第6話 街の外
「おはよう師匠……あれ?」
翌日の早朝、世夏が起きる。目を閉じたまま布団の中で体を伸ばす。そのまま横にいる筈の生物に挨拶をするが、返事を待っても聞こえない。不思議に思って片目を開けると空の布団が残されていた。
「……この時間って露店はやってるのか?」
財布を持って外へ行く世夏。フロントを通るといつもの彼女に話し掛けられる。
「朝早いですね。連れの方は先程出掛けられましたよ」
「おはようございます。その内帰ります!」
世夏はこの街をよく知らないが、それは師匠も一緒だろう。見える範囲で行きそうな場所を絞り込む。
「書店……料理屋……酒屋……師匠!」
建ち並ぶ店の数々。その中には見慣れた後ろ姿が世夏の目に入る。
「やっぱり酒を見に来てたか! やってもない店に張り付くな!」
「ちょっと待て、奥の銘柄が気になる! この土地の地酒を見せろ……」
なぜ子供を玩具から引き離す親のような気持ちにならなければいけないのか。世夏はそんなことを思いつつ、由来代と待ち合わせているため、強引に連れ戻していった。
「お二人様、お早い帰りでしたね」
「師匠の回収だけだったんで」
「私の回収とは何だ」
二人の間に強張った空気が漂い始めた時、新たな人物が宿舎に現れた。
「お、朝から元気そうだね、二人とも」
「由来代さん!」
茶髪で緑の服を着た土地師、由来代は二人の様子をはにかんで見つめる。世夏はすれ違いにならなかったことに一安心した。
「フロントで待ちぼうけを食らわなくて助かったよ。早速行くかい?」
「あ、朝食を取るので少し部屋で待っててください」
世夏の部屋は三人でも十分広く感じるものであり、泊まったばかりではあるが、中々に気に入っていた。
「食うぞ、世夏」
「ああ、いただきます」
干した肉を二切れ、お湯を飲み朝食とする。世夏と師匠は食事に夢中だ。由来代は口元では愛想笑いを浮かべているが、目線は二人に釘付けである。
「準備が出来たなら早速出掛けよう……依頼が終わったら美味しいもの食べに行こうか」
「是非!」
世夏は昨日の就寝前と今日の出発前に、師匠がうんざりするほど丁寧な確認をしていた。といっても、時間を費やしたのは旅暮らしでリュックのあちこちにしまった荷物整理だった。
旅の為に必要な品は持っているが、その一方で何処に入れたのか分からない物も多かった。
「ところで由来代さん、箱が見えないですけど忘れてきたんですか?」
世夏は周りを見るが、特にそれらしいものはない。昨日は大変そうだったので、家に取りに行くのだろうなどと考えた。
「重すぎて従鬼に持たせちゃった。挨拶の時間だ、彩麗斎」
由来代の言葉と共に彼の影が隆起する。どこから来るかと思っていたら、予想外の登場だったため、世夏は言葉も無く従鬼を見上げる。
「お初にお目にかかる。世夏殿、従鬼殿」
脇に幅広の刀を差している男性が姿を表す。背格好は由来代とさして変わらないが、涼しい顔で鉄箱を抱えている。
「私は従鬼ではなくこいつの師匠だ」
「了解した、師匠殿」
世夏はこっそり気になっていたが、師匠は人に名乗るときも自分を師匠と呼ぶ。
「それで、枯岩村とやらにはどのくらいで着くんだ?」
「まあ、日帰り程度かな」
彩麗斎を影に下がらせ、由来代を先頭に歩いていく。この前会ったときは気付かなかった事だが、この男、中々に往来の目を引く。格好や素振りが奇抜な訳でも無く、どちらかというと過去の実績とやらに関係しているのだろう。世夏は街中では、心なしか距離を空けて付いていくことにした。
「さて、西門から出ようか。君たちはどっちから来たの?」
「出発点は覚えてないですが、東の方からです」
「ここの東か。まあ、何個か村は知っている。故郷でも探すつもりかい?」
世夏は暗に必要なら手伝おうか? と言われている気がした。由来代の親切心から来る言葉だったが、何かに巻き込んでしまう予感がして、かえって気持ちが遠のく。
「いえ。旅に出たのにはそれなりの理由があったと思うので、記憶が戻るまではお金でも貯めてようかと」
「なるほど。ああ、あの木が見えるかい?」
「あの木と言われて分かる訳……あれか!」
日の光を受けて映える草原に、一つの影を落とす巨木があった。他に背もたれに出来るほどの木々もなく、由来代の指すものは容易に特定できた。
「木陰に着いたら昼飯でも食べようか。低級の妖は彩麗斎だけでも何とかなると思うし」
