セズ・アザーニの成長
用心棒を一日おきにこなし、夜間の護衛もだいぶ慣れてきた。発光する盗賊は、太陽が高く上がる昼間でも現れる。彼らは、額にある第三の目を光らせて、人を惑わせる。その目は普段は閉じられていて、しわによってカムフラージュされる。惜しいといっては、おかしいかもしれないが、人間に擬態するには、肌の色が紫で、頭も不釣り合いに大きいので、なりきれてはいない。
いつも五~六人で襲い掛かるが、剣の腕がなく、やみくもに振り下ろしているだけなので、簡単に倒せる。とはいうものの、同行している旅人は、あまり戦闘に慣れていない者が大多数なので、彼らを守りつつ、対戦するのは、特に夜間では困難を伴う。最近、ジースタの道具屋で、いい物を見つけた。夜間に光るシールが売られていた。これを体につけてもらえれば、夜でも仲間を判別できる。わたしたちは大量に購入して、旅行者につけてもらった。
そろそろ、アザーニの訓練が終わって、お披露目できる頃だ。彼女がどのくらい成長したか楽しみだ。わたしたちは、エゼッスに着くと、円形劇場で行われているサーカスの出し物を見ることにした。
「お嬢さんは上手くやれているかな」
「ちょっと荒療治かもしれないけど、素質はいいから、のびている頃じゃないかな」
「別の意味でのびていなければいいんだけどな」
関係者控室に招かれて、アザーニと面会した。臆病だった表情は消えて、自信に裏打ちされた芯の強さを見せ始めていた。身体の方も、引き締まった筋肉が、全身を支えている。銀ラメの衣装が、眩しく、かっての彼女の気後れした面影はなかった。
「リヤ、見て、私こんなに成長したのよ」
「良かったアザーニ、立派になって」
「私、自分に欠けていた物が何だかわかるような気がしたわ」
「今日がデビューになります」
チームのリーダーが、演目について説明した。彼女は一人で、空中ブランコを伝わり向こう側へ着く。
そこで仲間の演者と合流し、反対側からスタートして、元の場所へ戻る。
それだけの出番だが、初心者にしては上出来の部類に入るだろう。
「あなた方には、格別の席をご用意しております」
どうやら、わたしたちは、円形劇場の上段のバルコニーに位置し、反対側に渡る彼女の演技を間近で見ることができることになっている。
「今までの経験を生かして頑張ってね」
「俺もじっくり拝見しておくからな」
わたしたちはアザーニにねぎらいの言葉をかけてやった。
やがてサーカスが開演し、猛獣の輪くぐりや、綱渡り、道化のパントマイムなどを観た。
ワイングラスを重ねたものを足で支えて、様々なポーズを取る曲芸師の技に魅了された。怪力自慢の大男が、腹の上に大石を乗せ、ハンマーで割らせても平然としていた。用心棒としてスカウトしたいぐらいだった。
「では、ニュースターの登場です。彼女は、一週間前まで、普通の女の子でした。では、セズ・アザーニの演技をどうぞ」
ドラムロールが鳴り響き、緊張感が高まる。銀のラメの衣装を着たアザーニにスポットライトが当たる。
鍛錬の成果で、筋肉質に引き締まった体躯は、ちょっとした体操選手の様でもあった。
彼女は軽々とブランコを揺らして、別のブランコに乗り換えて、こちら側に来た。仲間に引き上げられて、向きを変え、さっきと同じように、ブランコを伝って元に戻る。開拓世界に来たばかりの彼女なら、果たせなかったであろう課題を楽々とこなしている。
アクシデントは何も起きることなく、元の場所へと戻って行った。
控室へ行くと、アザーニが抱きついて来た。
「リヤ、やったわ。できたのよ」
「おめでとう。アザーニ。見違えるほど成長したわ」
「演技も最高だったよ。お嬢さんがここまでできるとは思わなかった」
わたしは、本質的なことを訊かなければならないと思っていた。
ウルサスやスタッフからだいぶ離れた所へ移動し、彼女に問いかけた。
「これからどうするの」
「自信もついたし、短期間の公演が終わったら、元の世界へ戻るわ」
「じゃあ、そのことをサーカス団の支配人と交渉してらっしゃい」
「話はついてるわ。今回、欠員が出たための代役だから」
「では、今後のことは後でゆっくり話しましょう」
わたしは危惧していた。カヤミ・ウロキが復讐心から私を狙うなら、満座の中で飛行能力者として知らしめる方向で動くだろう、もしかするとアザーニに何か仕掛けるかもしれないと。その可能性は今打ち消されたので、安心した。彼は、この世界に来ていないと確信した。
「支配人さん、関係者の皆様、今までありがとうございました」
「私たちも、素人のあなたがここまでできるとは思わなかったよ」
「これで、うちの新人育成方法も宣伝できる。協力ありがとう」
わたしたちは、彼女が着替えるのを待って、休憩所でくつろいでいた。
しばらくして、普段着に戻った彼女が出てきたので、近くの静かな喫茶店で、よもやま話をすることにした。アザーニはアルコールが苦手だからだ。
円形劇場から出て、広場の公演を横切るとき、異変が起きた。
人々の雑踏の最中、私たち三人の地面だけが盛り上がると、何かに抱かれたまま、高所に押し上げられた。周囲の人の悲鳴が聞こえる。下を見ると、見知った顔がいた。短髪の黒い髪、大きな目、とがった鼻、
「カヤミ・ウロキね!」
わたしは叫んだ。
「そう、貴方を追って、はるばるエゼッスまでやってきました。眺めはどうかな」
「ラピッドツリーだ。急速に高所まで伸びる木のモンスターだ。きさま、これをどこから」
「さあ、風に吹かれて飛んで来たんじゃないかな」
「ラピッドツリーは、力はそれほどでもない、しかしこの高さから降りるのは困難だ」
ウルサスは、なんとか木の腕による拘束を振りほどこうとしている。わたしも腕に力を入れてみた。木でできた腕の締め付けが弱まるような手ごたえを感じた。問題はこの高さだ。おそらく五メーターほどあるだろう。落ちたらケガでは済まない。飛ぶしかない。しかし人目が多すぎる。わたしは、木の拘束から身体を離して、腕の様な部分にしがみついた。
周囲には、急に表れたモンスターに注目している人が何人もいた。数名の男たちがわたしたちを助けようと、木をよじ登ろうとするが、なかなか上手く行かない。
「さあ、キエミ・リヤ、お得意の能力を見せたらどうだい」
「こんなことをして、あなたもタダでは済まないわよ」
「どうせ俺たちは、ここでは日陰者の魔法使いだ。覚悟はできている」
ウロキの周りには二名のフードで身を隠した男がいた。おそらくエゼッス近辺の魔法使いなのだろう。
ふとアザーニを見ると、ひっしに木の拘束から逃れようと、身体をひねったりしているが、彼女の力では無理のようだった。
「飛ぶ勇気がないのなら、こちらから誘うまでだな」
フードをかぶった黒い影が、アザーニを抱いているラピッドツリーの背後に回った。斧をふるう音が聞こえて、その時わたしは全てを悟った。飛ぶしかない。覚悟を決めて、アザーニの木に向かって一直線に飛び出した。周囲の人たちの驚く声が耳を震わせた。




