第12話 等身大の依頼を受けよう
胡仰藍の手伝いも終わったが、眠りにつき夜が明けても、悶々とした朝を迎える世夏だった。
「師匠」
「何だ?」
世夏が目を覚まして何となく呼び掛けると、返事が来た。独り言のつもりだったが、そのまま話を続けることにした。
「昨日の胡仰藍さんの手紙に書かれてた内容だけど」
「部下の後始末とは、奴も意外と大変そうだったな」
話をはぐらかす師匠だが、世夏は気にせず続ける。
「胡仰藍さんが探している白髪の女の子ってもしかして……」
「何であろうとあいつの問題なのは間違いない。我らは我らの問題に取り組む必要がある」
我らの問題とは、なんだろうか。世夏は頭を巡らす。一息置いて二人が口を開くが、内容が全然違った。
「記憶をなくす前の俺はなんでこの街に来ようとしたのか」
「今日はどの飯屋で酒を飲もうか」
「師匠!」
思わず世夏の声量が大きくなる。
「うるさい、人がふざけると言語野が真っ白になるのか。晴流傘どんちゃんガイドに従って先一週間は決めてあるから心配するな。今日は上善杯だ」
「良かった。師匠もちゃんと目星をつけてたんだな」
最近世夏は相手に付き合わない事を覚えた。謎の本に従って予め飲む場所を決めていた師匠を敢えて褒める。
「お前も記憶の目星をつけろ……と言いたいところだが、まともな手掛かりも無いからな。いつまで此処に滞在するかすら未定のままよ」
「とりあえず依頼でも見てくるよ。流石に実績不透明ってことはないだろうし、今度は身の丈にあった奴を倒そう」
朝の布団から立ち上がるにはそれなりの決意が求められるが、世夏は意を決した。
「私も適当に見繕ってやるか」
「参考にはしないからな」
前回の依頼での色々な経験や反省を振り返りつつ、どうやら付いてくるらしい師匠の前に立ち、扉を開ける。
「よくよく考えると師匠が封印された妖の事なんて知る由もないか」
「見たら分かるわ。強そうな奴は値段が高い」
「そうだけど……」
取り敢えずで一番をやらせるなら意味無くないか? そう思う世夏だった。
毎朝の事だが、街は活気に溢れている。人が多い訳ではないが、通行客を獲得しようと店先に出る商売人の客引きには感心させられる。世夏は、晴流傘の東にある開封屋の建物まで向かった。
「また来たな。改めて見ると妖の名前、金額、封印年月以外にも何か付いている? いや、物によりけりか……」
開封屋本部前の掲示板で依頼の確認をしているが、其処ぐらいはせめて最初から見てほしかった世夏だった。しかし、今度は初めての時とは違う。自分で自分に合った物を決めてやろうと意気込んだ。
「赤い付箋と緑の付箋もあるな。開封屋と土地師のシンボルカラーだが、どうだかね」
「うーん、今度は俺一人でも倒せそうなやつにしよう。今日は五万叢くらいの依頼でいっか」
依頼には師匠が言った緑の付箋がされている。五万叢。今の二人の食費諸々、抑えに抑えて一ヶ月は持ちそうだ。
「お前も金じゃないか!」
「妖の名前だけで分かる訳ないだろ!」
世夏と師匠がしょうもない事で言い争っていると、赤い屋根をした開封屋の建物の方から声を掛けられる。若い男だ。
「建物の前で暴れるな。ん? その依頼を受けたいのか。土地師を呼んでくるか」
「依頼を受ける時に土地師を探してくれるんですか?」
前は謎の不審者……もとい由来代が現れて、勝手に話が進んでしまった。今回も世夏にとってはありがたいが、流されない為に警戒を強める。
「緑の付箋は先に土地師が選んだ物だからな。探すと言うか呼んでくると言うか」
「開封屋の証明書は必要ですか?」
前回はこれで嫌な事になったので、先手をうって応じる。
「無論だ。寄越せ、精査する」
世夏の開封屋証を一目見ただけで、男は軽く声を上げた。
「ああ、この依頼か! 数ヶ月残ってたから良く覚えている。由来代の奴がいつもの五割増しくらいで押してきたから受注を許可した奴だな」