「貴様の従鬼に只乗りさせて貰う」
世夏の後ろを付いていく師匠だが、呼び名の割に全く師匠らしいことをしていない。
「妖は切り伏せるが敢えて守りはせんぞ」
「私に牙を剥く愚か者は生きて返さんわ」
世夏は後ろにいる師匠と彩麗とのやり取りを見て、笑い掛ける。
「師匠も良かったな、妖の友達が出来て」
「話し相手に一喜一憂するほど情に脆くはない」
そういえば、師匠はどのくらいの年月を生きているのか。口には出さない月並みな感想ではあるが、きっと独りの時は長かっただろう。
「私も由来代様に友人が出来て嬉しい限りです」
「え、由来代さんって友人が居ないのか?」
「いえ、そう言うことでは……」
「お前は喋るのが下手だな」
前方で黙々と進んでいた由来代も会話は聞いていたようだ。自分の従鬼に見かねて口を挟む。
「そう言えば、彩麗斎ってご飯は食べるんですか?」
間に挟まれて気まずかった世夏が話題を変える。師匠は酒もつまみも大好きだが、仮にこんなのを三人四人と抱えてたら破産は免れない。
「食べ物は好きですが、なくても困らないのと、食費が嵩むので」
人の俗世に疎いものが妖の常だが、度重なる由来代の努力により、彩麗は自分が食す頻度の理由はなんとなく理解していた。
「由来代さんも意外と気にするんだな」
「ちゃっかり高いものばっかり食べたがるからね。さて、僕らの食事をとろうか」
こんな話題の後だとなんだか気が引けるな、と世夏は彩麗に目をやる。しかし、彼にとっては麗らかな風景のが大事なようで、子供のように辺りを見回している。
昼は座るのに丁度良い岩を見つけ、彩麗を除いた三人が食事を摂る。由来代は世夏と師匠が餅と漬物を食べているのを見て、食べ合わせが悪そうだとは思いつつ、少し安心してお握りを頬張っていた。
一同が食事を終えると、由来代が立ち上がり、取り纏める。幾度となく旅人の尻に敷かれたであろう岩ともここでお別れだ。
「ここからは注意して進もう。しばらくは木が生い茂っているから早いところ抜けたいね」
街道を横に逸れれば、平原の奥に切り開かれていない森があるのを確認できる。
「ふー、ぼちぼち行くか」
昼飯を食べて師匠も満足そうだ。陽射しが強くなってくる時刻であるが、ちょうど木々が陰を作る。
しかし、まるで人を寄せ付けないかのような雰囲気であり、気温が冷えたように感じるのは陽の光が遮られているからだけでは無いかもしれない。
「何匹かいるな」
「妖鳥か。集まる前に倒しておきたいが」
従鬼達の会話を聞き、世夏は枝の上に視線を移す。すでに此方を見据える存在と目が合った。
「俺が落とします」
意外にも最初に名乗り出たのは世夏だった。有事の備えとして懐に潜ませていた紙束を、散り散りに放り投げる。
「宙を行く、騒がしい隣人達よ。紙に縺れ地面に縫われよ」
異常を察して付近の異形が飛び立つ。しかし、広げた黒い翼に紙片が滑り込む。体勢を崩し、次々と地面に落ちる中、大きな個体が術に抗いこの場所からの脱出を試みていた。
「師匠、一匹漏らした!」
「いや、十分だよ世夏。ありがとう」
世夏が全く動じない師匠と妖鳥を交互に見るが、その視界の端で彩麗が鉄箱を残して姿を消していた。疑問を口に出す前に、今度は枝分かれした幹の先、その影からぬるりと彩麗が姿を現した。必死に高度を上げる群れのボスに迫っていき、下から切り上げる。
「まず一つ」
一太刀浴びせて地面に降り立つ。周囲を見渡し、他の妖鳥達が身動きを封じられているのを確認すると、近いものから力任せに叩き斬る。
「……六つ。天にも地にも、立つ者無し」
「由来代、貴様の従鬼は事あるごとにこんな調子なのか?」
師匠は道中の妖を切り払う彩麗に目を丸くしていたが、我に返り口を挟む。
「そうだね」
格好を付ける彩麗に呆れつつも、師匠は世夏の背中を叩き、しゃがんでもらい耳打ちする。
「世夏。由来代には警戒しておけ」
「え、今更?」
「彩麗斎の事だ」
「格好良かったな。俺も口上考えようか……」
世夏に構わず、地に落ちた妖鳥を見て師匠が続ける。
「あれを一太刀で切り伏せているのは、技術でも妖力でもない」
「じゃあ何で切ってるんだ?」
「恐らく、神力だ」
世夏は、神格に手を出さなければ、という依頼のときの師匠の言葉を思い出す。
「世夏、もうすぐ標的のいる村につくよ。気を引き締めていこう」
「……分かりました!」




