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 バルコニーの真下で何かが動いた。一瞬だったので見間違いかもしれないが、ダチョウに乗ったガイの頭に見えた。


 署名はあっけないほどすぐに終わった。レインが今日中に役所に提出してくれるという。不備がなければ、これで夫婦の共同作業は終了である。

 レオノール氏の申し出については、明後日までに結論を出すことになった。受け入れる場合は、その日、トールの法律事務所で契約をするらしい。

 サラにはもう関係のないことになる。

 多少の慰謝料、または株を受け取ったら、さようならだ。


 さっさと貸馬車でおさらばしようとしたら、ガイも乗り込んできた。


「見事だったな」


「あら、なんのことかしら」


 バルコニーでの会話を聞いていたと、ガイは正直に告白した。そのうえで、サラの手腕を褒めたのだ。


「復讐の天使になれそうかしら」


「そうだな。サラがなりたいのなら」


「……少し考えるわ」


 公爵の孤独を利用して、優しい素振りで気を引いて、こっぴどく振る。これまでの経緯を考えたら、この程度では復讐にならないだろう。

 正直、あまり気分のいいものではなかった。復讐の天使を職業にする自信が急速に萎んでいった。


 そう言うと、消極的な返答にもかかわらず、ガイは小さく笑った。


「職業斡旋所に寄ってもらえます?」


 馭者が「了解した」と答える前に、ガイが訂正した。


「いえ、山に向かってください」


「「山?」」


「サラの山に」


(わたくしの山?)


「山に、なにしに?」


「地図しか見てないから実地調査をしたい」


「調査?」


 馬車は軽快に山に向かう。離婚成立と同時にサラが取り戻す山に。


(山小屋でも建てたいのかしら)


「あのう、道が分かれてるんですが」


 馭者の問いかけにガイは即座に指示を出す。


「その農道を道なりに進むと川にぶつかる。川にそって遡ってくれ」


 地図が頭の中に入っているらしい。


 やがて道はなくなり、雑草は茂り、川は細くなり、地面は荒れ、樹木が密になり、野兎がぴょんぴょんと逃げ出し、ダチョウが興奮して追いかけて行った。

山のふもとに辿りついたのだ。


「この一帯はもうサラの領地になるんだな」


「ええ、でも、ご覧のように手付かずの状態で」


 足もとを蛇が横切っていく。


「土地に価値はないのよね。山小屋を建てるにしても、切り開かないと」


「だが、ピーちゃんとモアりんには過ごしやすいかもな」


「そうね」


(モアりん……?)


 ダチョウ親子を自由に遊ばせ、馬と馭者を休ませているあいだ、サラとガイはふたりで周囲を散策した。


「ヤギや羊を飼おうかしら。雑草を刈る手間が省けそうだし」


「……まさか、本当にここに住むつもりじゃないだろ」


「あら、じゃあ、ガイはどんなつもりで、山を見に来たの?」


「うーん……いざというときの役に立つかも、と」


「?」


 いつになく歯切れが悪かった。


「サラがここに住みたいというなら反対する気はない。だが町で働くなら不便だと思うぞ」


「あ、そうね。働かないと。いけない、急がないと職業斡旋所がしまっちゃうわ」


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