「え? あの由来代さんがゴリゴリに押してきたんですか?」
当時は世夏に有名人の特権とか言っていたのだが、裏でごり押していた事が明らかになった。
「あいつは特定の依頼にかなり拘る時があるからな……」
「特定の依頼ですか?」
世夏の質問が段々と多くなっているが、本人は気付く様子はなく、受付の男性も真面目に答えている。
「大体古い封印が多いな。由来代には封印が壊れるタイミングを読み取る能力があると言う奴もいるが」
「え、そうなんですか? それって現実にあり得ーー」
「話が進まん! 組んだことあるなら本人に聞け!」
進まない話に待ち兼ねた師匠が軽くキレた。
「翠梨先輩。土地師連れてきましたよ。あ、あいつ」
「え? こんにちは」
いきなりご挨拶な新人。世夏は少々驚いたが、よく分からないまま刺激を与えるのも不安なので、軽めの挨拶を返す。
「何も倒したことないのに一番高い依頼を持ってきた人! 今回は野鳥を追い払う依頼でも受けてきたのか?」
人目を気にせず調子に乗る受付の新人。翠梨と呼ばれた男に冷たい目で見られている事には気付いていない。
「あいつは由来代と務めを果たした。お前のは人を待たせる事か?」
先程実績の確認はして貰った。世夏の中に多少は叱って欲しいという気持ちと、あまり言い過ぎないで欲しいという気持ちがあり、モヤモヤする。
「どうせ由来代さんが全部やっただけだし」
「是昇。理由が無ければ人を敬えないのはまだいい。個人の問題としておこう。しかし、自分の機嫌で人を下に見るな。最低限これぐらいは守れ」
師匠でも、お前達こそ言い争っているではないか、等とは言えない雰囲気になった。一同が沈黙するかと思われたが、入り口から新たな声が聞こえた。
「あの、開封屋の方はどなたでしょうか」
「ああ、ここにいます。世夏と言います!」
「二人とも、すまない。また何かあったり依頼を取り止めることがあったら来てくれ」
翠梨の言葉に疑念を覚える。
「依頼ってそんな簡単に破棄出来るものなんですか?」
「退治人のように今暴れてる妖を黙らせる訳じゃ無いし、手を組む以上相性や性格も関係してくるからな。半端者でも手を出さないだけ成長の余地がある」
世夏は枯岩村に封印されていた巨大兎の白雲を思い出す。あの封印が朽ちて解けても大惨事だっただろうが、危うく失敗するかという苦戦を強いられた。
「由来代さん、思い付きで適当なこと言ってただけか……」
あの時は由来代に破棄すれば開封屋の名誉に関わると言われて断るに断れなかったのだが、今度会ったらどうしてやろうかと考える世夏だった。同時に、開封屋と言うものへの知識不足に反省する。
「どうですか、世夏さんはやりますか? と、申し遅れました。自分は立炉木と言います」
「よろしく、立炉木さん。どんな相手か知らないけど、やる気はあります」
一先ず今回の土地師は常識的な様子。世夏よりも若そうで、どことなく慣れていない感じも伝わる。とはいえ世夏は、妖に携わる中でまともな人を初めて見た気がした。
「分かりました。とりあえず戦いは任せました!」
「りょ、了解」
いきなり丸投げにされた気もするが、土地師なのに自ら戦う由来代さんが珍しいのかもしれない。
「今回は遍片鬼って種類の妖を倒しますよ! ご存知かと思いますが、厳密には人の施した封印ではなく石や木に妖気が宿った物なんで、まずは対象の場所を調べましょう!」
「決まった瞬間やけに元気だな」
一応依頼の進め方は知っていそうで世夏は一安心する。師匠はいつも通り物言いが少し荒い。
「この方は世夏さんの従鬼ですか? 自分で戦わないで良いなんて楽ですね!」
「貴様ーー」
師匠が立炉木に睨みを利かせる前に、世夏が顔の前に手を置いて静止した。手元から子供の唸り声が聞こえてくる。
