第4話:公開処刑!「あなたはただのマザコンよ」
「ただいまー。うおっ、いい匂い!」
玄関のドアが開くと同時に、翔太の能天気な声が響いた。
リビングに入ってきた翔太は、エプロン姿の私を見ると、パァっと顔を輝かせた。
「母さん! 来てくれたんだな! いやー、助かるよ」
「久しぶりね、翔太。元気そうでなによりだわ」
私は努めて冷静に声をかけた。
翔太はスーツの上着を脱ぎ捨てると、チラリと美咲さんの方を見た。
「おい美咲、母さんにちゃんと礼言ったか? 忙しい中来てもらったんだぞ」
「あ……はい、ありがとうございます……」
「よし。じゃあ、早速飯にしようぜ。久しぶりに母さんの手料理が食えるなんて最高だな」
◇
翔太は上機嫌で食卓の席についた。
テーブルには、美咲さんが作った夕食が並んでいる。
煮魚に、小松菜のお浸し、そして豚汁。どれも完璧な出来栄えだ。
私は何も手出ししていない。ただ横で見ていただけだ。
「いただきます!」
翔太は勢いよく箸を持つと、まずは豚汁を啜った。
「ズズッ……プハァ! これこれ! やっぱこれだよ!」
彼は大袈裟に感嘆の声を上げた。
「やっぱり母さんの味付けは落ち着くなぁ。出汁の香りが違うんだよ、出汁の香りが。おい美咲、ちゃんと味を覚えてるか?」
「え、ええ……」
「お前が作ると、なんかこう、薄っぺらい味になるんだよな。やっぱり長年の経験の差っていうかさ」
翔太は不満そうな顔を隠そうともせずに、美咲さんに説教を始めた。
美咲さんは小さくなって俯いているが、私はテーブルの下で彼女の足をトン、と軽くつついた。
『大丈夫よ』の合図だ。
「あら翔太。美咲さんのご飯、十分美味しいじゃない。何が不満なのかしら?」
私が横から口を挟むと、翔太は少し慌てたように笑った。
「いや、母さんは優しいからそう言うけどさ。やっぱ『お袋の味』ってあるじゃん? 俺の嫁に来たからには、やっぱり母さんの味を継いでもらわないとさあ」
そう言って、誤魔化すような愛想笑いを私に向けてくる。
自分が愛される息子であると疑わない、無邪気な笑顔。
私は何も面白くなく、真顔で彼を見つめ返した。
◇
どうやら気づいていないようなので、翔太にある事実を教えてあげることにした。
「あのね、翔太」
「ん? なに?」
「今日の夕飯、私は一切作ってないわよ。見ていただけ」
「……へ?」
翔太の箸が止まった。
口を開けたまま、私と料理を交互に見ている。
「え、でも、この豚汁……いつもの母さんの……」
「それは美咲さんが作ったの。煮魚も、お浸しも全部よ。私は指一本触れてないわ」
「えっ……嘘だろ? だ、だって味が……」
混乱する息子に、私はトドメの一言を放った。
しみじみと、心底残念そうに。
「翔太。あなた、マザコンだったのね」
◇
一瞬、その場が凍りついた。
しかし、すぐに空気が破裂した。
「ぶふっ!」
美咲さんだ。我慢できなかったのだろう。
盛大に吹き出した後、必死に口元を押さえて悶えている。
そんな美咲さんを見ている翔太の顔は、みるみるうちに赤く染まっていく。
「な、何言ってるんだよ母さん!? マザコン!? 単に母さんの料理が好きって話してるだけじゃないか! なんだよそれをマザコンって、ひどくないか?」
「はーー」
私は翔太に向けて、今日一番の冷たい視線を送った。
「いい歳した男が、年がら年中『母さん母さん』って。誰が見たって立派なマザコンよ。でも、そのことに私も気づかなかったわね。やっぱり距離を取ると見えてくることってあるものね」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 別に俺は母さんに甘えたいわけじゃ……マザコンじゃない!」
「ですって。私がいないから、あなたを母親代わりにして甘えようとしていたと私は思うんですけど、美咲さんはどう思う?」
美咲さんは、なんとか真面目な顔を作ろうとしていたが、笑いを堪えるのに必死だ。
彼女はまっすぐに翔太を見ると、はっきりと告げた。
「はい。私も間違いなく、そう思います。翔太さん、あなたはマザコンですよ。そして、私はあなたのママじゃありません」
「なっ……お前まで!」
「私は子離れしたいし、夫との生活を楽しみたいの。あなたはマザコンを治さないと、どんな女性にも逃げられるわよ?」
完全に沈黙してしまった息子。
その様子を見て、私はふっと息を吐いた。
「さ、夕飯時に変なこと言っちゃったわね。ご飯が冷めるし、食事の続きをしましょうか。せっかく美咲さんが作ってくれた美味しい料理なんだから」
私は美咲さんの方を向くと、彼女は晴れやかな笑顔で頷いてくれた。
第4話をお読みいただきありがとうございました。
ついに「マザコン」のレッテルを貼られた翔太。
母親とお嫁さん、二人の女性から同時に突き放された彼の沈黙が、何よりの正解を物語っていますね。
さて、次はいよいよ最終話。
由美子が最後に息子に伝えたかったこと。そして、彼女自身の気づきとは……。
最終話「感謝の言葉とそれぞれの帰る場所」。
最後までぜひ見届けてください!




