第7話 太古の妖、初開封
「世夏殿、協力感謝する。これほどの妖を拘束できるなら、由来代様の慧眼に狂いはなかったということか」
「師匠サイズの鳥ぐらいなら任せてください」
「彩麗斎、最後のはいらないよ」
「私を例えに持ち出すな」
ちょっとした妖の群れを討伐した後、世夏は荷物から紙束を補充する。隣では由来代が少し厳しい表情を浮かべている。
「……今の妖、低級と言うには少し強そうだったな」
「そうですかね」
人の手が入っていない土地を彷徨く妖にも、ある程度の格の違いが存在する。大雑把には有象無象の低級共と、それを束ねる中級達、力が強く危険度も高い上級に分けて考えられる。
「退治人が受ける依頼ではあるけど、一人で六匹も倒せば一月は不自由ないんじゃないかな」
「え……今まで倒した分とかカウントされませんかね」
「依頼じゃないからねえ」
晴流傘までの道中を思い出しつつ、割と悔しそうな様子の世夏。しかし、今更倒した妖の事を考えていても意味がないことは由来代の言葉の通りである。
「俺、実績まだないもんな……」
「少し急ぐよ。今後も時間を取られると不味い」
警戒して森を歩くこと一時間程、一行は開けた場所に出た。四方を自然に囲まれ、朽ちた民家が数軒残っている。
住居はいずれも荒廃しているものの、道は残っており、森の一部となるほど侵食されてる様子はない。
「日が傾いてますね」
「最終確認だ。持ち物は揃ってるかい?」
「大丈夫です。いつでも行けます」
特定の文字を記し、自身の呪力を込めた紙が三枚。あとは、大量の紙人形。
世夏の三糸陣は完全に足止め用の陣でしかない上、消費する紙も入手手段が限られるため、旅の途中で使った覚えはない。しかし、由来代との打ち合わせの中では、最適な手札と信じている。
「白雲はどこだろう……」
「確か一際大きい黒瓦の家に封じられている筈」
辺りを見ると、この規模の集落には少し不釣り合いな家、というより寺や仏閣にあるような堂宇が建っている。
「あれですか?」
「多分そうだと思う。と言うか、間違いない」
いよいよ危険が待ち受けているというのに、世夏に話す由来代は、心なしか笑っているようにも見えた。
「中を見に行こうか」
「でも、崩れたら危険ですよ」
荒れ果てた外観をものともせず突き進もうとする由来代を世夏が止める。
「彩麗斎に任せるか……世夏の準備が終わったら封印を抉じ開けろ。術は家の外で用意しよう」
「承知した」
彩麗は、抱えていた由来代の商売道具を置いて、外れた扉のついた堂の玄関から、暗闇に消えていく。視覚以外の何かで知覚しているのだろうか、足取りに躊躇いは全く見られなかった。
「早速取り掛かろう」
「奴は余裕そうだな」
てきぱきと準備をこなす由来代と彩麗を見て師匠が呟く。
「ふふ、標的にあった箱を用意するのが一番の要だからね。あと、場慣れもあるんじゃないかなあ」
「三隅に沢山の紙人形を設置……思ったより嵩むな、これ」
由来代が師匠と話していると、自分の手記と会話しながら試行錯誤する世夏の姿が目に入る。由来代はほらね、と言わんばかりに得意気な表情を師匠に見せた。
「確かに、こっちはまだまだ新米だな」
「準備でカバーとは言うものの、準備も慣れだからねー」
由来代達の傍らで作業すること数分、世夏も最後の行程に入る。
「大きい紙人形を真ん中に一体。これで良いのか……? 道中で試しとけば良かった」
「道中に疲労を溜めて、予備の札を切ることもないだろう。準備する時間もないしな」
「そっか……」
何故か少ししょんぼりする世夏。
「準備は終わったかい?」
「ええ、やれることはやりました」