「師匠は従鬼ではないよ。ところで場所ってどうやって見つけるんだ? 昔の文献とかに書いてある訳でもなさそうだし」
漂う妖気が物質に蓄積して妖となる事もあり、それらが自我を持って動ける程になれば、人に害為す遍片鬼の出来上がりである。単純に手間を焼かせると言う意味では、ここら一帯の大物達とも引けを取らない。自然発生する為、見つけては駆除しての繰り返しになる。更に、普通の人には目視が出来ないので、土地師や関係者が見て回る必要もあるからだ。
「土地師の組合所前に最近の情報をまとめた地図があります。晴流傘の西の方ですね!」
「うむ。案内を頼むぞ」
「あまり気を遣わなくても大丈夫だよ」
態度の大きい師匠に流されないよう世夏が口を挟む。思えば初対面で師匠と牽制し合わない人は初めてだろうか。
「でかい地図だな。周りの人間たちは全員土地に疎いのか?」
「ここら辺の妖にまつわる情報は真っ先に届くので、関係者が集まっている具合です」
よく見ると点やチェックマーク等が、赤、青、緑の色で散り散りに付けられている。何気に世夏は初めてこの街の全体図を見たのだが、不思議なことに南と北が建物の背を向かい合わせるようにしてくっきり区切られている。晴流傘南側の最北は丁度ここ、土地師の組合所だ。
「俺らはどこら辺まで行くんだ?」
「……開封屋組合の方、東門から出まして数時間歩くとデカい木があるので、そこを目的地とします!」
「ここらのランドマークはデカい木ばかりだな! 妖気が宿るのなら切ってしまえそんなもの」
あまり近くない街の東西を往復するのか……つい世夏が思っていると、師匠が不満げに声を上げる。不満そうなのはいつもの事だが、今回はまあ分からなくもない。
「毎回大木に憑くわけでもないですよ。昔はもっと郊外が殺伐としていたらしいですが、なんか良くなかったらしいですよ」
「その情報本当だろうな?」
どことなくふわふわした物言いが目立つ立炉木。
「ま、今回で遍片鬼は世夏さんが処理しますし、問題なし! いつ行きますか? 明日以降の早朝に出たいですが」
「じゃあ明日の六時に東門の前で良いかな」
「了解です」
「道案内よろしくね、立炉木さん!」
方向も決まったので、外で食事を取ると宿に戻って準備を進める世夏。今日は千里庵で食べてきたのだが、明日に備えて保存食も購入した。
「あの男、知識はありそうだが実戦は丸投げといった様子だったな。戦えなくても土地師にはなれるらしいが、従鬼は楽そうだの敵は世夏が倒すだの……」
「最初に会った由来代さんや胡仰藍さんが飛び抜けてたんじゃないかな。適材適所、やれることをまったりやるって感じで俺としては楽だよ」
お前が良いなら別に良いさ、と口では答えた師匠だが、気持ち落ち着かなさそうである。しかし、取って付けた訳ではなく、世夏自身悪い気はしない。何より、一度受けても断れるし。世夏は心の中で付け足す。
「この世は出来ることより出来ないことのが多いかもしれないが、試してみなければそれすら分からん……説教臭いか」
「なんだ、師匠は一応師匠らしい事をするんだな」
世夏の師匠と言うものに対する認識が垣間見える。
「貴様が気付いてないだけだ」
そう言うと師匠は小さい体で跳ねるように立ち上がり、部屋の入り口に向かう。
「世夏、明日はお前に任せた」
「元からそこまで手伝って貰ってないような」
「今日の夜は特に注目の飯屋に行くのだ。二日酔いは覚悟しておかんとな」
「俺を差し置いて夜まで飲むのか!?」
その見た目で酒を出して貰えるのか……? 世夏の頭に疑問符が浮かぶ。
「お前どうせ呑めんしな」
「まあいいや。明日は立炉木さんと出掛けて二人で無事に終わらせる」
戦いでは自分が主導で立ち回らないと。そのような意識からか、世夏の顔はいつにも増して真剣だった。




