第8話 世夏、律儀にお礼参りへ
「おはよう師匠……今日はまだ寝てるのか」
初めての依頼をこなした翌日で、師匠も多少疲労が溜まったのだろうか。世夏は師匠の寝顔を見守る。
「胡仰藍さんに何かお礼をしたいな。名刺は無くなっちゃったけど」
彼の連絡先の書かれた札は、封じられた妖怪を退治する為に飛び出した後、消息不明だった。
「探してみるか?」
寝ていたと思った師匠が片目を開いて返事をしたので、世夏は慌てて籠っていた布団を握り締める。
「起きてたんなら言ってくれよ! 独り言のつもりだったのに」
「起きたぞ」
「知ってるよ、おはよう」
律儀に挨拶は返す世夏。
「胡仰藍と会うのだろ? 奴が破病術とやらの当主で退治人ならば、いる場所は絞られて来るな」
世夏の記憶の中の名刺では呪術三家という称号を入れていたので、言うまでもなく有名人なのだろう。それだけ名が知れていれば隠れる方が難しいかもしれないが、連絡無しに会えるかどうかの方が問題な気もする。
「助けられちゃったし、きちんとお話ししたいね」
「由来代は助けはいらなかったと言ってるが」
世夏は依頼の経験自体は無かったが、戦闘経験は旅の中で培われて来た。由来代がどう思ったかは別として、中々厳しかったのではないかと推測した。
「あの二人にも色々あるんじゃないか? 仲良くは無さそうな感じだったから」
「まあ、あの茶々が入らなければ確率は五分くらいに見えたな」
「それは結構危なくないか?」
出来る事を尽くし、初撃に掛けて結果が五分。世夏にとっては少々厳しい言葉に感じた。
「どちらにせよ探すなら行くか。昼飯も食べよう」
「結局飲み食いか」
言うが早いか世夏が布団から体を起こす。隣の布団もはねのけてやろうかと考えたが、自分がされるのも嫌なので、少しばかり名残惜しそうにうごめく師匠を見守った。
「うーん、どうしよう。話でも聞いてみるか?」
宿を出て少し高めの朝日を受けて伸びをする世夏。
「いや。由来代の話だと破病術士は忌避されるらしいからな。あまり良い結果にはならないかもしれんぞ」
「じゃあ青い建物探しからかな」
胡仰藍。呪術師にして退治人の彼は一般人なら近寄りがたくとも、同業者からなら多少は話が聞けるだろう。
「青は退治人のシンボルカラーと言っていたな」
師匠の言葉に頷くと、とりあえず街の真ん中であろう方角に歩き始める。
「ここら辺、大通りだけなら覚えてきたかも」
「そもそも大通りしか使ってないぞ」
今度は頷き返さずキュッと口を結んで師匠を見つめる世夏。師匠は師匠で特に何も言わず視線を前方に戻す。
「確か青い建物は見なかった気がする。と言うか、胡仰藍さんって千里庵に南から来たんだよ」
通った道の周りの様子を思い返すが、そこまで特徴ある物は思い出せない。開封屋の本部などは一目で分かったので、今の所は恐らく道中には無い筈だ。
「言われてみれば。とりあえず千里庵に行くか」
二人は始めて彼と会った時の道から行方を追う事にした。考えてみれば、東西に伸びる大通りをかすりもしないということは、退治人の本拠地が南か北に位置しているのも割とありそうな話である。
「この通りともお別れか……」
「たかが道を曲がるくらいで愉快な挨拶をするな」
改めて初めて通る道に足を踏み入れる。世夏は故郷の記憶こそ無いが、晴流傘の広さは実感出来た。それほど、ここら一帯でも大きな街なのかもしれない。
「なんか浮いてないか?」
「慣れてないからな」
南を歩いていると、道行く人々から軽く一瞥されることが増えた。師匠には適当に返されたが、別段世夏の立ち振舞いがおかしいという訳でもない。しかし、それこそ余所者を見るような目で見られるのだ。
その通りではあるが、他の場所では余程顔見知りでもない限り、それが現地人か区別も出来ないし気にしてもいなかった。
「ところで、横の屋敷から変な気配を感じるんだけど」
通りを南に下って左手には、塀の合間から竹藪の見える敷地が続いている。大きな屋敷があるのだろうとそこまで気に留めていなかったが、世夏はあまりにも人々に見られるので、色々と気になってしまい、師匠に小声で話し掛ける。
「溢れる妖力を感じ取っているのだろう。妖に関係する者が住むなら珍しくもないな」
ようやく塀の角が見えてきた時、その通りを曲がる人ならざる者、従鬼の姿が見えた。
従鬼が単体で道を歩いているのも、南ならではだった。世夏は珍しい光景に思わず従鬼を凝視してしまっていたのだが、ある事に気が付いた。
「あの従鬼、見たことあるぞ。胡仰藍さんが連れてた奴だ!」