陣を成立させるための条件を省くこともなく、全て揃えた。あとは自分の力量次第だと、世夏は心の中で言い聞かせる。
「良い返事だね。彩、頼んだ」
「承知した」
彩麗の声が闇の奥から響く。世夏は少しだけ彼の事を心配してたが、どうやら杞憂だったらしい。
「上に飛ぶぞ!」
ぼろぼろのお堂の屋根が、凄まじい音を立てて崩れていく。彩麗が下から突き破ったのだ。
「先なる封印をーー」
由来代が呪詛を告げる。崩れ落ちていく瓦が、一際大きな音……封印されていた白雲の上げる雄叫びと共に舞い上がる。白い巨躯に本堂は完全に破壊され、その迫力に気圧されるが、世夏もまた拘束するべく唱える。
「三重の白糸、三厄を与えよ……ぐっ!」
三方から伸びる札に体を押さえつけられ、無数の紙人形に動きを制限させられる太古の妖、白雲。陣中央の鉄箱に腰元まで吸い込まれ、上半身だけで抵抗しているにも関わらず、陣に伏せる白雲は徐々に頭を上げ、胴をも起こす。
「躾が足りぬか!」
数百年ぶりの外の世界で激しく抵抗を試みる白雲を、赤い肌の巨人が大木のような腕で殴り付ける。由来代が付近を見回すと師匠の姿がない。世夏は師匠が取る七つの姿を却下して子供の姿で連れ歩いていると言っていたが、今の様はまるで鬼のようだ。
「この化け物兎が……」
白雲も負けじと片手を振り上げ殴り返す。鉤爪に切り裂かれ、師匠が後退すると、今度は彩麗が斬り付ける。
「刃が通らぬ……」
妖鳥を一撃で斬り伏せた彩麗の太刀筋も、この妖の強靭な肉体を切り裂くには至らなかった。
「この陣……そろそろ、限界だ! もう少し! もう少しだけ力を貸してくれ!」
主となる三つの紙札が破れかけた瞬間、世夏の懐から素早く小さな陰が飛び出し、白雲に取り付く。
「手を伸ばそう忌避の此方へ。間に合え!」
由来代が呪詛を唱え終わる直前に、三糸陣は破られ、白雲が身をよじり匣からの脱出を試みた。しかし、先程何かが白雲にまとわりついた場所から、物を溶かすような音と大量の煙が上がり、我を忘れて一瞬、痛みにもがき苦しんだ。
「これは?」
「胡仰藍……余計なことを」
胡仰藍。数少ない世夏も知る退治人であり、彼の名刺は今の今まで世夏の懐に納められたままだった。
「断て、彩麗斎」
鉄箱を前に彩麗が構える。
「仮の封印を開かれ、現世からも開かれよ」
真っ二つに割れた鉄箱には、もう何も残ってはいなかった。
「流石にもう無理だぞ……」
「安心して良い。術は成功だ」
由来代の言葉で依頼の終わりを悟ると、世夏は深く息を吐いて地面に転がる。
「つ、疲れる……」
「ちょっとここで休憩しようか」
言葉を交わすことなく、改めて辺りを眺める。到着した時、風景を気にする余裕は無かったが、案外悪くない。この村のランドマークはつい最近大きく様変わりしたが、そこも含めて、である。
もっと休んでいたかったのだが、日没までに帰らなくてはならないため、一同は枯岩村を後にする。
「はい、十五万叢……から一昨日の飲食代を引いた額」
「これが大金か」
麻袋に入れられた大量の通貨。少量ならば見慣れていても、ここまで多いと流石に思うところがある。
「祝勝会で酒を入れるぞ」
「俺は飲めないよ」
そう言えば、ハッと息を飲む世夏。どうしたらいいのか、自分の誕生日が思い出せない。
「私が飲むのだ」
「まあ、今夜くらいはいっか」
師匠は隙あらば酒を飲みたがるが、懐寂しい二人旅では中々そんな余裕が無かった。生活もようやく一段落付けそうなので、珍しく世夏も師匠の申し出を承認する。
「予約無しである程度良いもの食べるなら桃冠軒にでも行こうか」
