第10話 従鬼達
胡仰藍の敷地に足を踏み入れた世夏と師匠は、庭の適当な場所に胡仰藍の従鬼を呼んできて、素性を調べようとしていた。上手くいくかどうかはともかく。
「次は陣の作成だな。どこにしよう」
「その辺に書いておけ。私は偵察をしてくる」
「相変わらず落ち着きがないなー」
門をくぐっても屋敷までは少し距離がある。念のため脇の方で地面に陣を書き、口元を手で覆い隠す。
「……この姿にて契約を行う。再度写りし時壁を興せ……喋りづらいな、これ」
「そこの開封屋よ」
「はい!」
世夏は前触れなく話しかけてきた存在に目を向ける。世夏と比べてやや小さい位の程度で、一見普通の老いた男性にも思えた。ただ、無数の皺が刻まれた顔、特にその落ち窪んだ目に見られていると思うと、無性に心が騒ぐ。
「我は仰藍の肆」
「俺は世夏と言います」
四番目……特に聞いてない従鬼だな。世夏は頭の中で情報を整理しつつ、自己紹介しながら改めて相手の様子を観察する。
「世夏。知らん名だな」
「新米の開封屋です!」
肆にも敵意は無いようで、世夏の隣まで歩いてくると、陣を囲うように地面に腰を落とした。
「開封屋と組んだと言うことは、胡仰藍も腹を括ったか」
「どういうことですか?」
「未熟な部下の尻拭いよ。私も気を付けなければ……」
やはり呪術師の当主には、部下も多く付いている物なのだろうか。世夏は色々と意味を問いたかったが、屋敷の方から怒声が響いてくる。そして、世夏にはその声に覚えがあった。
「師匠の声……?」
肆とは別れて声の元の方へと急ぐ。屋敷の扉を突き飛ばす様に開くと、巨大な牛と羊が取っ組み合う、面妖な光景が眼に写る。
「貴様が元凶だろう」
「話を……聞かんか!」
金色の羊がその前足で牛の頭を殴り付ける。姿は変わってもやることは変わらないのか。そんな事を思う世夏だが、今は師匠と雑談している場合ではない。
「師匠、これはどういう事だ!」
「この従鬼が因縁をつけてきたのだ。妖を落ち着ける術は知らんが、黙らせることは……ぐお!」
「捌よ! その羊が黒幕か?」
師匠が言葉を言い切る前に、蔦のような髪の毛が伸びてきて体を縛る。世夏が長い髪の出所を見ると、女性の姿の妖が師匠を睨んでいる。
「こんなもので縛ろうなどと……」
師匠の口からちらつく炎を見て、いよいよ世夏が仲裁に入る。
「待て! お前らは胡仰藍の従鬼だろ! さっき肆と話してきた。俺は胡仰藍と組んだ開封屋だ」
「肆と? 本当か……?」
最初に争っていた従鬼が関心を向ける。捌と呼ばれた巨大な牛は、主人の名前を出すといくらか落ち着きを取り戻した。
「こいつから肆の匂いがする。真相はともかく、会ったことは間違いない」
もう一人、髪の長い従鬼が会話に混ざる。待ち兼ねた師匠が自身を縛る黒髪を引き千切るも、妖は大して気にしていないようだ。
「伍、それだけで信用するつもりか?」
「肆なら不届き者を野放しにすることも無いだろう。どうやら、客人であることには間違いなさそうだ」
この屋敷、今が取り込み中なだけかもしれないが、あまりに危険が多すぎる。世夏は流石におかしいと思い、少し前、胡仰藍と話していた時の事を振り返る。
「そう言えば、あなた方の主からこれを貰ったんだ」
世夏は先程投げ渡された紙を二人の従鬼に見せる。そうすると、二人は少し前傾に覗き込んだと思うと、お互いを見合わせる。
「これは……正客の札、だなあ」
「正真正銘招かれた客のようだな」
「客人に手を出すな不届き者め」
金色の羊の姿だった師匠が前方に一回転するように宙返りしてみせると、元の子供の姿に戻った。
「うかうかしておれんのだ。胡仰藍の奴、最近は問題続きで手が回らん様だしな」
何気なく伍と呼ばれた従鬼が漏らす。頼りたい様子など微塵も見せなかった胡仰藍とは裏腹に、従鬼達は焦りを募らせているように見える。
「二人とも、陸が何処にいるか知らないか?」
「陸は書斎だろうな」
「奴が元凶か?」
「落ち着け捌。この開封屋に任せよう」
突っ走りがちな捌を伍が諌める。世夏には他人の従鬼のいさめ方など分からないので、二人が話している間に身を引きたい所である。
「とりあえず書斎に行くか」
「書斎は二階の北側、突き当たりだ」
「ありがとう」
胡仰藍の従鬼達に別れを告げ、バタバタと走り出す世夏一行。階段を登って早くも息が切れた世夏に、師匠が質問する。
「さっきの話は何だ? お前今まで何体の従鬼に会った?」
「この屋敷、と言うか胡仰藍さんには多分壱から拾の名を持つ従鬼がいる。捌と伍はさっきの奴らだ。陸は胡仰藍さんが疑っている奴、肆は良く分からないけど多分害はない。参は玄関にいたな」
これまでの事を思い出し、世夏は師匠に伝える。
「とんだ妖屋敷だ……妖気だけでも一般の人間は数分も持たぬだろう」
「とはいえ、俺達なら平気だよ。よし、五人目の従鬼だ。頼むぞ……!」
階段を登り、長い廊下を抜けて質素な扉の前に立つ。さっきの従鬼の話を信じれば、ここが書斎のはずだ。
「開封屋の世夏だ、胡仰藍の従鬼はいるか!」




