイナは帰り道を道草を食いながら帰ることが多い。
人のいない寂れた公園や細道を歩き、野良猫と戯れ、廃屋を見つけたりするのが細やかな楽しみだった。
今日も新たな発見を求めて探索を続けていると、雑草の生い茂った中にトタン小屋を見つけた。
好奇心に駆られて中を覗くと捨てられたゴミや錆びた鉄くずが見える中、子供が入れるぐらいの穴があった。
斜めに掘られた穴は暗く、先を見ることは出来ない。
地面は土なのに穴の中はコンクリートのように硬かった。
レイナはランドセルを下ろし、横に付けていたストラップのライトを手に取ると穴にかざして中に入って行った。
100円のガチャガチャで手に入れたライトは光が弱く、碌に足元も見えないありさまだったがレイナは穴の壁に手を付き屈みながら進んで行く。
いつもはただの工事用の穴や下水道に続くものだったりするが今日は違った。
しばらく穴を這い進むと開けた空間に出た。
そこは小さな白い花が淡く光る花畑だった。
レイナは初めて見る光景に最初ポカンとしていたが、徐々に見つけた大発見に感動と興奮で笑っていた。
「は、はははっ、すごい! こんなの初めて見た!」
興奮して手足を振り回しジャンプしている姿は年相応だったが、レイナがこんなに喜びを現したのは数年ぶりのことだった。
花畑に駆けだそうとしたレイナだったが、白い花畑の中から覗く赤い瞳を見つけてしまった。
白い身体が花と一緒で気づくのが遅くなったのだ。
それは白い小さな子ウサギだった。
子ウサギは突然来たレイナに警戒しながら花畑に身を潜めていたのだ。
ぷるぷると震えながらそれでも赤い目を尖らせている子ウサギに、レイナはゆっくりと近づき腰を下ろすと、手を差し出して子ウサギに尋ねていた。
「わたしと友だちにならない?」
子ウサギは最初警戒していたがレイナが動かないと分かると、恐る恐る手に近づき、鼻をヒクヒクと匂いを嗅いで無害であると分かると、頭を手に擦り付けて来た。
レイナはほっと安心して頭を撫でて、もふもふな毛を堪能する。
子ウサギを抱き上げて膝に乗せても大人しい。全身の毛を撫でていると子ウサギも気持ちいいのか目を細めている。
「ふふっ、気持ちいいのかな? それならいいけど。
それにしてもあなた、本当にうさぎなの?」
レイナが見つめる子ウサギの頭には小さな角が生えていた。
* * *
それからレイナは日課の図書室にも寄らずに、毎日学校が終わるとトタン小屋の穴に潜り、子ウサギに会いに行った。
レイナが会いに来ると、子ウサギは小さな白い花を食みながら喜んでレイナの元へ駆け寄ってくれる。
レイナは子ウサギにウーサと名付けて可愛がった。
レイナはウーサの為に人参やキャベツの切れ端を持って行ったが、ウーサは食べようとはせず、淡く光る小さな白い花を食べていた。
レイナはこの不思議な花畑とウーサのことを誰にも話さなかった。話す人もいなかったし、レイナだけの秘密を持てたことが嬉しかったのだ。
しばらくして、その日もレイナはウーサの元に遊びに行くと花畑の一角に穴が出現していた。
「これはウーサが作ったの?」
驚いたレイナはウーサに尋ねたが返答はない。
レイナは少し迷ったが穴に入ることにした。ウーサもついてくる。
しばらく屈んで穴を進むと、再び広い空間に出た。
そこには草が生い茂り、時折草が練り歩いている。
ポカンとレイナは練り歩く草を凝視した。
細長い草が手足のように動いて土から飛び出し練り歩いている。
さすがに一般常識に疎いレイナでもこれが普通のことではないことが分かった。
茫然と動く草を見つめていたレイナだったが、ウーサは前に飛び出し、動く草に食いついた。
草もウーサに食べられまいと身体に巻き付き妨害している。
草とウーサの攻防を見たレイナは慌ててウーサに加勢して巻き付く草を引きちぎり、根元の球根を靴で踏みつけた。
プチっと球根が潰れると草は動かなくなり、ウーサは嬉しそうに草を食べ始めた。
レイナは緊張していた身体の力を抜いてウーサの身体を見ると、所々に巻かれた草の葉先によって切られて血がにじんでいた。
傷を気にする様子もないウーサにレイナは野生の厳しさと逞しさを感じながら友だちのウーサが傷つくのが許せなかった。
それからレイナは猛然と動く草の球根をプチプチと潰していった。
草たちも対抗して足に草を巻き付けてきたが、ジーンズのズボンを破ることは出来ず、哀れにも巨人なレイナによってなすすべもなく駆逐されて行った。
駆逐された草たちをウーサは喜んで食べて行き、気が付くとウーサは子ウサギではない成体程の大きさになっていた。