由来代は此処等一体の地理だけでなく、街の事情にも詳しそうだった。しかし本人いわく、得意なのは土地師であるからと言うよりかは、日頃の人付き合いから来るものらしい。
「ここだね」
「今日は気兼ねなく飯を食える……初めて気兼ねなくお金を使える……」
世夏は慣れない経験を自分に言い聞かせ、落ち着けようとしている。
「まあ味わってくれれば料理人も喜ぶんじゃないかな」
月並みな答えでお茶を濁す由来代。しかし、食事が始まるとそんな些細なやり取りはどうでも良かった。名前だけは覚えていた料理が気兼ねなく頼める。師匠もあれやこれやと飲み食いしたいものを世夏に騒ぎ立てるが、程なくして運ばれてくると、二人とも笑顔で話し合う。世夏は、この瞬間が何時までも続けば良いのに、と思った。
「今日はありがとうございました。ちなみに、由来代さんには何処へ行けば会えるんですか?」
「早速次のお誘いかい? 嬉しいけど、僕は少し用事があってね。まあ、一段落したら紙でも寄越すよ」
由来代はあまり匣術以外も使いこなせる訳ではないが、退治人や開封屋等の妖祓いは、連絡手段として多少なりとも紙術の心得があるものも多い。
「それじゃ、また何処かで」
「宿に帰るか」
店の前で別れた後、意気揚々と、日が落ちた晴流傘の大通りを歩く。提灯が道を照らす、活気に満ちた街に、二人は完璧に溶け込んでいた。
「お疲れ様です。タオルは大小二枚ずつですか?」
「よろしくお願いします?」
いつもの受付の人に、ノータイムで浴場に行くと勘違いされ、疑問に思いながらも流される。
「もしかして俺ら、割と汚いのか?」
「言うまでもないだろ」
考えてみると、確かにあまり余裕や機会が無かったとはいえ、少し複雑な心情になり、世夏は思い返すのをやめた。
「さあ、行け世夏」
「人に先行かせようとするなよ」
受け付け前で立ち止まり、世夏を促す師匠。この前の幽霊騒ぎがまだ気になるのだろうか。
「私は同じ轍は踏まぬのだ」
「怖がっているだけだろ……」
素直に前を歩くのもつまらないという事で、世夏はあるアイディアを思い付いた。師匠に近寄り、後ろから抱き抱える。
「な、何をする、やめろ!」
「これで公平だ」
「……」
受付の人が何を考えているかは、その表情から判りかねるが、そんな彼女を尻目に、タオルを持った青年が幼女を連れて宿泊施設を後にした。
「明らかに私が前じゃないか!」
「誰かいますかー……いなそう」
竹柵の仕切りと簡素な扉に囲まれた、訪問客により形を変える温泉。前回は居ない筈の第三者に遭遇した為、一応人の気配が無いか辺りを見回す。
「今度は最初からゆっくり浸かるぞ」
どうやら誰もいなさそうなので、いつの間にか師匠が衣類を脱ぎ捨て、湯加減の調度良い奥手に向かっていた。
「俺はさっぱりするなら何でも良いや」
髪を洗いながら世夏は応える。
「……これで受付の人に出会い頭でタオルを勧められることもないか」
先程の出来事を少し気にしていた世夏だが、一通り綺麗になると今度は替えの着替えを持ってきていない事が少し心残りになる。
「返却しに来ました」
「どうも……ところで、あの、この前のは」
タオルを返しに行くと、少し聞きづらそうに受付の女性が話を切り出す。
「居ませんでしたよ」
「ありがとうございます。でも、本当になんなんでしょう」
考えてみても今はどうにもならなそうなので、鍵を貰い師匠と世夏は二階に上がる。
「ただいまー、これも、住む場所が在ることのありがたさ……」
「たまに口走るそれは一体なんなのだ」
歯の浮くような言葉を話す世夏に師匠が突っ込むが、あまり自覚は無いようだった。
「明日は胡仰藍さんに御礼参りでもしないとな」
「言い方よ……」




