決着
アザーニを抱いたラピッドツリーは、根本からミシミシと音を立てて倒れそうになりつつあった。これはウロキによる脅しだと思っていたが、奴の策に乗ってやった。人の命がかかっているのに、ちゅうちょなど仕手られない。飛び出しながら、ウルサスのことも気にかけていた。彼ならうまくやる。そう自分に言い聞かせて、アザーニの元へ飛んだ。
木の腕の部分を掴んで力を込めた。アザーニの身体から手が外れ、滑り落ちそうになった彼女を抱きかかえて宙を舞う。こちらの世界は気流もおだやかで、飛翔地点が低いこともあり、ずるずると全身が下がりつつある。ウルサスの木を蹴って弾みをつけて、体勢を立て直した。そして静かに、大気を体の下に収めて、ゆっくりと地面に降りて行った。周囲を見渡すと、周りの大人たちは私を恐れて近寄らない。彼らを刺激しないように後ざすりして、ウルサスが拘束されている木の下へ行くと、数人の大人たちが木によじ登ろうとしていたが、すぐに滑り落ちていた。彼らに、アザーニを託すと、わたしは木の幹に手を当てて、爪を食いこませてなんとか上に行こうとした。
「サーカスの人を呼んでくる」叫び声が遠くから聞こえる。サーカス団の軽業師なら、楽に登れるかもしれないと少し期待したが、急がないとウロキが、斧で切り倒すかもしれない。
「あの木も斧でやっちまいますか。それとも魔法で一気に……」
ウロキの手下がお伺いを立てている。
「彼女は水に落ちた犬も同然。放っておけ」黒いスーツに身を包んだウロキは、口元だけで笑いながら指示をしていた。
「あの野郎」ウロキに対する怒りが、私に力をくれた。高低差を利用しないと、自力で地面からは飛ぶことができない。なので、今はひたすら上るしかない。爪から血が出てきて、指を伝わって手にかかる。もう少しだ。もう少しでウルサスの元へ届く。
「俺はいい。一人でなんとかやれる。リヤ、もうあきらめてくれ」ウルサスがわたしを見て叫んだ。わかっている。ウルサスは木の拘束から逃れられても、そこから降りる算段はない。わたしが彼を抱きかかえたまま、飛ぶしかない。彼の、足先に手が触れた。
「わたしを信じて、私の胸に飛び込んできて」指の先に力が入らない、でもそれ以外に方法がない。
「おう。わかった。いくぞ」ウルサスは、ラピッドツリーの拘束を振りほどき、私の目の前に飛び込んできた。わたしは、かじかむ手で彼を受け止めた。彼も私の腰に手を回した。重量がある分、体勢を立て直すのに容易ではなく、滑空は無理で、落下するしかなかった。
大けがを覚悟したが、落下直後に身体の痛さを感じたものの、立って動けた。サーカスの団員たちが、クッションを運んでくれたからだ。後少し遅かったら、骨折は免れなかっただろう。わたしたちを遠巻きに
取り囲んでいる人たちがいる。皆魔法使いが嫌いなのだろう。石を持ちこちらをにらみつけている男性も何人かいた。
ウロキの仲間の魔法使いが、指を鳴らすと。聴衆の動きが止まった。
「これは、大層なご活躍で」カヤミ・ウロキが、うやうやしく頭を下げた。
「こんなことをしてタダで済むと思ってるの」わたしは血だらけの指で彼の襟元を掴んだ。
「恋の恨みは根深いぜ。トーキー・ラチャの件、よもやお忘れではないでしょうな」ウロキは私に向かって睨みつけながら切り出した。
「正しい愛し方を知らない男は相手にされないのよ」皮肉をぶつけてやった。
「興味の対象は、あんたに変わったんだけどな」せせら笑いながら私のあごの下に指をあてて上を向かせる。
「下手な誘い方ね。お断りよ」
「どっちにしろ空を飛んだあんたも魔法使いの仲間入りさ。うちのグループに入るしかない」
「嫌だと言ったら」
「時間を進めるまでだね」手下の魔法使いが二度指を鳴らす。とたんに石が飛んできた。
「魔法使いめ、ここから出ていけ」魔法嫌いの人たちが集団になって石をぶつけてきた。わたしは必死によけた。ウロキは物陰に隠れている。
「やめないか!」痛さにこらえつつウルサスが叫んでいる。
「リヤは、身を挺して俺やアザーニを助けた。自分の身分がばれるのを承知でだ。そんなリヤが悪い魔法使いの訳がないだろう」男たちは一瞬ひるんだが、やがて「お前も仲間だろ」という声が聞こえて大きくなった。
「ちょっとまってくれ」二人の男が飛び出してきた。
「俺たちはジースタからエゼッスまで彼らの護衛で旅をしてきた。真剣に守ってくれたし、料金も相場通りだった」
「そのおねーちゃんも、必死になってモンスターから俺を守ってくれた」
もう一人の男性が、声高に叫ぶ。その声が先ほどの集団に伝わったせいか、石を持っていた暴徒たちは大人しくなった。
「そうだ。悪いのはラピッドツリーの種を持ち込んだ奴らだ」
改めてカヤミ・ウロキの方を見ると、多数の紙製の人間が出現して、行先を遮っている。
「今度は逃がさないわ」体のあちこちが痛いのもかまわず、紙人間を振り払って奴を追う。
時間をまた止められたらやっかいだが、彼らはその術を使わずひたすら逃げ出していた。
「縁があったら会おう。愛しい人よ」きざなセリフを吐きやがってとこめかみが張る。
「まだ借りは返していないわ」わたしは、近くにあった彫像に上ると、そこからダイブして低空飛行で奴に追いついた。足を掴んで引きずり落して、手が使えないから肘でウロキの顔を殴りつけた。彼は鼻血を流しながらわたしの腕を掴もうとした。
「その手は食わないわ」わたしはジャンプして、両膝を彼の手首に打ちすえた。うめき声をあげて、ウロキは腕をだらんとのばした。
仲間の魔法使いは、彼をおいてどこかへ消えてしまった。
やがて、地区の治安を守る人間がやってきて、わたしとウロキを連行していった。私の罪は軽いのと、私を弁護する人が、ウルサスを始め沢山現れたので、すぐに釈放された。ウロキは、禁止されていたラピッドツリーの種を持ち込んだ罪で、こってり油を搾られることになるだろう。
アザーニの公演は無事終わり、わたしとアザーニはガルクツリーフに戻ることにした。
わたしたちは、コフ・ウルサスに別れの挨拶をした。
「今までお世話になりました。さようならウルサスさん」
「支えてくれてありがとう。おかげでいろいろと楽しかったわ」
「俺も、助けてもらったことは恩に着るぜ」
その後、少し長い間、ウルサスとハグをした。温かい肌のぬくもりがわたしの心の中に流れてきた。
さようならウルサス。もしかしたら、わたしウルサスのこと好きだったのかもしれない。
そう思うと、いとしくてたまらなくなり、もう一度彼を振り向かせてキスをした。
「ウルサスとリヤがキスしてる」アザーニが大きな声で叫んだので、気恥ずかしかった。
彼に見送られて、エゼッスの町はずれに行くと、夕日が沈みかけていて、懐かしいガルクツリーフのオレンジ色の空と同じ色に染め抜いていた。人気のない茂みの奥で、二人は静かに寝入った。
──キエミ・リヤ、セズ・アザーニの二名の転送、終了しました。
通信が聞こえたので、奥歯の横のスイッチを切った。異世界レジャーの終わりを告げる連絡だった。




